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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第11章『眼鏡と眼帯』
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第26話(後)

 試着が終わり服を片付けた頃には、窓の外の天気はさらに酷くなっていた。

 晶はリモコンで窓のシャッターを降ろした。

 雨音が遮られ少し静かになったリビングは、広く物寂しい雰囲気を強調した。


「この部屋、テレビ置かないんですか?」


 姫奈はリビングのテーブルに突っ伏しながら、ベッドで横になっている晶に訊ねた。

 立派なテレビ台はあるのに肝心のテレビが無いことが、以前からの疑問だった。


「テレビなんか観てたらバカになるぞ」

「それは分かりますけど……。テレビに出まくってた人が言う台詞じゃないですよね」


 いや、長年テレビに関わってきたからこそ説得力があるのかな? 後になって姫奈は思った。

 姫奈もまた、普段からテレビを見る習慣は無かった。しかし、この広い部屋でテレビを点けておくだけでも構わない。耳に触れる何かがなければ、落ち着かなかった。


「最近のテレビって、ネットに繋げたら映画とか海外ドラマとか見放題らしいんですよ」


 国内番組にこそ興味は無いが、雑誌で挙がっている海外コンテンツには興味があった。

 出来ることなら大きい画面で観たいと思い――遠回しにねだってみた。


「ん? 観たいのあるのか?」

「はい。いくつかは……。週末の度に来るんで、一緒に観ませんか?」

「……考えておいてやるよ」


 返事自体は前向きだが、晶はずっと携帯電話を触っていた。

 素っ気ない態度から、本当に理解しているのか姫奈は不安だった。


「ていうか、さっきからケータイで何見てるんですか?」


 姫奈にとって、晶が携帯電話に熱中していることが珍しかった。

 割と最近まで携帯電話そのものが苦手そうだった。そして性格上、ゲームやSNSにのめり込んでいるとは考えられなかった。


宅配(ウーバー)のスイーツ見てる」


 ほれ、と晶から携帯電話の画面を見せられた。

 フルーツパーラーのストロベリーパフェの写真が映し出されていた。


「こういうの、よく利用してるんですか?」

「ああ。結構使うぞ。便利な世の中になったよなぁ」


 次々とスイーツや料理を見せられた。ブックマークに大量のメニューが蓄えられていた。

 普段から、帰宅後はひとりで黙々と眺めているのだと姫奈は想像した。おそらく、これが晶にとっての『娯楽』なのだ。


「晶さん。テレビ買いましょうね」

「は?」


 哀れむ姫奈に、晶は首を傾げた。


「何なら、今からこれ食べるか?」

「やめてあげてください!」


 パフェの注文ボタンを押そうとしている晶を、姫奈は止めた。

 冗談を言っているような素振りではなかったので、台風の中を宅配させるつもりだった。


「……そろそろ寝るか」


 時刻は二十一時過ぎだった。

 普段であれば姫奈はまだ起きている時間帯だったが、晶は眠そうにあくびをしていた。


「そうですね」


 他にやることが無いので、姫奈もその意見に賛成した。


 晶から、新品の歯ブラシを貰った。

 広い洗面台で、ふたり並んで歯を磨いていた。

 眼鏡を外した自分と、医療用眼帯を外した晶。鏡に映ったこの光景が、姫奈にはまだ慣れなかった。

 お互いしか知らない素顔が、なんだか嬉しかった。


 リビングに戻ると、ベッドがひとつしかないことに気づいた。


「わたし、床で大丈夫です」


 ソファーが無いので、仕方なくラグマットで寝ようと姫奈は思った。


「いや、ベッドで一緒で寝ればいいだろ。割と広いぞ?」


 しかし、晶は真顔で言った。

 確かにダブルベッドほどの大きさであり、ふたりで寝ても決して狭くはない。

 ――晶は、恥ずかしがっている様子が全く無かった。


「わかりました……」


 わたしが過剰なのかな……。

 姫奈はそう思うが、やはり一緒のベッドで寝るのは恥ずかしかった。


「寝る前に、薬飲む」

「何の薬ですか?」

「睡眠改善薬だよ。最近眠れはするんだが、眠りが浅いから何度も目が覚めてしまう」

「待ってください」


 キッチンへ行こうとする晶を、姫奈は止めた。

 種類はよく分からないが、少しでも薬の服用を減らす生活を送って欲しかった。


「わたしが添い寝するんで……薬無しで寝てみませんか?」


 それで本当に効果があるのか、姫奈としても分からなかった。しかし、それが自身の行える苦肉の策だった。


「わかった。頼むよ」


 姫奈の言葉に晶は一度驚いたが、微笑んで見せた。

 リビングの明かりを常夜灯にし、ふたりでベッドに入った。


 川の字になり、姫奈は晶を背後からそっと抱きしめた。

 薄いキャミソール越しに伝わる――晶の温もり、晶の柔らかさ、そして晶の匂い。全身で天羽晶を感じた。


 このベッドで晶からキスをされたことを思い出した。

 腕の中の感触の他、あの舌が絡む感触を思い出し、姫奈の心臓は大きく高まっていた。

 その緊張と慣れない環境のせいで、眠れないことは覚悟していた。

 しかし、その心配を他所に、薄暗い部屋と遠くの雨音が、だんだんと眠りへと誘った。

 ちょうど晶の頭が鼻下に位置するため、シャンプーの良い香りが鼻孔を撫でた。

 今日は同じシャンプーを使ったんだとぼんやり思ったが、なんだか実感が湧かなかった。


 ふと、晶が寝返りを打った。向き合うかたちとなった晶は、姫奈の胸に顔を埋めた。

 どうも最近は胸を気に入られてるような気がしながらも、姫奈は晶を息苦しくない程度に抱きしめた。


 ベッドに入って、どれぐらい時間が経っただろうか。

 時間の感覚が麻痺した中で、姫奈はウトウトしていた。


「姫奈……ありがとう」


 胸元からぽつりと聞こえた晶の声は、まるで晶の寝言のような――もしくは、自身の夢の中での言葉のように聞こえた。

 遠ざかる意識の中、晶の感触も晶の声も、何もかもが不確かだった。

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