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胸を張って歩ける日まで  作者: 未田
第07章『傷跡』
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第17話

 姫奈が初めてこのマンションに来たのは、髪を切って貰った時だった。

 あの時はタワーマンションの高級さに緊張したなと思いながら、豪華なエントランスを抜けた。

 現在は全く緊張していないわけではないが――それよりも、憧れの人に会いたい想いの方が強かった。

 長いエレベーターを降り、目的の部屋をカードキーで開けた。


 カーテンを閉めていないリビングは夕陽が差し込み、眩しかった。

 そんな中で――天羽晶はベッドで眠っていた。

 右目の医療用眼帯は外していた。

 左頬にだけ、涙の流れた跡があった。


「晶さん」


 姫奈がベッドに腰掛けると、その存在に気づいたのか、晶は目を開けた。


「なんだ……姫奈か……」


 晶は突然の訪問に驚いた様子はなく、身体を起こすとベッドにぺたんと座った。


 ――たぶん、薬のせいでちょっとラリってると思う。


 車を降りる際、麗美に言われた事を思い出した。現に、寝起きだとしても異常なほど瞳は虚ろだった。

 晶はキャミソールとショーツだけを着けていた。半裸の姿を、姫奈は初めて見た。

 ぼさぼさの髪。とろんとした瞳。痩せ細った身体の――少なくとも胸元、腕、脚に傷跡が見えた。

 きっと、事故の際に出来たものだろう。

 この小柄な女性はかつての栄光を掴んだ後、心身共にボロボロになりながらも生きてきた。

 世間には亡くなったと伝え、一体どういう気持ちで生きてきたのだろう。姫奈にはとても計り知れないが、悲痛さだけが伝わった。


「なあ、姫奈」


 晶は姫奈のブレザーの襟を掴んだ。小さな手で、力強く握った。


「お願いだ……お前は遠くに行かないでくれ……」


 震えた声に続き、左目から涙がこぼれた。

 とても弱々しい瞳で、姫奈を訴えた。

 きっと、正体を知られた現在、自分から離れてしまうと悩んでいたのだろう。

 意識は朦朧としているだろうが、だからこそ心の底からの声に聞こえた。

 その願いに応えるように、姫奈は晶の両肩に正面から手を置いた。


「たとえ晶さんが何者でも――わたしは晶さんから離れません!」


 晶の瞳を真っ直ぐ見た。


「ありがとう……」


 その言葉が伝わったのか、晶は泣きながら微笑んだ。

 夕陽に照らされたその顔は、あまりにも儚く、あまりにも美しかった。

 しかし、左目から涙がぼろぼろと溢れるにつれ、表情は崩れていった。


「こんなに嬉しいのに、右目で泣けないんだよ……両目で見ていた景色が、もう思い出せないんだよ……」


 今にでも消えてしまいそうな、とても小さな――絞り出したような声だった。

 どこか脱力気味に、右目は虚空を眺めていた。

 精巧に作られた義眼が、なんだか濁っているように姫奈には見えた。


「晶さん!」


 姫奈は晶を抱きしめた。

 その小さな身体が壊れてしまうぐらい、力強く抱きしめた。

 誇りを失くした、生きる糧を失くした、空っぽの女性を――


「頼りないわたしですけど……側に居ますから」


 姫奈は、晶とふたりでカフェを運営している景色を思い浮かべた。

 姫奈が現在まで見ていたものであり――そして、これからも見ていたいものだった。

 この温かな景色で、自分だけではなく、晶も満たしたいと思った。


 両目で見ていた景色が思い出せないのなら、新しい景色を見せよう。

 片方の目に光が届かないのなら、別の光を届けよう。


 あなたがわたしに、光をくれたように。

 わたしがあなたに、新しい光を与えたい。

(第1クォーター終了です)

https://twitter.com/m_hitsujida/status/1391001977916563462


次回 第08章『太陽と月(前)』

一年前。麗美は結月にRAY解散後ソロでの活動を求めた代わり、二つの条件を飲んだ。

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