34 見せてもらおうか、その真実の愛とやらを!
本編最終話です。
勢いで突き進む怒涛のクライマックスでございます。
あの人が出ます。
ロバートと、拘束を解かれたナハシュがそばにやってきた。
「閣下、私の身をあんじてくださったのはありがたいですが、驚きました。心臓に悪いです。見捨てられたかと思いましたよ。」
「そりゃ悪かったな。だが、お前に事前に説明しても挙動不審であいつらにばれると思ったからな。」
ロバートは剣を収めながら言った。
「まあ、何事もなく問題が解決されて良かったではないですか。突然人が現れたり消えたりするのには少し驚きましたけれど。」
デバランが罰を受け、ラウラはうなだれ、ジン・フロストは魔法にかかっていなかった。
あんなに大変な思いをして脱獄して、犬に襲われる怖い思いをしたというのに、ポムピンのチクリ、及びジン・フロストの謎の体質のおかげで問題があっさりと解決してしまった。
「いや、つーかお館。そのネズミ、一体なんなんすか?」
バーンが私をいぶかしげに見つめながら尋ねてきた。
わからぬか?
わからぬだろうな!
今の私は完全にただのネズミだからね!
「キュッ!」
ドヤ顔で一鳴きすると、皆の視線が私に集まった。
「なんだ、皆わかってなかったのか?」
ジン・フロストは私のアゴの下を優しくなでながら言った。
「キュフンッ。」
この男、すでにネズミの鳴き所をよく心得ておる!
「どっからどうみても、レモーネ・ヴァンドルディだろうが。」
今度は私の首の後ろを撫でながら言っている。
「いやいやいや、お館何言ってんすか~。ただの小汚いネズミじゃないっすか~。」
誰が小汚いですって!
私が怒って両手をばたばたさせていると、ジン・フロストは私をポケットから取り出して、両手で抱え込んだ。
「一目瞭然じゃないか!」
「いや、どこがっすか?」
「閣下、とうとうヴァンドルディさんがいなくなった寂しさのあまり、幻覚が見えるようになられたのでは?」
一同、ジン・フロストがおかしなことを言っている、とざわざわしだした。
「いえ、それはレモーネさんです。私が、魔法でネズミの姿に変えました。」
ポムピンが言った。
「ほらな。俺はこいつが今や何に姿を変えたってわかる自信がある。オケラになったってわかる。目を見ればわかる。」
ジン・フロストはムキになっている。
「目の色でわかるのですか、兄上?」
「いや、それもあるが、それだけではない。こんなに強い光を宿した瞳を俺は他に知らない。こいつは最初からそうだった、俺はこいつに見られると、体が動かなくなる。」
「ああ?どーいうことっすか?」
「普通の人間にはわからない。でも閣下にはヴァンドルディさんのことが、どのようなものに姿を変えていようともわかる、と。」
「そうだ。」
それってすごいな。
なんか……すごい。
「愛だな。」
「愛ですね。」
「兄上の愛の力ですね。」
「ってゆーか、ストーカー?」
一気に一帯の空気がピンク色に染まった。
「ふむ。これが、愛、か。」
愛、か。じゃないよ!
なにを納得してるのよ!
ジン・フロストは手の中の私をじっと見てきた。
あ、愛?
どんな姿に変わっていても見つけることができるのは、愛ゆえなの?
今までが今までだったので、彼が私のことを愛しているなどとは思えない。
それはここにいる全員がそう思ったようだった。
「でもよお、お館はナインちゃんのこといやがってたじゃねえっすか?あー、でもさっきの話を聞いてると、何をさておいても一番にナインちゃんのことを探しに行ってたみてえだしなあ。どーなんすか?そこんとこ。」
「こいつが男から戻ったあたりからは、まあ、少しは結婚についても考えてもいいかとは思っていたんくらいだったんだが、王子と結婚したいがために足を切ったんだと聞いたとき、すごく腹が立った。そこまで王子のことを思っていたのか、お前は俺と結婚したいんじゃなかったのか、と思うと、こいつを誰にも渡したくないし、俺のことも王子と同じくらい、いや、それ以上の強い思いを俺に向けてほしいと思ったんだ。」
逃がさない。と彼の瞳が私を捕らえた。
今度はこっちの体が動かなくなってしまった。
突然向けられた激情に、体中の毛がぶわっと逆立った。
私は異性からこんなふうに気持ちをぶつけられたことがないので、どうしたらいいのかわからない。
というか、恥ずかしい。猛烈に恥ずかしい。
こんなことをさらりと言っちゃうようになってしまったジン・フロストがなにより恥ずかしい!
「今となっては、お前が王子と結婚したがっていたという事実さえ腹立たしい。正直、王子を切り刻んでやりたい。」
「閣下!」
さっきまで真っ赤だったナハシュは、今度は真っ青になった。
「あ~、まあ、いずれこうなるだろうとは思ってたけど、いざそうなると、なんか砂を吐きそうな気分になるな。」
バーンがうへえ、と言いながら顔を手であおいでいる。
「さて、そろそろネズミの姿から戻ってもらうか。ポムピン、この魔法はどうやったらとけるんだ?」
「最愛の人とのキスですよ!言わせないでくださいよ恥ずかしい!」
待って!私はまだ心の準備が!
近づいてくるジン・フロストの顔を、ネズミの細い手で追いやろうとするけれど、びくともしない。
ジン・フロストは不満げに
「なんだ、なぜ拒否するんだ?昨日は俺が倒れていた時に、そっちからキスをしてきたというのに。」
と言った。
脱獄したときのあれ?
あれはちょっとした雰囲気にのまれたその場のノリみたいなものだったし、というか、あの時眠ってたんじゃなかったの?意識があったの!?
いやああああ~~~~~~っっっっ恥ずかしい!
「それに、子供と男になった時の魔法の解除方法も、好きな男とのキスだったんだろう?何をいまさら嫌がるんだ?」
ちょっと待って、なんでそれをあなたが知ってるのよ!
「すみませ~ん、レモーネさん。実は男から戻った時に、辺境伯にはそのこと言っちゃってました。」
ポムピンのばかーーーーーーーーー!!!!
抵抗むなしく、ジン・フロストの唇が、ネズミの私の口に、ちょん、と触れた。
彼の腕の中で、私は元の女の姿に戻ってしまった。
誰が見ても、私がジン・フロストのことが好きなんだと明らかになってしまった。
皆の生温かい視線に耐えられず、私はジン・フロストの胸に顔を伏せた。
「っ!なんだ、大胆だな……。」
ジンフロストは最初は驚いたようだが、徐々に嬉しそう私の髪をなで始めた。
皆の、いやあ~よかったよかった。という声が聞こえてくる。
もう、どうにでもして。
じゃあ、そろそろかいさ~ん、という雰囲気になった時、突如、ダダンダンダダン、という恐ろし気な音がどこからともなく響いてきた。
「ちょおおおおっっっとおおおおお~~~~。私が一番映える場面で出て行こうと思ってたのに、なあーーーーーに、だらだらとどうでもいいことを続けてるのよおおおおおっ!」
悪趣味な馬車の中から、宝石や色ガラスで飾り立てられた絹のドレスを着たアンバー姫が、叫びながら出てきた。
王族のカリスマオーラに、周りにいる兵士たちが次々にひざまづいていく。
そして、アンバー姫はずんずんと私に向かってやってくる。
しまった、時間切れか!
ジン・フロストとは恐らく心は通じ合ったみたいだけど、結婚はしていない。
アンバー姫はしびれを切らして、自ら死刑を言い渡しに来たのかもしれない!
「あ、あの!アンバー姫!まずは私の話を聞いてください!」
私の言葉を無視して、アンバー姫は私の両肩をがっちりとつかんできた。
「レモーネ!よくやったわ!自分の恋愛力の無さに耐えてよく頑張った!感動した!」
そう言って、血走った眼で私を凝視してきた。
美人なだけに、迫力がすごい。
「あの……どういうことでしょうか。まだ、私は結婚はできていないんですけれど。」
「これを見なさい!」
アンバー姫が握りしめていた紙を広げて見せてきた。
「結婚許可証……?」
「あなたとフロスト侯の結婚の許可を、国王からもぎ取ってきたわよ。」
「……はい?」
たしかに貴族の結婚には国王の許可が必要だけど……。
「俺が出していた求婚を受け入れる書状は、無事に王都に届いたようだな。」
「ええ?」
私は驚いてジン・フロストを見上げた。
「許可証が届いてから、お前と話し合おうと思っていたんだが......。まさかこんなに早く返事が来るとは思わなかった。」
「遅いわよ!三日も前に王都にフロスト侯からの手紙は届いていたというのに、お父様は他の仕事でなかなか会ってくださらないから、正面突破して、役人たちを蹴散らしてハンコをいただいて来たの。やっとクグロフに来ることができたわ。」
アンバー姫はそう言って、ジン・フロストに結婚許可証を押し付けた。
彼はそれをうやうやしく受け取っていた。
「アンバー姫、ということは、私は死刑は……。」
「あるわけないでしょ。むしろ死なれたら困るのだけれど。私のお義姉様になるのだし?」
そういえば、アンバー姫はロバートと結婚したいがためにこの計画を立てたんだった。
死ななくていい!
ほっとすると足の力が抜けて、崩れ落ちそうになった。
それをジン・フロストが抱き留めてくれた。
そして彼はナハシュに命令した。
「おい!司祭を呼べ!どんなやつでもいい、すぐに来れるやつだ!いまここで結婚の宣誓を行う!」
「今から!?」
「また逃げ出されてはかなわないからな。」
ジン・フロストが私を抱く手に力を込めた。
痛いんですけど。
「いいえ!呼ばなくて結構!あんな朝っぱらから神頼みしてるようなジジイどもよりも、この姫たる私があなた達の結婚の宣誓の立会人をしてあげるわ!あなたたちはお互いに夫や妻とすることとかいろいろ誓うわね?いえ、誓いなさい!命令よ!」
こんなに雑で強制的な誓いは見たことも聞いたこともない。
「誓おう、未来永劫妻とすることを。」
ジン・フロストが言った。
「レモーネ!あなたも誓いなさい!」
私はもうなにがなにやらわからないことと、死刑を免れた安心感で口を開ける気力もなかったので、両手で大きく丸を作った。
「これで二人はもう夫婦よ。神が許さなくても、私が許すわ。後は適当に誓いのキスでもやってなさい!はい、オーディエンスは拍手!」
アンバー姫が両手を上げると、周りの人たちからまばらな拍手が贈られた。
皆アンバー姫に圧倒されてしまっている。
「それじゃあ、これからあなた達は私のお義兄様と、お義姉様になるわね。」
「お義兄様?」
ジン・フロストが眉をひそめると、アンバー姫はもう一枚持っていた紙を広げた。
それは、アンバー姫とロバート・ロイ・フロストの結婚許可証だった。
「さあ、ロバート様!私たちの結婚をはばむ障害は取り除きましたわよ!私と結婚して……しなさい!」
「うわあっ!なんなんですか貴方は!兄上!助けてください!」
ロバートの腰にアンバー姫がしがみついて離さないの図だった。
「お似合いだぞ、ロバート。」
「そんなーーー!!兄上えええええーーーーーー!」
ロバートの断末魔がひびいた。
生きて、ロバート……。
ぼんやりとその様子を眺めていると、ジン・フロストが私のアゴをつかんで上を向かせた。
「何かしら?」
「誓いのキスだ。」
「ええっ!ちょっと待って、ちょっと待って!」
「いいや、待たない。」
「まだ!まだ心の準備が!」
「男女のあれこれも教えてやらないといけないみたいだしな。」
「あれは詫び状であって、そんな意味があるわけでは!助けてポムピーン!」
薄情なポムピンはなにもしてくれないので、私はがっちりホールドの密着二十四時になってしまった。
ポムピン達は少し離れたところから二組のカップル(?)達を見ていた。
「まあ、これでレモーネさんの今までの苦労もむくわれた……むくわれたかなあ、これ。」
「おとぎ話では野獣が愛の力で王子様に戻りますが、閣下の場合、レモーネさんへの愛によって野獣になってしまったのかもしれませんね。」
「ちがいねえ、こりゃあナインちゃんは、これから大変だぜ。」
「レモーネさん、遠くから、私に危害が及ばない距離感で見守りますから、頑張ってくださーい!」
こうして、シンデレラの義姉は、死刑を免れ、真実の愛を手に入れることができたのでした。
めでたし、めでたし……?
お読みいただき、ありがとうございました。
次回後日談的エピローグで完結になります。
よろしくお願いいたします。




