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29 邪魔者も忘れたころにやって来る 

 私は屋敷の庭でぼんやりとしていた。

 なかなか事態は思うように進まない。

「でも、それが人生というものなのかもね。」

 ため息とともにつぶやいた言葉にポムピンが反応した。

「レモーネさん、あの辺境伯相手にあきらめたくなる気持ちもわかりますけど、どうか自暴自棄にはならないでくださいよ。まだまだチャンスはあります。ってゆーか、辺境伯もいい加減あきらめてレモーネさんの求婚を受け入れればいいのに、なにを怖がってんだか。あの様子では別にレモーネさんのことを本気で嫌がってるようには見えないんだけど……。」

 ポムピンはぶちぶちと花を摘んでいる。

 私はあきらめてはいない。

 あきらめてはいないのだが、こちらがモーションをかけてもまともに取り合ってもらえないのにはさすがに疲れて来た。

 死刑を免れるための求婚だった。

 別に好かれたいとは思っていなかったけれど。

 ふと王子とシンデレラの姿が浮かんだ。

 うらやましい。

 うらやましいこと山の如し。

 はあああああああっ、と肺の中の空気が無くなるくらいのため息が出た。

 するとにわかに城門の方が騒がしくなった。

 それをポムピンも見て大声で叫んだ。

「なんであいつがこんなところに!」

 あいつって誰のことだろうかと思っていると、あのブラック・ランプ商会のラウラという女性とその後をデバランという男性がこちらに向かってずんずんと歩いてきていた。

 どういうわけか、二人を止めようとする兵士たちは動きがぴたりと止まってしまっている。

 まるで魔法にでもかかっているようだ。

 やがてラウラは私の前にやってきて、にこりと微笑んだ。

 小麦色の肌、豊満な肉体で相変わらず悩殺全開だ。

 こちらもうらやましい。

 どうやったらそんなに魅力的になれるのか尋ねようとすると、デバランが先に口を開いた。

「落ちこぼれの時代遅れが。まだ魔法使いでいようとしているのか?ずうずうしいことだな。」

 この前の態度からはとても考えられないような、高圧的な態度でポムピンに言っている。

「あ、あんただってランプ族の末席のくせに偉そうなことを!」

「言うようになったな。どうせまだリンゴしか出せないんだろう?エリートである私とはその実力は天と地の差があることを忘れたのか?」

「今も兵士たちに魔法を使って動けないようにしてるわね!さっさと魔法を解きなさい!」

「くやしかったら我が魔法を解除してみることだな。まあ、無理だろうが。役立たずなお前はそこでこれから起こることもただ突っ立って見ていることだな。」

「何をしようとしてるの!」

「デバラン、ひかえなさい。」

 ラウラの一喝にデバランは深々と腰を折った。

 そしてラウラは私に向かって話しかけて来た。

「ごめんなさいね、あなたの負けよ。恨むんだったら、あなた自身の女としての魅力のなさと、そこのろくに魔法も使えないお嬢ちゃんを恨んでちょうだいね。」

 なぜか喧嘩を売られた。

「おい!そこで何をしている!」

「勝手な入場を許してはいませんよ!警備兵たちは一体何をっ。」

 ジン・フロストとナハシュが駆け付けて来た。

 だが、ナハシュはデバランによって体の自由を奪われてしまったらしく、急に立ち止まった。

「これは一体どういうことだ?」

 あたりの温度が二〇度くらい下がったのではないかというほど彼は冷ややかな視線であたりを見てから言った。

 しかしラウラはそれをものともせず彼に近づいた。

「辺境伯、お久しぶりでございます。」

「二度とここへは来るなと言ったはずだが?」

「そんなことをおっしゃらずに。そこにいらっしゃるお嬢さんのことで辺境伯にお知らせしたいことがございまして。」

 ラウラが私を指さしたので、皆の視線が集まった。

 なぜか嫌な汗が背中をつたって落ちた。

「こちらのお嬢さん、とんでもない極悪人でございます。今すぐに対処された方がよろしいかと。」

「……どういうことだ?」

「王都にて死刑を言い渡された死刑囚です。我々の情報網に引っかかって来たんですけれど、何でも王太子妃の義理の姉だとか。自分が王太子妃の座におさまるはずが、それを義理の妹が手に入れたため、彼女を毒殺しようとした罪状で死刑を言い渡されているんそうです。ここにやって来たのも、辺境伯に求婚するためだなんて真っ赤な嘘。辺境伯を暗殺するためですわ。暗殺がうまくいけば、死刑は免罪されるんだとか。」

「違う!毒殺だなんてそんなことはしてない!いびってたってだけで死刑にっ!」

 しまった!

 私はあわてて反論した口を両手で抑えた。

 ジン・フロストは呆れたようにこちらを見ている。

 焦る。

 何かを言わなくては!

「侯爵様!私はあなたを殺そうだなんてそんなことのためにここへ来たんじゃありません!本当にあなたに求婚するために来たんです!あなたと結婚するために!」

 ジン・フロストは肩をすくめた。

「信じてください!」

 言いつのろうとした私の前に、ラウラが割って入ってきた。

「右足のかかとの傷こそ、あなたが王太子妃の義理の姉である証拠ですわよね?シンデレラ様が落としていったガラスの靴を履こうとしたけど入らないから切ったんだとか?そこまでして王子様と結婚したかったのかしら?欲深いこと。」

 ラウラは小馬鹿にするように見下ろしてくる。

 お前にとやかく言われる筋合いはない、と言い返そうとすると、ラウラを押しのけてジン・フロストが今まで見たこともないほどの怖い顔でにらんできた。

 あまりの恐ろしさに体がぶるりと震えた。

「今のは本当か?」

「……あ、あの……。」

 なぜか責められているようなまなざしに、口がうまく動かない。

「王子と結婚したくて足を切ったのか?」

 おそるおそる、首を縦に振った。

「この、大ばか者が!」

 空気が震えるほどの大声だった。

 ジン・フロストが、怒っている。

 今まで怒られていた時は、彼が本気で怒っていなかったから怖くなかったのだ。

 それに、なんで私はこんなに怒られているんだろう。

 あまりの迫力に思わず後ずさりをしてしまった。

「閣下!」

 遠くで体が動かないナハシュがジン・フロストを呼んでいる。

 それを遮るようにラウラが彼に話しかけた。

「このような危険な人物は今すぐにでも排除すべきですわ。」

 ジン・フロストは視線を私から外すと、無言のままあたりを見まわした。

「犯罪人を野放しにはしておけない。牢獄に収容する。もちろん、その協力者もだ。」

「ひええええーーーーーっっっ!!!」

 ポムピンが私にしがみついて来た。

 私はそれをしっかりと抱き返した。

「閣下!何をおっしゃってるんですか!彼女はアンバー姫から遣わされた客人ですよ!」

「ああ言っていますが、彼も彼女たちの協力者なのではないでしょうか?」

 ラウラがジン・フロストに甘くささやいた。

「ナハシュ、お前もこの件が片付くまで古城で謹慎していろ。」

「閣下!お待ちください!」

 デバランが、数回右手を振った。

 すると、兵士たちが動き出したが、ナハシュと私とポムピンを拘束しだした。

 それを満足げに見たラウラは、彼女の部下に声をかけた。

「デバラン!」

「御意。」

 デバランはジン・フロストに向かって右手をかざした。

「ジン・フロスト!ラウラ様の虜となれ、ア・ブラ・カタ・ブラ!」

 ごうっと、強い風が吹いた。

 ぼんやりと立っているジン・フロストにラウラが身を寄せると、彼はラウラの腰をぐいっと引き寄せた。

 そして二人は、口づけを交わしている。

 私はそれを見て、全身の力が抜けてしまった。


お読みいただき、ありがとうございます。



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