31 そうだ、プリズン・ブレイクしよう
「あのー、恥ずかしがっているところ大変申し訳ないんですけど、そろそろベッドから出てきてもらえませんか?」
私はあと百日くらいはうずくまっていたい気分だったので、無言の拒否をした。
「早く次の行動を起こさないとこのままじゃ死刑まっしぐらですよ!」
「ちょっと待ってよ、今死んじゃいたいくらい恥ずかしいんだから!」
「死んじゃいたいとか言っちゃってる場合じゃないですよ!ほんとに死んじゃいますよ!おりゃああああーーーーーー!!!」
ポムピンは無情にも私がかぶっていた布団をがばあっとはぎ取ってしまった。
「さあ、レモーネさん、行動開始ですよ!ぐずぐずしてられません。ここを出ますよ!」
ポムピンは腰に手を当てて仁王立ちで立っている。
「この私に強く出るようになるなんて、ポムピンも成長したわね。」
私がしみじみと言うと、
「レモーネさんと一緒にいたら、心臓に毛が生えてきました。どうしてくれるんですか。そんなことよりも、出るったら出ますよ!」
あまりにもポムピンがうるさいので、私はまだうずくまっていたかったけれどゆっくりと体を起こした。
「出るって言ったって、この快適なおもてなし空間からどやって出るっていうの?敵から客人を守るために頑丈な作りになっているし、鍵だって外からかけられているのよ?内側にあれば私が針金で開けられるけれど。」
「針金で開けるって……金庫破りでもしてたんですか?レモーネさん……。まあ、それくらいはやっててもおかしくないか。」
ポムピンは呆れたように言った。
「金庫破りはしたことないけど、国の重要書類を盗み見るために王都の大臣室に忍び込んだことはあるわね。」
「そーゆー怖いことをさらっと言わないでくださいよ!」
「王太子妃候補のたしなみよ。」
「そんなたしなみはありません!」
ポムピンはさっさと寝室を出て行ってしまった。
慌ててその後を追うと、出口の扉付近でしゃがみこんで何かをセットしていた。
それは大きめのガラス瓶の中に小さな紫色の砂のようなものが入ったものだった。
「レモーネさん、私が今からこれを牢獄の外に流し込みますので、鼻と口をふさいでいてくださいね。」
「鼻と口をふさいだら、息ができなくて苦しいんだけど。」
「五分ほどで終わりますから。」
ポムピンはその瓶を左手に持つと、にやりと人の悪い笑顔を浮かべて立ち上がった。
「これで今から城内の兵士たちを全て眠らせます。やつばらめはこれを嗅げば、たちどころにバタバタと倒れていきますよ。明日の朝までは誰一人目覚めることはできません。ふふふ、ふふふふふふふふふふふ。」
目が笑っていない。
ポムピンの悪い魔女としてのいけない部分が目覚めてしまっている。
でもおもしろいから放っておこう。
「これは私の出した毒リンゴと、以前もらってきてもらったシビレマンドラゴラを絶妙なバランスで配合したものです。その効果は体の感覚がなくなるとともに、軽い仮死状態になるものです。時間が立てば自然と効果は薄まります。なので眠るということとは少し違うんですけど、まあ、意識がなくなるという点においては同じことですよね。将来的には外科手術のときなんかに応用できたらいいな~とも思ってます。」
それはすごいことだ。
限りない可能性を感じさせる。
「私の足の治療をしてもらった時に、そんな薬があったらよかったわ。痛い思いをしなくていいし、眠っている間に手術が終わっていたらそれはとても楽なことだもの。」
私はフランケンシュタイン博士に治療をしてもらった時にとても痛い思いをしたことと、あの「痛いの好き?」というドS発言を思い出して、体をぶるりと震わせた。
「そうですね。さあ、いきますよ!ちゃんとふさいでおいてください!」
ポムピンの指示通り、私は近くのテーブルにあった布巾で口と鼻をおさえた。
息苦しいので早く終わらせて欲しい。
いつの間にか自分の顔半分を布で覆ってしまってるポムピンは、右手を瓶の底にあてた。
ポムピンがそれを左右に振ると、そこに小さな青い炎が現れた。
やがて熱せられた瓶の口から薄い紫色の煙が出てきて、扉の上部にある鉄格子の隙間から外に向かって流れていった。
それからすぐに、外でどさり、と人が倒れる音がした。
番をしていた兵士が倒れた音だろう。
それからしばらくすると、瓶の中身がすべて煙となって消えてしまった。
ポムピンは手のひらの上にある青い炎を消すと、親指と人差し指でオッケーサインを作ってから、顔を覆っていた布を取り去った。
「もう、大丈夫ですよ。」
おそるおそる布巾を取り去る。
かすかに甘い香りが漂っている。
「これで城内の人間は全て眠ってしまいました。昔のおとぎ話に出てくるお城みたいに。」
ポムピンは満足げに言った。
「なるほど。……で?」
「で?」
私が訪ねると、ポムピンはきょとん、とした。
「私たちがここから出られないならば、意味がないじゃない。どうやってここから出るつもりなの?言っておくけれど、さすがの私でもこの頑丈な扉をけ破ることはできないわよ。」
私はポムピンに詰め寄った。
「大丈夫です!ちゃーんとそこも考えてますから、そんなに怖い顔で凄まないでくださいよ!」
ポムピンは私の前をするりと抜け出すと、ふところから人の頭ほどはある丸いかたまりを取り出した。
そんなにでかいものをどうやってあの小さな体にかくしていたというのだろうか。
それにそのかたまり、どことなく見覚えがある気がする。
「じゃーん!これで扉を吹き飛ばしまーす!」
「なによそれ。」
「おや、お忘れですか?これ、レモーネさんが晩餐会の夜に一人寂しく作ってた花輪もどきですよ。」
「あ~なるほど~って、なんでそれで扉が吹き飛ばせるわけ?ただの花の集まりじゃない。」
ポムピンは得意げに答えた。
「これは古代の戦いによって使用されていた『バックダーン』という飛び道具みたいなものです。中には一つの都市を一瞬で焦土と化すものもあったらしいですよ。魔法使いが人間の戦争に参加できないようになってからは、使われなくなっていたのでいまや忘れられたちょっとやばい兵器です。そんなものを無意識に作りだしてしまっていたんですよ、レモーネさんは。恐ろしい子!」
「なんで花だけでそんな危険なことができるのよ。」
「ようく見てください。この複雑な網模様、これ、呪いの呪文を紋章化したものなんです。これによってこのかたまりは大きな魔力を帯びるようになってしまったんです。私はこれをあのシロツメクサの花畑で見つけたときはあまりのまがまがしさに震えてしまいましたよ。」
ジン・フロストが作った花輪をまねて作っていた私の花輪(仮)がよもやそのような兵器になっていようとは。
偶然とは恐ろしい。
「研究のために取っておこうと思ったんですけど、今はこれを使うべき時のようですね。これの爆発の威力が扉を壊すにはちょうどいい感じですし。ちょっと扉から離れててくださいね。いきますよ!」
ポムピンはその花のかたまりに先ほどの青い炎で火をつけると、力任せに扉に向かって投げつけた。
どおおおん、と大きな音が響く。
頑丈で分厚い扉は、人一人が通れるくらいの大きな穴が開いていた。
「さあ、レモーネさん!逃げ出しますよ!」
「ちょっと待ってちょうだい。私は逃げないわ。」
「いまさら何を言ってるんですか!」
「私は逃げるのではない。エスケープするのよ!」
「いっしょじゃないですか!かっこよく言いたいだけでしょうどうせ!もう、先に行きますからね!」
ポムピンはさっさと先に部屋を出て行ってしまった。
私が開いた穴から外に出て、倒れている兵士を踏んでしまった時には、もうその姿は見えなくなっていた。
逃げ足の速いやつだ。
私も城外に出るべく、倒れている何人もの兵士たちを避けながら走り出した。
あのポムピンが作りだした紫の煙のおかげで、城内はまるで誰もいないかのように静まりかえっていた。
右足のケガのおかげで一階まで降りてくるのに時間がかかってしまった。
やっと古城の入り口前の広場にたどり着くと、そこに一人の人間が倒れているのが見えた。
ジン・フロストだ。
私を死刑にでもしに来ていたのだろうか。
そっと近づいて様子をうかがってみると、まるで死んでいるかのようにピクリとも動かなかった。
さらによく顔を覗き込んでみたら、息はしていた。
眠っているようだった。
ポムピンの説明とはちょっと違うけれど、人によって作用が違うのかもしれない。
私はふと思い立って、かれの唇にそっとキスをした。
「魔法が解ければいいのに……。」
彼の反応は無かった。
まあ、全部の魔法の解除方法がキスとは限らないし、私のことを彼が好きだとは思えない。
「さようなら。」
私はそっとつぶやいた。
ひと時の別れだ。
「アイルビーバック!」
私は捨て台詞をはいて、古城を後にした。
お読みいただき、ありがとうございます。




