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20 送りオカン

 フロスト侯がさっさと行ってしまったので、慌ててその後を追いかけた。

 送ると言っていたくせにもう遠くに行ってしまったので、彼の広い背中も小さく見える。

 相変わらずきれいに整えられている中庭を通り抜ける時、古城の方角から時折楽しそうな話声や音楽が風に乗って聞こえてくる。

 さっさとここを抜けてしまいたいけれど、裾が広くて重たいドレスが邪魔でなかなか思ったように前に進まない。

 やっと中庭を抜けて館の入り口にたどりつくと、フロスト侯はその入り口の急な階段の前で、片足を一段上に乗せたままの格好でこちらを見て待っていた。

「ほら。」

 そして、右手を差し出してきた。

 戸惑ったけれどその上に手を重ねると、私が階段を上がるのを意外にもゆっくりと手伝ってくれた。

「ありがとうございました。」

 一番上まで上がるとさっさと手は離されてしまい、扉を開けてくれた。

 その扉のフロスト侯が壊した部分は簡単に木で修復されていた。

 扉を入ってすぐの大広間を横切って左に曲がれば、二階に行くための階段がある。

 その階段は大理石でできた古典主義な造りの手すりが取り付けられており、赤いじゅうたんがひかれていている。

 この階段はさっきの入り口の階段とは違い、子供でも楽に登れるくらいにゆったりとしたつくりでできているので、動きにくいドレスを着ているうえに足が痛くてふらついてしまう私にとってはありがたい。

 ただ、そのためフロスト侯はさっきのように手をかしてくれることはなかった。

 少し残念だ。

 私は一段一段をゆっくりと手すりにつかまりながら上がっているけれど、フロスト侯は三段飛ばしているのであっという間に上がって行ってしまった。

 踊り場までついて残り半分の階段をのぼるために体の向きをかえてその先を見上げると、残り数段の階段を残してまたフロスト侯が私を待っていた。

 そのそばまで行くと、突然それまで黙っていたフロスト侯が口を開いた。

「一応忠告しておくが、夜に一人でふらふらと出歩くな。そしてこのように簡単に男に部屋まで送らせるなよ。」

「はあ……。」

 今まで男性にどこかへ送って行ってもらうということをしてもらったことがないので、なぜそんなことを急に言われたのかがわからない。

 王都にいたときはどこに行くにも屋敷で働いている人間が付いてきていたので、そもそも彼ら以外の人間と外出したことがない。

 だから赤の他人に送迎してもらうことの意味を知らない。

 急いでフロスト侯の真意について考えてみた。

 簡単に送らせるなという言葉の感じからすると、侯爵のような身分にあるものにまるで召使のような真似をさせるな、ということを暗に言われているように思われる。

 つまりフロスト侯は送るとは言ったがこの行為をさっさとやめてしまいたいんだろう。

「わかりました。それではもうここまでで結構です。ありがとうございました。」

 礼を言ってからフロスト侯の横をすり抜けて行こうとすると、その前に彼が立ち塞がった。

「おい待て、お前はなにか勘違いしているようだが、さっき言った男の中には俺は入ってないからな。だから俺がお前を部屋まで送って行くのは別にいいんだ。」

 言われた意味がさっぱりわからない。

「男の中に入っていない…….?まさか……侯爵様は……女性!?」

 だとしたら一大事!

 私はフロスト侯と結婚できない!

「違う!女なわけないだろ!俺が言ってるのは、送り狼には気を付けろってことなんだよ!」

「送り……狼?」

 なんのことだろうかと考え込んでいると、フロスト侯は呆れた様子で言った。

「優しいふりして女を部屋まで送っていって、部屋についたところで襲うやつのことだ。」

「ああ!そういうことですね。そういうことならよく知ってます。」

 襲うというほどではないけれど、実父からよくそういうことをしていたという話は聞いたことがある。

「よく知っているとはどういうことなんだ。」

「そういった作戦があると聞いたことがあるんです。とある男性から。」

「そんなろくでもない男との付き合いはもうするなよ。悪影響しかない。」

 その心配はない。

 実父とはこの国に来てから会ってないし、もう一生会うこともないだろう。

「とにかく、ここが王都ではないからといって見知った男にも気安く気を許すと大変なことになるから気を付けろと言ってるんだ、わかったな。」

 これはもしかして、心配されてるんだろうか。

 ちょっと驚いてしまった。

「まあ、お前ならば襲ってきた男も返り討ちにするだろうから俺がわざわざ言わなくても大丈夫だろうが……。」

 ふと私は保留にしておいた子供をつくり責任をとってもらうために結婚する作戦を思い出した。

 今これが実行されるとしたら、それは割と好都合なことなんじゃないだろうか?

「侯爵様は襲っていただいていいですよ?」

 ゴトッ!

 ちょうど階段を上りかけていたフロスト侯は足を踏み外して、階段のカドで足のすねを強打したようだった。

「あら、大丈夫ですか?」

「お、お前なあああああ……。」

 フロスト侯はうずくまって足をおさえながら、うなるような声で言った。

 そんな彼を見守りながらも、これはなかなかに良い考えだと思った。

 子供になってわかったけれど、フロスト侯は子供に優しかった。

 守ろうともしてくれた。

 それによく遊んでくれたし、ちゃんとした人間に育つように教育するとも言っていた。

 それは自分の子供にも同じように接するということではないだろうか?

 良い父親と言うものがどんなものを指すのかはわからないけれど、少なくとも子供にとって悪い父親ではないはずだ。

 それに、彼はずっと一人の女性を思っているらしい。

 これは私の実父とは大違いだ。

 実父のようにあっちこっちで女性と関係を持っては無責任なことをして家族を困らせるということはないだろう。

 きっとフロスト侯は自分の子供を大事にするはずだ。

 彼が自分の子供でもない私のこともなんだかんだと言いながらかまってくれて、私自身大事にされていると感じたから間違いない。

 これをどう伝えようかと思っていると、フロスト侯はふらふらしながらも階段を上りきり、こちらをあの殺人視線でぎろりとにらんできた

「バカにするなよ。俺は一時の欲望に負けて人の道を踏み外すような男ではない!失礼なことを言うな。」

「人の道を踏み外すことにはなりません。私が襲っていいといってるんですから。」

「誰がお前など襲うか!いいからお前はもう部屋に入って寝ろ!」

「わっ!」

 フロスト侯は私の手をつかんで、ずるずると私を部屋の前まで連れてくると、部屋の扉を開け言った。

「俺はそもそも女を襲ったりしない。」

 そうだったのか。

「襲うよりも、襲われたい、と。侯爵様はあっち方面では女性に主導されたいほうなんですね。わかりました。今夜、襲いに行きます。」

「ヤメロ!頼むからおとなしくしていてくれ!」

「襲われたくないんですか?」

 フロスト侯は三日くらい寝てないような顔をしている。

「夜俺の部屋に来るようなことをすれば、そうだな……もう絶対結婚してやらん。」

「それは困ります!わかりました、大変残念ですが夜襲は止めます。」

「やっと少しお前をコントロールする術を身に着け始めたような気がする……。ゴー・ホーム!」

 そう言って私を、薄暗い部屋の中に押しやってきた。

「ほら、早く寝ろ。」

 犬を追いやるように右手を左右に振って私をもっと中に入るようにジェスチャーをしている。

「はい、おやすみなさいませ。」

 仕方がない、今夜はもうあきらめて寝るとしよう。

「ああ、待て。ちゃんとすべての窓が閉まっているか確認しろよ。それから、ドアの外から誰かが声をかけてきてもすぐに開けるんじゃない。鍵も忘れずにかけておけ。」

「はい、わかりました。」

「顔を洗って、歯も磨けよ。」

「もちろんです。」

「暖かい季節になったとはいえ夜は冷える。かけ布団は必ずかけておけ。ああ、そういえば子供になっていたときに与えていた腹巻があっただろう、あれをしておきなさい。腹を壊しては大変だ。」

「ご親切にありがとうございます。」

「……じゃあな。」

 言いたいだけ言ってフロスト侯は去っていった。

 私は言われた通りにすぐに扉の内鍵を閉めて、部屋のランプをつけるために歩き出した。

「きゃあっ!」

 暗くて見えなかったのだが、何かにつまずいてしまった。


お読みいただきありがとうございました。


このシーンは二人のどっちの視点にするかかなり迷いましたが、レモーネ視点となりました。


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