22 お義兄様、出番です!
柔らかい朝日が部屋の中に降り注ぎ、開けられた窓からは爽やかな緑の香りを運んでくる風が吹き込み、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
テーブルについて温かいお茶を飲みながら外を眺めれば、雲一つない薄いラベンダー色の空がどこまでも広がっていた。
朝の日課であるシャドーボクシングの後のこの優雅なひと時というのは、本当に素晴らしいものだ。
耳をすませば、遠くから新兵達をしごきあげるロバートの罵声が聞こえてくる。
クグロフはまたいつもと変わらない穏やかな朝を迎えていた。
そこに、寝室からシーツをミノムシみたいに巻き付けた寝間着のままのポムピンが寝ぼけてやって来た。
「お師匠様、おはようございま……。え?レモーネさん?」
「おはよう、ポムピン。」
「なんでレモーネさんがここに……?夢だ!これは夢だ!悪夢だ!もう一度ベッドに戻ろう!」
ポムピンは慌てて戻っていったが、またすぐにげっそりした顔をしてやって来た。
「おはようございます、レモーネさん。」
「夢以上に素晴らしい現実にようこそポムピン!」
「ははははははははははは……。」
目が全く笑っていないポムピンは、私の向かいに腰を掛けた。
ポムピンが寝ぼけて起きてくるのもいつもと変わらない朝のやり取りとなっている。
とはいえ今日はポムピンが昨日大泣きしていたせいか、まぶたが張れてえらいことになってしまっているが。
「ところでその花はどうしたんですか?さっきから嬉しそうに眺めていますけど。」
「あら、お目が高いわね。これは国宝の、花でできた指輪よ。」
昨日フロスト侯からもらった指輪をポムピンにも見えるように持ち上げた。
「いやただの花輪に見えますけど。そんなのが国宝なんですか?ってゆーかなんで国宝を持ってるんですか強奪してきたんですか?」
「これは昨日私が国宝だと決めたのよ。」
「そーゆーのは国宝っていいませんよ!ただのレモーネさんのお気に入りの草じゃないですか!なんなんですかそれ。」
「ジン・フロストに昨日作ってもらったのよ。素晴らしい芸術品でしょう?悪いけれど、これは貴重すぎてあなたにあげることはできないわ。」
「いえ、別にお金を積まれてもいりませんけどそんなもの。ってゆーかそれ辺境伯が作ったんですか!」
「そうよ、彼は神の手を持っているわ。」
「うわあー、なんていうか……うわあー。意外にロマンチストなんですねー辺境伯って。ってゆーかそんなもので女が喜ぶと思ってる男の人ってちょっとイタイ…….。」
キモイキモイ、と言いながらポムピンは朝食を開始した。
そんなポムピンに、私は昨日フロスト侯とどんなやり取りをしたかを話した。
「ちょっと待ってくださいレモーネさん。昨日二人の仲が進展してるとか、辺境伯がキモイイタイ野郎だとか言ってすみませんでした。辺境伯にはほんとに謝りたいです。ただこれだけは言わせてください。指輪は武器ではありません!」
「結構いい女の武器(物理的に)になるわよーあれは。大発見ね。」
ポムピンは食事の手を止めた。
「とにかく少しでも早くレモーネさんに恋愛力を付けさせなくてはいけませんね、人類の平和と安寧のために。」
私も早くその恋愛力とやらが欲しい。
それがあったのなら、昨夜はフロスト侯に「ゴー・ホーム!」と言われずに、「カモン・ベイビー」と言われたはずだそうに違いない。
「そういえば、胸ってどうすれば育つのかしら?」
胸も大きいに越したことはない。
大は小を兼ねる。
「またなんか変なことを仕入れてきましたね。誰に聞いたんですか?あのブラッド・バーンとかいうセクハラジジィですか?あいつの頭上にピンポイントに隕石が落ちてくればいいのに。」
「んー、そうだったかしら、ジン・フロストが言っていたような気が……。」
「何を言ってるんですかあの人は。レモーネさんの被害者でかわいそうだと思ってたのに。ただのセクハラ野郎じゃないですか!」
ポムピンは勢いよくソーセージにフォークを突き刺した。
飛び散った肉汁がまるでソーセージの涙のようだった。
「そんなのただの迷信ですよ。胸が育つ方法があったら世の中の女性は皆やってます。」
ポムピンはばかばかしい、とも言った。
それもそうか。
「ねえ、胸を大きくする魔法ってないの?」
私はポムピンに聞いてみた。
「あったら自分にかけてますけど?」
「そうよねー。」
ないということか。
無念。
そして義妹のシンデレラのEカップは天然ものだということがわかった。
魔法使いのおばあさんに大きくしてもらっているんじゃないの?と思っていたけれど、そうではないようだ。
私が義妹のEカップに思いをはせていると、朝食を終えたポムピンが魔法書を手にして私のもとへやって来た。
「実はレモーネさんの恋愛力を上げる魔法について、いくつか候補を挙げているものがあるんです。ただどれも副作用がありまして。」
「どんな副作用が?」
「毒リンゴになったり、大きな毒リンゴになったり、毒のないリンゴになったりします。」
本当にこの魔法使いは毒リンゴ製造機だ。
「唯一毒リンゴにならないのがあるんですけど、強力すぎて私も魔法をかけた後一体どうなってしまうのかわからないんです。最悪死ぬかも。どうします?」
「他に方法は?」
「魔法をかけずに地道に恋愛力を上げるという方法もありますけど、レモーネさんがそれを身に着けるころにはおばあさんになってるかもしれませんね。」
自分で言うのもなんだけど、その意見に関しては反論の余地がない。
「その強力な魔法をお願いするわ。何もせずに死ぬよりも、なにかをして死んだほうがいいもの。」
「やむをえませんね。」
私はさっそくその恋愛力が上がる強力な魔法(ただし最悪死ぬ)をかけてもらうことにした。
「いつでもいいわよ。」
「それじゃあいきます。レモーネさん、恋愛力が上がれ!今までお世話になりましたあなたの頑張りは忘れません私のことは恨まないでください安らかにお眠りください!」
ポムピンがそう叫んだとたん、まるで雷でも受けたかのように体がビリビリとしだした。
そしてそれはだんだん大きくなっていき、激しく火花を散らしながらバチバチと音を立てている。
あまりの衝撃に気が遠くなってきた。
あ、これは死ぬかも。
そう思っていると、体が変形していく感じがした。
手足がのびて、それに反するように髪が短くなっていく。
やがてパチパチがおさまっていき、意識がはっきりとしてきた。
死んでいない。
魔法は成功したようだ。
でも、体にとても違和感がある。
両手を広げて見てみる。
オレの手はこんなに大きかったんだな。
「え?レモーネさん……生きてる……。」
ポムピンの驚いたような声がしたのでそちらを見た。
え?こいつ、こんなに可愛かったっけ?
つかつかとポムピンのところへ行き、壁際に追いやって逃げられないように壁に手をドン、とついた。
「え?え?レモーネさん?」
身長差があるから囲い込みやすい。
ポムピンの真っ赤な髪を一房つかみ、口元に寄せてキスをした。
「どうした?顔を真っ赤にして。可愛いな、苺みたいだ。苺ちゃんって呼んでいいか?」
「はあああああーーーーーっっっ!!!なななななななに言ってるんですかああああーーーーーーーー!!!!!」
「驚いてる顔もすげぇいいな。なあ、オレと火遊びしようぜ。」
「ひひひひあそびはしません!!ってゆーかレモーネさんが、お、お、男の人になってるううううーーーーー!!!!」
オレが身をかがめてキスしようとすると、ポムピンは魔法書でバシバシと叩いてきた。
「いってぇなあ。せっかくイイコトしようって言ってんのに。」
「レモーネさんだってわかってるのにどーこーするわけないじゃないですか!ってゆーか、なんかすごいチャラい感じになっちゃってるんですけどレモーネさんが!」
「あー、ポムピンが遊んでくんねぇならほか行くわ。城下の街にでも行くか。いや、そーいやフランなんとかっつーセンセーの奥さんが城内にいたな。まずは奥さんとこにご挨拶に行くとするか。」
オレはニヤリと口を歪ませた。
「ちょ、ちょっと待ってください!そのチャラくていかにも女好きでクズ男っぽい感じ!もしかして、レモーネさんの実のお父さんそっくりになっちゃってるんですか!夜のハッスル大魔王で女の敵の!」
「さあな。オレは今とにかく女の子とにゃんにゃんしたい。そのために生きてる。」
「異性への興味はたしかに異常に上がってるけどやばい方向に暴走してる!また失敗した!」
ポムピンは混乱しているようだが、オレは出窓に足をかけて、
「じゃあな、また後で遊んでくれよ、ポムピン。」
と言って窓から外へ飛び降りた。
着地したとき右足のかかとが痛かったが、そんなことは女の子と遊ぶことのためならいくらでも耐えられる。
「あーーーー!!!レモーネさんどこ行くんですかーーーー!!!ってゆーかここ二階――――――――!!!」
ポムピンの叫び声を聞きながら、オレは館を離れていった。
お読みいただき、ありがとうございます。




