第14話
中間試験の全日程が終了した。
早速、採点された答案用紙が順次返却されたが、姫奈は学年上位に位置する結果になりそうだった。
「そんなにニヤついて、どうした? 気持ち悪いぞ」
好成績を残した事よりも、気兼ねなくアルバイトを再開できる事が姫奈は嬉しかった。
だが、今日はそれよりも――
「もうちょっとしたら、中学時代の親友が来るんですよ」
空閑八雲も中間試験が終了したようで、今日の放課後にアルバイト先を訪れるとの連絡が昨日あったのだ。
「そうか。別にいいが、もし他にも客が居たら、あんまりはしゃぐなよ?」
「は、はい。気をつけます」
学生同士でうるさく喋る様子を想像すると、アキラが危惧するのも仕方ないと姫奈は思った。
気は緩んでいたが、釘を刺され引き締めた。
しばらくすると店の扉が開き、お団子ヘアーの女学生が姿を見せた。
「よかった。やっぱりココだった」
姫奈と目が合い、ほっと胸を撫で下ろした様子だった。
「いらっしゃい、八雲。迷わなかった?」
「うん、なんとか。表に看板みたいなのもあったしね」
八雲はカウンター席に座ると同時、リュックサックからビニール袋を取り出し、姫奈に渡した。
「これ、ゴールデンウィークの時のお土産。イノシシの形した可愛いモナカだよ」
そういえば友達と旅行に行ったんだけ、と姫奈は思い出した。
「ありがとう。アキラさんと一緒に食べるね。あ――こっちがマスターのアキラさん。わたしの一番の友達の八雲です」
姫奈はふたりを紹介すると、互いに会釈した。
この日のこの時間は、店内に八雲以外の客は居なかった。
「……」
姫奈がコーヒーを淹れている間、八雲はぼんやりと物珍しそうにアキラを眺めていた。
しばらくすると、アキラはスタッフルームに移動した。
八雲はアキラさんを美人だと見ていたんだろうな。アキラさんはその視線に耐えられなくなって逃げたんだろうな。
姫奈はふたりの行動をそう捉え、ひとり微笑んでいた。
「中間どうだった? あっ、旅行の話も聞かせてよ」
「う、うん――」
コーヒーを差し出すと、八雲はハッと我に返ったように姫奈には見えた。
姫奈は少し戸惑うも、その後は八雲と楽しい時間を過ごした。
*
その日の夜。
姫奈は学校の宿題を片付け、そろそろ寝ようとしたその時、携帯電話がメッセージアプリの受信を告げた。
携帯電話の画面を見ると、八雲からのメッセージが届いていた。
『ゴメンね、姫奈ちゃん。やっぱり、どうしても気になって』
「なんだろう」
姫奈は唐突な内容に首を傾げながらベッドに横になると、ふたつ目のメッセージが届いた。
『姫奈ちゃんの店のマスターさんってRAYの天羽晶だよね? フインキ全然変わってたから、最初見た時わかんなかったけど』
RAY――そして、天羽晶。
目に入ったふたつの単語が、姫奈の頭に深々と突き刺さった。
まず脳裏に現れたのが、以前レイミと共に店を訪れたユヅキという女性だった。
まるで、パズルのピースがぴったりと嵌るように、あの時のモヤモヤとした既視感が晴れた。
眠たげな瞳。ぼんやりとした独特の雰囲気。
そう。直接会ったのは確かにあれが初めてだった。
しかし、既に雑誌で見ていたのだ――『RAYの柳瀬結月』として。
どうしてあの時に思い出せなかったのだろう。姫奈は原因を探るが、すぐに分かった。
雑誌の巻頭グラビアを飾るような著名人があんな辺境の店に友達感覚で訪れるなど、常識的に考えてあり得ないのだ。
だが、現にあり得ない事がこうして起きている。
姫奈の理解が追いつかないところに『天羽晶』という言葉がさらに圧し掛かった。
その三文字を初めて見た時、あまりにも美しいイメージのため、姫奈はまるで何かの単語のようなニュアンスに感じた。
どう読むのかすら分からなかった。
「あもう……あきら」
だが、自然に読んでみると、それが人名であると理解した。
携帯電話に映る『RAYの天羽晶』という文字が、姫奈をひとつの結論へと誘う。
今まで考えなかったこと。
今まで見ないようにしてきたこと。
今まで逃げてきたこと。
そして、医療用眼帯を着けた隻眼の女性。
嫌が応でも様々なシーンやシルエットが浮かんでくるが、それでも澄川姫奈は首を横に振った。
「はっ……はは……」
理解を拒むと、乾いた笑みが漏れていた。
しかし、さらに続けて送られてきたメッセージに、姫奈の瞳は大きく見開いた。
『でもあの人、事故で亡くなったんじゃなかったっけ?』
次回 第07章『傷跡』
澄川姫奈は林藤麗美と柳瀬結月からRAY解散の真相、そして天羽晶が失くしたものを聞かされる。




