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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第08章『太陽と月(前)』
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第18話

 十年前。

 当時中学三年生だった林藤麗美は高校進学と並行し、とある芸能事務所のアイドルオーディションを受けた。

 同級生達と比べても高身長でスタイルが良く、顔を含め容姿には自信があった。そして、彼女達よりも自己顕示欲が強かったためである。

 オーディションでの手応え通り、合格を得て採用された。

 麗美が持っていた自信は箔を付け、業界の頂点を目指せると思っていた。


 しかし、それは短い夢だった。


 後に自主退学する事になるが――高校に進学すると同時、同じ十五歳のふたりの少女と三人グループを組まされた。

 柳瀬結月と天羽晶。オーディションではなくスカウトで採用されたふたりと出会い、麗美は自惚れた勘違いだったと気づいた。

 容姿は、あくまで前提条件だった。それに加え他人を魅了する何かを備えている者が本当のアイドルなのだと、麗美は知った。

 それが天性のものなのかは分からないが、ふたりからは、自分には無いオーラのようなものが見えた。

 そして、三人の中での『最底辺』を早々に自覚した。


 集められた三人の名前には奇しくも日月星の要素があり、また頭文字からRAYというグループ名が付けられた。


 それは結成してまだ間もない頃、小さな音楽イベントでデビュー曲の初披露を控えていた時であった。

 麗美ら三人とマネージャーの一栄愛生(いちえあい)は、楽屋で出番を待っていた。


「そうだ。プロデューサーさんから言われてたんですけど……皆さんのイメージカラーを決めるにあたって、何か意見はありますか?」


 ふと思い出したように、当時二十五歳だった愛生が話を持ち出した。


「イメージカラーって?」


 退屈そうにしていた晶が食いついた。


「ライブの時に振るペンライトの色、いわゆる推しの色です」

「そういうのって、ファンの間で勝手に決まるものじゃないの?」


 眠そうな表情の結月も、興味を示した。


「どのグループのファンも、楽曲のコールすら揃わないどころかケンカになる風潮ですよ? こっちから投げても絶対に決まらないんで、公式がちゃんと用意するものです。じゃないと、客席から七色の光を振られるグダグダなライブになっちゃいます」

「話は分かるんだけど……それ、今決めること?」


 初舞台を目前に緊張していた麗美は、気が立っていた。

 愛生とは知り合ってまだ間もないが、この頼りないマネージャーが緊張を解そうとしているわけではないと思った。


「結月は白だな。お月さまは大抵白い」

「私もそう思った。悪くないわね」

「うんうん。不思議ちゃんの結月さんは、フワフワした感じの白ですよね」


 しかし、そんな麗美を余所に話は進んだ。

 晶と結月は、緊張している様子が全く無かった。このふたりにしてみれば、この話はただの暇つぶしなのだ。


「不思議ちゃんって――そこはほら、ミステリアスって言ってあげて!」

「麗美は何だろ? お日さまだから黄色か?」


 仕方なく話に乗った麗美に、晶は視線を向けた。


「麗美ちゃんは黄色って感じのキャラとは違くない? 私は情熱の赤だと思うわ」

「うーん。私も、黄色よりは赤の方がいい」


 麗美自身、黄色のような物柔らかなイメージは無かった。アイドルとして、可愛い系よりはクール系を目指したかった。


「RAY一番の常識人、ツッコミの赤ですね!」

「そう言われると、なんか腹立つわー」


 指を立て自慢気に言い切る愛生を、麗美は呆れた目で見た。


「赤か……。うん、確かに麗美は赤っぽいな。リーダーって感じがする」

「ていうか、麗美ちゃんが私達のリーダーでよくない?」

「私もそれで異論は無いぞ。麗美、お前がリーダーやれ」

「赤がリーダーって、戦隊モノじゃないんだしさ……。まあ、リーダーやれと言われたら、やるけど」


 格上だと思っていたふたりからリーダーを託され、麗美は内心嬉しかった。

 照れる一方で、当事者三人で勝手に決めていいものなのかと、愛生を見た。


「あれ? 言ってませんでしたっけ? 事務所としても、麗美さんがリーダーのつもりですよ。インタビューなんかは麗美さんが率先して答えてください。そういうの、たぶん三人の中で一番得意ですよね?」

「なにそれ、初耳なんですけど!?」


 これからのイベントも間違いなく司会からコメントを求められるが、どうするつもりだったのだろうか。

 大事な話を伝え忘れている愛生を、やはり頼りないと麗美は思った。


「麗美ちゃんは頼りになるから、リーダー頑張ってね」

「リーダーは任せたぞ。センターは譲らんけどな」

「……え?」


 麗美の中でリーダーとは、グループの真ん中に位置するイメージがあった。リーダーだと喜んだ理由のひとつが、それだった。


「はい。リーダーとセンターはまた別ですよ。一致しないグループも、割とあります」

「せ、センターも取れるように頑張ります……」


 愛生の説明を聞き、やはりぬか喜びだったと理解した。

 そして、面倒事を押し付けられただけのような気もしたが、今さら何も言えなかった。


「最後は晶ちゃんね。お星さまだから……今度こそ黄色?」

「自分でも、そう思ったんだけどなぁ」

「いやいや。晶こそ、黄色ってキャラじゃ絶対に無いでしょ」


 三人共同じイメージを持っていたが、やはり全員が納得出来なかった。


「私は……星といえば、青色なイメージがあります」


 そんな中、愛生がふと口を挟んだ。


「星って表面の温度が高いほど、青く見えるんですよ。私は晶さんに、誰よりも明るく輝いて欲しいです」


 愛生の説明に、晶は満足そうな笑みを浮かべた。

 その一方で、麗美は結月と顔を見合わせ、ふたりで溜め息をついた。


「もー! 妬けるわね! 絶対に私が一番を取るんだから!」


 結月は表情こそ変わらないが、珍しく感情的に吠えているな、と麗美は思った。大人しいようで、やはり競争心を持ち合わせているのだと知った。


「ああっ! すいません! そういう意味じゃないんです!」


 ようやく自身の発言内容を理解したのか、愛生はヘコヘコと頭を下げて三人に謝った。

「愛生さんさぁ……。私ら三人のマネージャーなんだから、誰かひとりに肩入れするのはよくないよ」


 そんな愛生に、麗美は呆れて苦笑した。

 麗美から見て、現時点での魅力はカリスマ性を備えた晶が一番だった。おそらく結月と愛生も同意見なのだろうと思った。

 分かってはいたが――麗美は悔しかった。


「それは私も思う。罰というわけではないが、二度パスされた黄色をお前にやるよ」

「あー。確かに、なんていうか愛生さんは黄色っぽいね。バカにしてるわけじゃないんだけど」


 さらりと本音を漏らしてしまうところが――明るく純粋で綺麗なところが、なんだか黄色いイメージを彷彿させた。


「ええっ!? ……でも別に、そんなに悪くない感じですね」


 こうして、三人のイメージカラーが決定した。

 客席で少しでも多くの赤い光が揺れるよう頑張ろうと、麗美は決意した。


 RAYのセンターを決めるファンによる投票は、九年間で九回行われた。

 一位を取れたのは柳瀬結月が三回、林藤麗美は一回だけだった。

 圧倒的カリスマ性を誇る晶に、結月は一番の歌唱力という明確な武器があった。

 そして麗美は『天性のふたり』に努力で追いつく『凡人』としての成長が、多くの人から応援された。

 結果的に、九回の総投票数は三人にあまり差が無かった。

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