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21 人を励ますのは結構むずかしい

 私がつまずいたのは、床にうずくまって頭を両手で囲い、まるで甲羅に引っ込んでしまった亀みたいになっているポムピンだった。

 岩みたいにびくともしないので、人差し指でつんつんとつついてみた。

「お前はオカンかよ!」

「おお、しゃべった。」

「歯を磨いて寝ろとか腹巻しろとか、お前はレモーネさんのかあちゃんなの?!据え膳が迫ってきて怖気づいて逃げるなんてお前はそれでも男か!冷酷な辺境伯なんて誰が言ったんだよちゃんちゃらおかしくてヘソで茶を沸かすわ!お前はただのヘタレだ!」

 うずくまった格好のまま叫んでいる。

 なにか嫌なことでもあったのか、いつもよりも口調がきつい。

「……辺境伯がいるところでは怖くて言えなかったので、今、ツッコんでみました。」

「あ、そう。」

 とりあえず大声でツッコむ元気があるようで安心した。

「ところで、辺境伯はレモーネさんのところに来たんですか?」

 この格好のまま会話を続けるつもりらしい。

「ええ、私が中庭のはずれで花輪の練習をしていたらそこに。」

「あの人、晩餐会中もレモーネさんをきょろきょろと探してましたよ。本人はばれてないつもりみたいでしたけど、挙動不審すぎて皆わかってました。結局我慢できなくなったのか探しに出て行ってたみたいですけど。」

「私が晩餐会に出るものなんだと思っていたんですって。」

「ふーん。まあ、あの人なりにレモーネさんのことが気になってるんでしょうね、女としてかどうかは別として。」

「あらそうかしら?だったらいいのだけれど。」

 彼に気にしてもらえるなら嬉しいものだ。

「ちょっとでも進展しているようでなによりですねぇ~。」

 全然よかったね、という気持ちがこもってない口調で言われた。

 薄暗いので最初はわからなかったけれど、ポムピンは晩餐会に出かけて行ったままのピンクの可愛らしいドレスを着たままだった。

 そういえばまだまだ晩餐会はこれからという時間なのに、もう部屋に戻ってきているということは、なにかあったんだろうか。

「そういうポムピンは一体どうしたのよ。隊長に誘われて夢の舞踏会に出られるって言って喜び勇んで出て行ってたのに。」

 私がそう声をかけると、一度びくっと体を震わせ、そして一息置いてからがばあっと体を起こしてこちらを見てきた。

 その顔は悲惨だった。

 目は冬眠中のカエルみたいにはれぼったいし、涙を滝のように流しながら、両方の鼻の穴にはハンカチが突っ込まれていて、顔のあちこちに赤黒い血が飛び散っていた。

「どうしたのよそれ!」

「私みたいな落ちこぼれはやっぱりあんなきらびやかな世界に行っちゃいけなかったんですよ!ちびで眼鏡で胸もない口癖がダイエットは明日からの私なんか暗い部屋のすみっこでにやにやしながら魔法書読んでるのがお似合いなんです!」

「誰かにひどい目にあわされたのね!一体誰にやられたというの?私が代わりにお礼参りに行ってやるわよ!」

「ロバート様です。」

「え?でも彼があなたを晩餐会に誘ってくれたんじゃあ……。」

「あの人は悪魔のような人です!会場に現れたロバート様は、それはそれは素敵な真っ白な軍服を着て登場してきたんです!ただでさえ王子様なのにあんなストイックでありながら男くささも持ち合わせる装いに身を包んだ彼の魅力はうなぎのぼり!とどまるところを知らない!しかもぴっちりした作りの服だったから、意外にたくましい胸板とかきゅっとひきしまったおしりとかが眼前に広がってこっちは瞬殺ですよ!」

「はあ……。」

「その場にいた女性全員と一部の男性は、正気を保っていられませんでした。失神するもの、泡をふいて倒れるもの、奇声を発して走り出すもの、そして私のように、鼻血を出して倒れるもの……。」

「ああ、そういうことね。」

 それですぐに部屋に帰ってきてうじうじとしていたということか。

 血だらけなので心配して損した。

「まあ、大した被害が出なくてよかったじゃない。」

「それはどうでしょうか~?」

 なぜか恨めしそうに私を見てきた。

「何よ。」

「レモーネさん、今後は背後とか夜道とかに気を付けた方がいいですよ~。」

「何でよ。」

「ロバート様が、おや、レディ・レモーネは来ていらっしゃらないんですか?ぜひお会いしたかったのですが、って言われてたのを会場の女性が聞いて殺気立ってましたからね~。ってゆーか、いつの間にそんなに仲良くなったんですか~?」

 たぶん彼は新人兵の「しごき」について語りたかったんだろう。

 なぜか私は次期新人兵教官としてスカウトされているから。

 彼との間に色気のある関係は一切ないんだけれど、それを説明しようすると必然的に鬼教官モードの隊長について話をしないといけなくなるが、そんな彼の一面を彼のことを優しい王子様だと思っているポムピンには言えない。

「まあ、子供になった時に、いろいろ、ね。」

「へぇ~、子供の時に、へぇ~、いいですねぇ~。」

「あなたが心配しているようなことは決して起こらないわよ。」

「心配なんかしてないですよ!レモーネさんとロバート様がどーにかなるなんて!でも、勘違いしたクグロフの街の女の人たちから嫌がらせを受けるかもしれませんね!ざまあみろ!」

「その喧嘩、買った!久々に腕が鳴るわ!」

 私は両腕をぶんぶんうならせた。

「しまった!せっかく大人しかったレモーネさんをやる気にさせてしまった!」

「まずどいつとどいつとどいつとどいつをつぶせばいいのかしら?」

「やめて下さい!冗談ですよ、冗談!クグロフの女の人は王都の女の人みたいに心がゴリラじゃないんでレモーネさんの洗礼を受けさせるのはやめてあげてください!」

「わかったわよ。明確に喧嘩を売られたら買うことにするわ。それよりもあなたはいいのかしら?見たところ、あなたが落ち込んでるのは隊長だけが原因のようには思えないんだけど。おおかた、隊長のとりまきにでも嫌味を言われたんでしょうけど。」

「はい……。きれーな女の人たちに、あんたみたいなちびで不細工がロバート様に近づこうなんて百万年早いみたいなことを言われて笑われました……。」

 そんなことだろうと思った。

 そもそも私はポムピンがあのような場に慣れていな出席することが心配だったのだ。

「私はどうせ、ちびでぽっちゃり不細工で、ロバート様には似合わない落ちこぼれの魔法使いです!昔からよく魔法使い仲間からそう言われていじめられてましたから。いじめっ子のレモーネさんには私の気持ちなんかわからないでしょうけど!」

「ちょっと待ちなさいよ。プロのイビリストである私にとってはいじめとイビリは違うわよ。いじめは自分よりも格下だと思うものに対する嫌がらせ、つまり暇人がすることよ。イビリは自分よりも強いものもしくはライバルをつぶすために、か弱い女性が戦うために身に着けるすべなのよ。いじめっ子だとかいうやつらと一緒にしないでちょうだい!」

 私が我慢できずに大声で抗議すると、ポムピンは肩をすぼめてうつむいてしまった。

「で、でも、その人たちに言われることは確かに正しいんです。私はちびで馬鹿な落ちこぼれだから、そう言われても仕方がないんです。」

「だったら、そのちびで馬鹿な落ちこぼれにわざわざ構ってる向上心のない自分の人生の時間を無駄にしてる暇人の言うことを聞くことほど愚かなことはないわよ。そんなやつらのことなんて無視しなさい。言うことなんか聞く価値もない。そいつらはあなたよりどれだけ偉いとでもいうの?自分が馬鹿にしてる人間よりも馬鹿なことをしてるとも気が付かない馬鹿だわ。自分よりもはるかに努力をしていて、とても手の届かない場所にいるような人間を打ち負かしてやろうとするほうがはるかに有意義よ。」

「……私はレモーネさんみたいに強くないんです、どうせ。」

 うじうじとうっとうしい!

「私は強くなんかないわよ。そうしなくてはいけない環境にいて、ずっとせっぱ詰まった人生だったから常に追い立てられていただけ。今もまさにせっぱ詰まってるけど。」

「……。」

 ポムピンはうつむいたまま黙ってしまった。

 悩むことなんかない、気にするなということを言いたかったんだけど、どうにもうまく伝えられない。

 どうしよう、他人を慰めたことなんかないからどうしたらいいかわからない。

「でも、私はあなたのことを、馬鹿な落ちこぼれだなんて思ってないわよ。好きでもない赤の他人である私が死ななくていいように、日々魔法について必死になってくれてるじゃない?私が話しかけても気が付かないくらい集中していることもしょっちゅうだし。今のあなたは私も見習いたいくらいの努力家で、なにより優しい人だわ。」

 とにかく思っていることを素直に伝えてみた。

「……でも、私、全然役に立ってないです。魔法も失敗ばかりだし。」

 ポムピンはぼそりとつぶやいた。

「失敗してないわよ。」

 私は自信を持ってそう言った。

「この前はレモーネさんが子供になっちゃったじゃないですか!誰もが魅力を感じる人になるような魔法がかかるはずだったのに。」

「子供には皆すぐに構ってきてちやほやされたわよ。あのジン・フロストも子供の魅力には敵わなかったんだし。つまり、あなたの魔法は成功していたのよ。」

「え、ちょっと待ってください。魅力って、その魅力?性的な魅力じゃなくて?……そーゆーことかあああああああーーーーーーー!!!!!!」

「魔法って、解釈がむずかしいわねえ。」

「そうならそうと魔法書に書いててくれればいいのにまぎらわしいなあああーーーーーーーーーーー!!!」

「というわけで、次は私の恋愛力が上がる魔法をお願いね!」

「……そうですね。ってゆーかレモーネさんは恋愛力とかいう以前の問題な気がしますけど……。」

「じゃあ、おやすみー。」

 話もまとまったところで、私は寝ることにした。

「相変わらず切り替えが早い…….。」


一方、襲いに行きますと言われたジン・フロストは、恐怖によるびくびくと、妙なドキドキで一睡もできなかったようです。


お読みいただき、ありがとうございました。

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