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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第14章『初恋』
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第34話

 一年前。

 当時中学三年生だった姫奈は、再び八雲と塾の夏期講習を申し込んだ。

 昨年は出遅れて空席のところを探すことに苦労したため、人気のところを早めに抑えた。

 塾の質が良く八雲と一緒に通っているとはいえ、自身が受験生だという立場に変わりは無かった。ピリピリとした緊張感を持って夏休みを過ごしていた。


 ある日の夏期講習の帰り。その日もまた、八雲と自習室を使用した後、一緒に帰っていた。

 遠くからドンと爆発音が聞こえた。すっかり暗くなった空に、花火が咲いていた。道は混み合い、浴衣を着ている人が目立った。


「そうだ……今日はお祭りの日なんだ」


 毎年この時期に夏祭りが開催されていることを、姫奈は思い出した。

 もっとも、幼い頃に親に連れられたぐらいで、中学生になってからは一度も行っていないが。

 一緒に行くような友達は居なかった。


「そういえば今日だったね。折角だし、ちょっと寄っていこうよ。ウチ、たこ焼き食べたい」

「ちょっと、八雲!」


 姫奈は制止しようとするも、八雲は人の流れに混じり神社の方へと向かった。仕方なく、姫奈も後に続いた。

 学生服を着ているわけでも、何か校則違反を犯しているわけでもない。決して悪事を働いてはいないが、この時期に少しでも遊ぶことが姫奈は許せなかった。

 それに――自分とは無縁の場所に、きっと居心地が悪いと思ったのだ。


「姫奈ちゃんは固いなぁ。ちょっとぐらい息抜きも必要だって」


 八雲は姫奈よりも成績が良いため、その言葉が姫奈には皮肉にも聞こえた。

 神社へと続く道には、屋台がずらりと並んでいた。

 時間としても丁度空腹を感じる頃合いのため、姫奈は飲食の屋台に自然と目移りした。しかし、人混みが激しい場所でもあるため、八雲の背中も目で追わなければいけなかった。


「八雲、待って!」


 見失いそうになり、名前を呼んだその時――八雲から腕を掴まれた。


「ほら。これで迷子にはならないね」

「あ、ありがとう……」


 それからは、人混みの中を手を繋いで歩いた。

 物心がついてから友達と手を繋いだのは初めてだった。仕方ないとはいえ、姫奈は新鮮な経験だった。

 たこ焼きの屋台はいくつかあった。その中で八雲は、特に根拠も無く適当に選んだ。頭は良いのにいい加減だな、と姫奈は思った。


「ううっ。手持ちあんまり無いや」


 八雲は十二個入りが欲しかったようだが、財布の小遣いと相談のうえ、六個入りを選んだ。


「帰って晩御飯も食べるんでしょ? 丁度よかったじゃん」

「そうだけどさぁ。外で食べるたこ焼きは別腹なんだよ」

「なにそれ。意味わかんないよ」


 残念そうにしている八雲の手を引いていると、飲み物の屋台が目に入った。

 姫奈は氷水の入った箱から瓶のラムネをふたつ取り、購入した。姫奈としても、少ない小遣いからの臨時の出費だった。

 緊張感が無くなったわけではないが――八雲の調子に根負けし、少しだけ息抜きしようと思った。


「はい。一本あげるから、たこ焼き何個かちょうだいね」

「ありがとう、姫奈ちゃん」


 八雲の顔がパッと明るくなり、姫奈は嬉しかった。

 その後、落ち着いて飲食できる場所を探すも、混んでいるため見つからなかった。

 人の流れに乗って階段を上り、神社の境内まで来ていた。主に花火の観客で混んでいた。


「あっちの方、空いてるよ」


 八雲が指さして向かった先は、神社の裏手だった。薄暗く、花火が見えない場所でもあるため、確かに人の数は疎らだった。

 祀られているものではないが――大きな岩をベンチ代わりにし、ふたり並んで座った。姫奈は尻が痛かったが我慢した。


「ほら。まだ熱いうちに食べよっ」


 六個のたこ焼きをふたりで三個ずつ食べた。移動に時間がかかったため少し冷めていたが、それでもまだ、一口で食べるのは難しいぐらい熱かった。

 火傷しそうな口内に、冷えたラムネを流し込む。夜とはいえ八月の現在は蒸し暑く、火照った身体にはとても美味しかった。


「粉モンと炭酸って、やっぱり合うね。わたし、ラムネ買ってよかったよ」

「この組み合わせ、ヤバいよね。身体にもヤバい感じはするんだけど、それが美味しいんだよね」

「あー、なんか分かる。半分こして良かったね」


 背後から、ドンと花火の音が聞こえた。

 ここから花火は見えないが――人混みから離れたところでジャンクフードを食べているだけで、姫奈は夏祭りを満喫している気分になれた。


「八雲、ありがとうね……。いい息抜きになったよ」


 ひとりで来たところで、このような満足感は得られなかっただろう。

 友達のお陰だと、感謝した。


「八雲はわたしの、特別な友達だよ……」


 思わずそんな言葉が漏れ、姫奈は恥ずかしくなった。

 それこそが姫奈の本心だった。まだ出会って一年ほどだが、初めての友達の存在がとても大きかった。一緒に勉強のできる仲間が出来て、姫奈の成績は伸びた。

 テレビ番組や容姿など――年頃の少女らしい会話は、あまり無かった。それでも姫奈にとっては波長が合い、とても居心地が良かった。

 八雲は唯一の友達であり、一番仲の良い友達でもあり、まさに『親友』と呼べる存在だった。


「ほんと? そう言って貰えると、嬉しいなぁ」


 隣の八雲は嬉しそうに微笑んだ。

 そして、姫奈の手を握った。


「ウチも、姫奈ちゃんが一番の友達だよ」


 照れくさそうに握った手をブンブンと振り回す姿は、姫奈の目には嘘を言っているように見えなかった。

 それに、二年連続で一緒に夏期講習に通っている点からも、説得力はあった。


「そうなの? 八雲って他にも結構な数の友達居ない?」

「あんなの全部、上辺だけの付き合いだからさ……」


 器用に世渡りしているんだなと、姫奈は感心した。

 彼女達よりも自分を選んでくれたことが嬉しかった。


「一緒に同じ高校に行こうね、姫奈ちゃん」


 薄暗くても、姫奈には分かった。普段からマイペース気味の八雲だが、この時ばかりはやる気に満ちた瞳を向けられていた。

 手を力強く握られた。


「う、うん。わたしも頑張るよ」


 中学三年の夏。目指すべき第一志望校は、ふたり共同じだった。

 現在の姫奈の成績として、決して容易いものでは無かった。自信はあまり無かった。

 しかし、折角できた友達と離れたくない――これからもずっと一緒に居たいという気持ちは強かった。

 それは勉強への確かな動機となっていた。改めて確かめるように、八雲の手を力強く握り返した。


「一緒の高校に行ってさ、来年もまた一緒にお祭りに来ようよ。次はウチ、浴衣着てみたいなぁ。姫奈ちゃんも着なよ」

「わたしは浴衣なんて似合わないよ……」

「そんなことないって。背高いんだから、きっと似合うよ」


 姫奈は浴衣姿の自分を一度想像してみるが、恥ずかしかった。対して八雲は似合いそうだと思った。


「あとは、バイトもやってみたいな。たこ焼きに、焼きそばに、かき氷に、綿あめに、りんご飴に……一回ぜーんぶ食べてみたい」

「あはは……。そんなに食べたら太るよ」


 ふたり顔を合わせ、笑った。

 こうして一年後の未来を語り合い、姫奈としても期待に胸を膨らませた。

 その夢を現実にしたいと思った。


 しかし、ふたりが一緒の高校に通う未来は訪れなかった。

 次の春、ひとり合格した親友に嫉妬していることを――この時の姫奈は知る由も無かった。

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