24 ブラッド・バーンがマトモに見える...だと!
脱走した男になったレモーネ・ヴァンドルディは、奴がいなくなったと思われる時間から四時間後には捕らえられ、この執務室へと連れてこられた。
意外と捕まえるのに時間がかかったのは、こいつがなかなか逃げ足が速く、また、隠れるのがうまく捕らえるのに手間取ったかららしい。
今は目の前に体を鎖でぐるぐるとまかれた姿で、俺とロバート、ナハシュ、バーンに取り囲まれるようにして床にあぐらをかいて座らされている。
それをソファの陰からポムピンがのぞいている。
絵の具のような黄色い髪は短くなりに、草木のような緑色の瞳は気だるげに半開きになっているが、それでもあの強い意志を感じさせるのは変わらない。
間違いない。
こいつは確かにあのレモーネ・ヴァンドルディだ。
とはいえその姿はすっかり男のものになっている。
それも女の時とは全く雰囲気が違う。
以前は、本当かどうかはわからないが王都の商人の娘だと言っていただけあって、黙っていればどこぞの貴族の令嬢かというほどの気品があったが、今では良く言えば放蕩息子、悪く言えばチンピラと言った感じだった。
きちんと装えばそれなりにもなろうというものだが、あえて自分から悪ぶっているような風でもある。
遅れて来た反抗期か?
態度も悪い、姿勢も悪い、おまけに口も悪くなっている。
「なあお館、こいつがナインちゃんか?」
さすがにバーンも驚いている。
「間違いなかろう。この髪この目、こんな奴がこの世に二人といるか。」
「お館がそう言うならそうなんだな~。あ~、ナインちゃんがほんとのナインに!おっちゃんは悲しい!」
バーンがしゃがんで男レモーネの頭をなでた。
「うわっ!男が触んなよ、うぜぇ!」
男レモーネは怒った猫のように威嚇している。
「そんなことよりも、被害状況を説明しろ。」
俺はナハシュを促した。
「はい、特にクグロフの城下街に人的被害は出ておりません。あえて申し上げれば、隊長が女性たちに取り囲まれて軽傷を負われました。」
ロバートの服はぼろぼろでところどころ破れてしまっているし、体中にかすり傷ができていた。
いつものことだ。
「続けろ。」
「はい。ヴァンドルディさんが屋敷の二階の窓から出て行かれて三十分後には城外へ、それから城下街で隊長に押し寄せてきた女性に寄っていったところを見つかるまでの二時間の間に、四十四人の女性に声かけを行っていらっしゃったみたいです。」
何をやってるんだよお前は。
俺は呆れて男レモーネを見た。
「その内訳は、十代が九人、二十代が十二人、三十代が七人、四十代が五人、五十代が三人、六十代が三人、七十代が二人、八十代が二人、九十代が一人のようです。約三分に一人声をかけていることになります。」
「九十代?お前すごいな!」
思わず叫んでしまった。
皆が絶句していると、男レモーネが劇役者のような声で言った。
「何言ってんだよ、十代の子も、四十代の子も、九十代の子も、皆食べどき。皆違って皆良い。」
「見境なさすぎだろ!」
俺はまた思わず叫んでしまった。
「なんでだよ!十代未満には声かけてねぇよ!」
「当たり前だ!」
まずい、想像以上にやばい奴になっている。
ブラッド・バーンがマトモに見える。
ナハシュは報告を続けた。
「しかも城内ではポムピンさんと、フランケンシュタイン博士夫人も口説いてます。」
「まじかよナインちゃん。あの奥さんスーパーメガトンサイズの重量だぜ……。」
たしかに夫人はとてもふくよかだ。
「いいじゃん、あの奥さん。ケガをしたら優しく介抱されたい。」
もし何かの拍子に下敷きになれば間違いなく圧死すると思うのだが。
「でもあそこはオレの入る隙間がないほどのラブラブ夫婦だった……。」
くやしそうにしている男レモーネに、皆若干引き始めた。
「それにしても、約三分に一人声かけって……。すごいですね、ヴァンドルディさん。」
ナハシュの口元が引きつっている。
「でもよぉ、それって逆に言えば、三分に一回振られてるってことだよな。」
「ぐううっ!おっさん、それを言うな!」
バーンのつぶやきに、男レモーネは精神的ダメージを受けたようだ。
「強力な魔法で恋愛力を上げたはずなのに、男になっても全然モテないってすごいですね!レモーネさん!!」
「はあああっ!」
ポムピンが追い打ちをかけた。
さらなるダメージにのたうちまわっている。
こいつは馬鹿だ。
信じられないくらいの馬鹿になっているが……。
「しかし、何度振られようともあきらめないそのメンタルの強さは計り知れないな。馬鹿だが。」
俺がそう言うと、皆がうなずいた。
バーンが呆れながら言った。
「あのなあ、ナインちゃん。女なら何でもいいのかよ。節操なさすぎだぞ。」
「いいよ!むしろ女の子がこの世に存在してるってだけで幸せ感じられるねオレは。」
「すげぇな。」
「なのにこんなにオレがモテないのはおかしいんだよ!あんたのせいだぞロバート!」
突然の非難にロバートは瞳孔を開いて冷たく言い放った。
「クソったれのマヌケには話す権利を与えてはいないが?」
「女の子は皆ロバートが良いってゆーんだよおかしい!」
それで全く女に相手にされなかったのか。
これならば野に放っても心配なかったな。
そこにロバートがひゅん、と剣先を向けた。
「なにすんだよ!」
「兄上、この役立たずの対応は私にさせて下さい。実に鍛えがいのあるクソ○◆×☆♨ですよ。」
「出たよフルメタルロバート……。」
男レモーネは舌打ちしたが、今度は首元に剣を突き付けられている。
「わー!やめろバカ!暴力反対!一夫多妻反対!」
いきなり何を言いだすんだこいつは。
「おい、ちょっと待てよ。」
そこにバーンが待ったをかけた。
「なんだよおっさん。」
「一夫多妻はいいじゃんか!ハーレムだ!男の夢だ!ロマンだ!」
「おっさんは女をわかってないな。女は二人いれば蹴落とし合い、三人集まれば派閥を作って戦争を始める!その戦い方たるや地獄の悪魔も真っ青なほどのえげつなさだ。女が一か所に集まってそこが平穏だったことがあるかよ?めんどくせえ。」
「めんどくせぇって……。ナインちゃんはほんとに女が好きなのかよ?」
「好きだね!でもめんどーなのはもっと嫌だ。女同士の修羅場に巻き込まれるのはきついぜ。それにハーレムってあれだろ?男が養わないといけないんだろ?責任なんか負いたくねえし、働きたくない!だからお気軽なお遊びがいいよな~。」
「信じられないほどのクズだなぁ……。」
バーンは苦笑いしている。
「オレはオレの欲望に忠実に生きてるだけだよ!」
そう男レモーネが言った瞬間、ロバートの剣がどん、と足元に突き刺さった。
「っぶねーな!オレの命より大事な部分が死ぬとこだったぞ!」
「クソくだらん話をこれ以上聞かせるな。☆▲◎※☺すぞ!」
ロバートの瞳孔は開いたままだ。
我が弟ながらこれはどうにかならないものか。
「あんたやっぱやべぇぞ!おい!誰かこいつを止めろよ!」
なんというか、困ってうろたえているレモーネ・ヴァンドルディを見るというのもなんとも新鮮だ。
いつも俺ばかりハゲる思いをさせられてきたからな。
「あの、隊長お待ちください。今は男の姿になっておられるとはいえ、元々は女性なのですからそのようなことはおやめ下さい。それに、ヴァンドルディさんのことは、レモさんの時のように閣下がされますので。」
ナハシュがロバートをそういさめると、ロバートは剣を床から抜いて穏やかに微笑んだ。
「そうでしたね。すみません、私としたことが。あまりにも見事なクソったれでしたもので。そうですね、姿は変われど兄上の婚約者殿ですものね。」
「そうですとも。」
「お前たちは何を勝手に話を進めてるんだよ。誰がこんなクズの面倒なんか見るか!あといい加減に婚約者とか言うのはやめろ!」
俺はあわてて二人の間に割って入った。
やっとこいつから解放されると思ったのに!
しかし二人は俺を無視して話を続けた。
「婚約者殿のことは兄上にお任せいたしましょう。」
「閣下がかいがいしく面倒を見られるでしょう。それから、はやく元の女性に戻っていただかなくては。ポムピンさん、魔法を解く方法を探して……おや?どうされたんですか!ポムピンさん!」
「ロ、ロバート様が……ロバート様が……王子様から……鬼畜野郎に……。」
ポムピンはうわごとのようにつぶやいた後、気を失ってしまった。
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