27 酒と男と男で女
男レモーネの腹の虫がうるさかったので入った店は、大衆的な食事を酒とともに提供するような店だった。
値段も安い割に量も多く、味もなかなかだった。
評判がいい店なのだろう、広い店内の客席は満席でがやがやと騒がしかった。
男レモーネはジャガイモを茹でたものとソーセージ、野菜が入ったスープ、白身魚のフライ、をそれぞれ三人前注文しきれいにそれを平らげてしまった。
満足げに口を拭きながらも、
「肉が食いたい……。人の金で肉が食いたい……。」
とたわごとを言っている。
そして今度はデザートを食べようとメニューを広げている。
まだ食べるつもりか。
「ヘーイ!そこの可愛いお姉さーん!このチーズケーキを十人前お願い!」
給仕の娘にそう片手を挙げて声をかけている。
ふとおかしな視線を感じて店内を見渡すと、店中の客たちが俺たちのことを見ていた。
しかも、温かくにこにこと微笑みながら。
そういえば、こいつの悔しがる顔を見るためにあの変な噂をわざと放置したままだった。
俺はそのことを今更ながら後悔した。
「あ~だから早く誤解を解けって言ったのに……。」
男レモーネもその様子に気が付いたようで、メニューで顔を隠している。
「嫌だ……もうハカティアに帰りたい……。」
「お前、ハカティアの人間だったのか。」
「あれ?言わなかったっけ?飯がうまいいいところだぜ~マフィアがうろうろしてるけど。ルールに厳しいマフィアが。」
たしかにハカティアは無法者の力が未だに強いところだ。
「クグロフはまだましだけどさ、この国ってなんでこんなに飯がまずいの?王都の飯なんて残飯レベルだぜ?」
「そこまではひどくないだろう。……たぶん。」
ハカティアにひきかえ、我がトライフル王国は飯の種類が少なく、かつ驚くほどにマズイことで有名なのだ。
ここクグロフは国境近くであり、他国民が行き来することも多いためあらゆる国の料理が食べられるし、それを取り入れた独自の料理もあるので王都よりはマシな食生活を送れている。
「あ~ハカティアに帰って飯食いたい!!バリカタスパナポ食いたい!とんこつマルピザ食いたい!モツ焼き食いたい!マルチョウ!!」
デザートを食べ終えたころ、俺がさっきの話を再開させようとすると、そこに給仕の若い女が飲み物を持ってきた。
「え?もしかしてオレに?」
「はい!」
男レモーネの顔がぱああああっと輝いた。
その飲み物はこいつの髪の色のように、鮮やかな黄色の飲み物だった。
グラスのふちにはオレンジが刺してある。
「悪いな、おジン。俺ばっかりモテちまって。この子、オレに気があるみたいだ。」
やつは足を組みなおして髪をセットしながら、決め顔で給仕の女を見上げた。
「ありがとう、お嬢さん。それで、これをくれったってことは……そういうことだろ?」
なにがそういうことなんだか。
「はい!お二人にぴったりの飲み物を当店よりサービスします!」
「……は?お二人?」
給仕の女は朗らかに答えた。
「ご領主様とそのお連れ様の幸せを願って、少しばかりですが、お祝いの品をお持ちしました!ラブ・アンド・ピース!」
きゃっと言うと、給仕の女は去っていった。
そして店内の客たちが自然と拍手をしだした。
「ちくしょおおおおおおおっ!」
男レモーネはテーブルに突っ伏してしまった。
そんなやつに、俺は尋ねた。
「おい、なんでこの飲み物はストローが二本もついてるんだ?いや、二本じゃないな。一本の先がくるくると曲がっていて、飲み口が二つあるのか。不思議な形だ。」
「うああああああーーーーっ!これはなあっ!こう、恋人たちが一本ずつ口にくわえてなぁっ!見つめ合いながら海辺のカフェなんかで夕日をバックに飲むためのもんなんだよ!間違ってもあんたとオレが一緒に使うもんじゃねぇ!」
「なんだそれは、よくわからん。」
さっぱりわからない説明に困惑していると、男レモーネはそのグラスをがっと持つと、グイッと一気に飲み干してしまった。
「男と仲良くなんかしてたまるかよおおおーーーーっ!うっ。」
そしてテーブルにどさっと上半身を倒してしまった。
ピクリとも動かない。
「おい、どうした。」
返事がない。
グラスを持ってそのにおいを嗅いでみると、強い酒のにおいがした。
この飲み物はオレンジジュースではなく、酒にジュースを混ぜられたものだったようだ。
急性アルコール中毒かと疑ったが、寝息をたてているのでただ寝ているだけのようだ。
「やれやれ、人騒がせな奴だ。」
抱えて連れ帰ろうとすると、店内の客たちがワクワクしながら俺の様子を見ている。
「おんぶだろうか?」
「いえ、お姫様抱っこよ、絶対に!」
そんな声が聞こえたきた。
俺は男レモーネを小脇に抱えると、金をテーブルに置いてそそくさと店を出た。
早急にあの噂を消さなければならない。
その後城まで猛走して帰ってきて、執務室のソファに男レモーネをどさっと投げ置いた。
こいつは投げられた衝撃にも目を覚ますことはなかった。
起きるまで放っておくか。
あの噂をなくすための相談をナハシュにしに行こうとやつに背を向けた瞬間、後ろから飛びかかられた。
「くそっ!何をしている!離せ!」
男レモーネは右腕をオレの首にまわして技をかけながら叫んだ。
「肉を食わせろおおおおおーーーーーっ!!!」
「ぐっ!バカやろう!酔ってるのか!!大人しく酔って死んでろ!」
「肉が食いたい肉が食いたい肉が食いたい肉が食いたい!!イチボォォォーーーー!!!」
「うわっ!」
意外な馬鹿力に押し倒され、酩酊状態のやつがのしかかってきた。
「おい待て!この絵面はまずいぞ!いろいろと!さっさとどけ!」
俺は一叩きで扉を壊すほどの力を持っているので男レモーネを引きはがそうとするが、肉を食べたい欲で怪力になっているやつを引きはがすことが出来ない。
やつはその力で俺の顔じゅうをべたべたと触ってくる。
「やめんか!」
「耳はミミガーだろ、頬はカシラだ!あーでもオレ、タンが好きなんだよな~。」
タンって舌のことだろたしか!よく知らんが!
俺はぞっとする危機感を感じたので、慌ててやつの顔を押しやった。
「ぐぎぎ……。なんだこの牛オレに食べられることを拒否してくる!いや、豚か?」
俺のことを牛か豚だと勘違いしているやつは、スキをついて俺の口をぎゅうとつかんできた。
「んん!?」
一瞬のうちに、上唇をがりっと噛まれた。
「いっ!」
かなり強い力で噛まれたようで、切れた部分を拭えば血が付いていた。
やつはといえば、
「よく焼けてない。」
などとほざきながら俺の血が付いた口の端をぺろりとなめている。
「おまえは~~~~ふざけるのもたいがいにしろ!」
爆発しそうな怒りで頭の血管が何本か切れた。
力任せにやつの肩を押しやると、それは妙に力なく細かった。
月明かりを浴びながら、黄色い髪がきらきらと輝いてひろがり、それはやがて俺の足にかかるまで長くなった。
どっしりと重かった体重はずいぶんと軽くなっていく。
肉を食べようとのばされていたがっしりとした腕は、みるみるうちに細くなり、だらりと力なく投げ出された。
顔は男のそれから、丸みを帯びた輪郭に変わっていく。
人を小馬鹿にしているかのような目つきは、あの印象的なライム色の意志がはっきりとしたものへと戻った。
しかしその目は、酒の影響かうるんでいるように見える。
呆然とその変化の様子を眺めていると、小さくなった口がまるでおびえるかのようにわなないた。
「……し……たく……な……。」
「おい、どうした!」
前回子供から戻った時とはまるで違う様子に驚いてしまった。
不安になって声をかけると、何度か目をしばたかせた後俺の腕をつかんで顔を覗き込んできた。
「じん……す……と……を……けて……。」
何かを懇願するかのようにささやいてきた。
全身の毛穴から汗が噴き出て、体がかっと熱くなる。
「なんだ、なにを言って……。」
急にレモーネの体がぐらりと傾いたので、慌てて両手で支えてやった。
また話し出すのを待ったが、ただじっと俺の顔を見てくるだけだった。
しばらくそのままでいると、レモーネの唇が声もなく動いた。
「キス」と動いた気がする。
思わずぎゅっと腕に力が入ってしまった。
俺はごくりと唾をのみこんで気を静めてから、口を開いた。
「キスをし……。」
「レモーネさああああーーーーーんんんんんんんっ!!わかりました!わかりましたよおおおおーーーーーっ!!男から元に戻る方法がーーーーー!!!この前みたいにぶちゅっとしちゃってください鬼の辺境伯と――――――!!!ってあれええええええーーーー!!!戻っちゃってるしーーーーー!!!!!!」
俺がレモーネに問いかけた瞬間、ポムピンが転がりながら執務室に入ってきた。
そして俺たちを見ると、両手で顔を隠して慌ててそっぽを向いた。
「あーーーそっかそっか!そーゆーことなんですね!すみません気が利かなくて!私ってほんと気が利かなくて!あの!見てません!見てませんから私!どうぞ続きを!はりきってどうぞ!!見てませんから!あっでもちょっと見ちゃうかも!ちょっとだけ!後学のために!!」
一人ではしゃいでいる。
どうしようかと腕の中のレモーネに視線を戻すと、目をつぶってぐったりとしていた。
どうやら酒には弱いみたいだ。
俺はこいつを介抱するためにそっと抱き上げた。
1)バリカタスパナポ
バリカタスパゲッティナポリタンの略。ハカティア名物。バリはハカティア語で「とても」。その名の通り芯が残ってるなんてもんじゃないくらいとても固いスパゲッティで作られたナポリタン。噛めば噛むほど口の中が切れる。
2)とんこつマルピザ
とんこつマルゲリータピッツァの略。ハカティア名物。マルゲリータピッツァの上に豚骨でとったスープをどろどろに煮込んだものをのせたもの。胃にくるが、後引くおいしさ。
3)モツ焼き
モツと呼ばれる牛や豚の内臓などを炭火で焼いたもの。モツは煮込み派や鍋派がおり、時に抗争に発展する。
お読みいただき、ありがとうございます。
脚注がつけられませんでした......。




