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28 レモーネ来たりてジン固まる

虫がちらりと登場します。苦手な方はご注意ください。

  女の姿に戻れてからも私はジン•フロストの仕事の手伝いを、彼がなんだかんだといいながらも続けていた。

 相変わらず与えられる仕事は簡単な書類の整理だったけれど、量がとてつもなく多いのでなかなかに骨が折れる。

 とはいえ一つ一つをおろそかにすることはできない。

 今もまた書類の束から、細かな変更が必要なものを抜き出してジン•フロストに渡した。

「この通知文はこことここに誤字があります。そして、この嘆願書への返答は、言い回しをもう少しソフトにした方がよろしいと思います。反感を買うおそれがありますので。それから、こちらの功労者への報償のリストですが......。」

 彼はとにかく忙しいので早く私の用事は済ませた方がいいだろうと思い、早口で言ってしまってから、ふう、と一息ついた。

 返事がないので、どうしたのかと彼の顔を見てみると、これでもかというほど目と口を開いてポカンとしていた。

「あのう、侯爵様?」

「え?ああ、お前がまともなことを話しているな、心底驚いてしまった......。」

 彼が驚くのも無理はない。

 男の私はまあ、なんというか、自由人だったから。

「とにかく、変更点はお伝えしましたので、よろしくお願いしますね。」

「あ、ああ。」

 ジン•フロストはぎこちなくうなずくと、また今まで見ていた書類に視線を戻した。

 ただその動きは、まるで油が切れたブリキ人形のようだったけど。

 そんな彼を一瞥した後、私は仕事が一段落したので執務室を出た。

 男の時のように本来の目的を忘れて別のことに熱中する私ではない。

 じつは今、次の計画を水面下において着々と準備をしているのだ。

 今日はいよいよ、それが実行できそうなのだ。




 女に戻れた後、私とポムピンは今後について熱く議論をかわした。

 ちなみにポムピンは魔法の使用を禁止されてしまった。

 魔法も使えず、なおかつ恋愛経験が風の前の塵のような私たちの話し合いは連日深夜まで及んだが、やがて一つの到達点に至った。

 あの義妹のシンデレラのように、男性の好みを直撃するようなことをするということだ。

 とはいえ女性が考える男性の好みと言うものは、特に私たちが考えるものはたかがしれているだろうし、見当もつかないので、ロバートの協力の下、城内の兵士たちに緊急アンケートを実施した。

 結果は驚きのものでよく意味が分からないものも多々あったが、今の我々が実際にできる範囲内のものもあったので、ためしに一つ実行してみることにした。

 これの手応えがよければ、他のものもやってみようと思っている。

 私は黒いドレスにウエディングドレスの生地でフランケンシュタイン博士夫人に作ってもらったエプロンをした。

 髪もきちんと一つに結んでいる。

 これは「メイド」という女性の使用人の仕事着だと聞いたが、王都の使用人はこのような服ではなくもっと動きやすく目立たない格好をしている。

 おそらく外国の様式なのだろう。

 そして手作りのスープをワゴンに載せて再度執務室の扉の前にやってきた。

 警備兵が目をむいている。

 この姿の完成度の高さに驚いているに違いない。

 私は扉を開けて中に入ると、教えてもらったセリフを堂々と言った。

「おかえりなさいませ!ご主人様ーーーーー!!!!!!」

 これに何の意味があるのかわからないが、教えられたとおりに言ってみた。

 ジン・フロストは、こちらを見たまま氷のように固まっている。

 つかみはオッケーのようだ。

 私はずんずんとジン・フロストが座る机に近づいていき、銀のクロシュで覆っていたスープ皿を彼の目の前にどんとおいた。

「お食事をお持ちしました!」

 彼は私の顔とスープ皿を交互に何度か見た後、

「......は?」

 と言った。

「元気が出る手作り料理を作りましたので、これを食べてどんどん仕事を頑張ってください。」

 私は早く食べてほしかったので、ちょっとだけ威圧的に言ってみた。

「あ、ああ......。」

 彼は最近押しに弱い。

 とてもよい傾向だ。

 彼は銀のクロシュをはずして、スープを見た。

 が、すぐにがしゃん、と元に戻してスープを隠してしまった。

 顔色が悪い。

「これ、お前が作ったって言ってたな。」

「丹誠込めて作りました!」

 そう答えると、彼は再度スープのふたをはずして、それを私に向けてきた。

「鶏肉の丸ごと入ってるやつに虫が入ってるんだが!これアレだろ!お前が前言ってたイビリだろ!」

 たしかに鶏肉に虫っぽいやつが五個くらいぶっささってるのが入ってるスープである。

 私が作ったものとはいえ、見るに耐えない。

「ちがいます!これはれっきとした料理です!」

「こんな料理あってたまるか!」

「滋養強壮に効くという貴重なキノコをふんだんに使った由緒正しい東方のスープです!これが一番元気になるらしいんです!仕事しすぎて死にそうになってる人には効果てきめんですよ!フランケンシュタイン博士に教えてもらいました!均等に虫を並べるのにとても時間をかけました。」

「虫って言ってるじゃないか!さすがにお前に少し慣れてきたけど、これは怖すぎる!お前俺をじわじわ殺しにかかってきてるだろ!」

 心外な。

 永眠させるつもりならもっと確実で誰にもわからない方法を使っている。

「毒リンゴは入ってません!」

「入ってたまるか!」

「ご安心してお召し上がりください!」

 私はスープをぐいっと彼の方に押しやった。

「おい、やめろ。」

 彼は仕方なくスープを机においた。

 そして、こわごわとその中身をのぞいている。

「......いる。」

「いる、ではなく、ある、です。これはキノコなのです。」

「いやこれどっからどうみても虫だろ!茶色い!」

「冬虫夏草というキノコです。虫の栄養で育ってます。」

「いやそれ虫だろ!いや、虫ではないのか?でも形がそのまんまだし......。」

「せっかく作ったんでさっさと食べてみてください。元気はつらつになりますよ。」

「お前は鬼か!」

 ジン•フロストがそう涙目で叫んでいる。

 そこへブラッド•バーンが血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。

「おやかた!大変だ!今このへんでメイドさんの気配がっっハアアアアアアアアーーーーーー!!!!!!」

 ブラッド•バーンは私を見ると、顔を輝かせて突進してきた。

「メイドさん!すげえ!メイドさん!いい!すげえ!」

 メイド、すごい、しか言わなくなった。

「いいですか?」

「いい!すげえいい!これこそが男のロマン!」

 この格好は彼の好みに合っていたようだ。

「ナインメイドちゃんは何やってんの?え?もしかして手料理?いいなー。おやかたいいなー。あーんしてほしい!」

 そこにスープ皿を持ったジン・フロストがふらりと私たちの間に割って入ってきた。

「そんなにほしけりゃほらやるよ!」

「ギャアアアアアーーー!!!なにこれ!え?なにこれ?虫?」

「虫じゃねえ、元虫だ!ほら口開けろ!あーんしてやるよ!」

「いやだ!こんな壮絶なあーんはイヤだ!」

 そうしてしばらく二人はぎゃあぎゃあと叫びながらスープを押しつけ会っていた。

「メイド」姿にはブラッド・バーンほどの反応はなかった。

 スープを食べてもらえない。

 この計画はどうやら失敗に終わったようだ。



 スープは誰の口にはいることもなく、警備兵に預けられてしまった。

 そして私はソファに座らされ、今回の経緯について説明を求められたしまった。

「なになに?男のロマンについての緊急アンケート結果?俺が知らない間にこんなに重要な意見集約が行われていたとは......。」

「はい。他にも裸エプロン、スカートめくり、谷間、女教師などが多数意見として挙げられています。」

「どれも甲乙つけがたいな!」

 ブラッド・バーンは今までにないほど真剣な表情で考え込んでいる。

「少数意見としては、黒パンスト、鞭、ガーターベルトなどがありました。しかしこの、はいてない、と言うのが一体何を指しているのか......?」

 アンケート結果用紙を見ながら疑問に首をかしげていると、ジン・フロストがその用紙を奪い去り、びりびりに破って捨ててしまった。

「ああああ~~~~~!!おやかた!!!男のロマンが!」

 そして私は彼の上着を羽織らされた。

「お前はもっと自分を大事にしろ!何が男のロマンだ!」

 言われている意味がわからない。

 それに少しだけ似合っている、とまではいかなくても、可愛らしいなどの言葉を期待していた私はがっかりしてしまった。

「おい!聞いているのか?こんなことをしても無駄だ。それに、自分のやりたくないことまでして男に気に入られずともいいだろうが。」

 私は彼の言葉に腹が立ったので、ぷいっと顔をそむけて無言の抗議をした。

「あ~あ、おやかたが照れて心にもないことを言うから、ナインちゃんが拗ねちまったじゃないっすか~。」

 拗ねる?

 ああそうだ、私は今、拗ねている。

「いつもと違う恰好を誉めてもらいたい女心のわからない少年のような心を持ってるからな~、おやかたは。しかも、なんすか。上着をかけたのは、可愛すぎて他の奴に見せたくないっつーやつですか。見てるこっちが恥ずかしい。」

「ちがう!照れてなどいないし、この上着は......その、寒そうだからだ!」

 そんなに必死になって弁解しなくてもいいのに。

「だいたい、こいつはなに着ててもかわらんだろうが!違う服を着ていようが、こいつはこいつだ!人に善意で虫を食わせようとするやつだ!」

「何着てても君は君だよ。十分魅力的だ......。ってことっすね!おやかた!恥ずかしげもなく人前で口説き始める。」

「口説いてなどいるか!」

 彼が反論すればするほど、私の心は沈んでしまった。

 この作戦は大失敗だ。

 気に入られるどころか、私に側にも甚大な被害が出てしまった。






冬虫夏草スープは、新兵達がおいしくいただきました。

何が怖いって、これ、現実に存在するんですよ...。


お読みいただき、ありがとうございます。



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