2 かぼちゃの馬車で戦闘準備を
アンバー姫の侍女が牢屋の鍵を開けていったので、とりあえずは外に出た。
久しぶりの太陽の光が目に突き刺さるようで痛い。
これからのことを考えると、真っ青な空の下に外にいるのに、気持ちは全く晴れない。
「それで、行って来いと言われても、王都からクグロフまでは山と森を越えていかないといけないのに。馬車ぐらい用意しときなさいよ、あのわがまま姫は。」
まさか歩いて行けと?
切った右足のかかとはまだ傷が癒えていないから、長時間の歩行はつらい。
「あ、あのう、それなら大丈夫です。お師匠様から魔法の馬車を借りてきましたから。」
ポムピンが空に向かって指をさした。
なんとも悪趣味としか言いようのない馬車が空を飛んでこちらに向かってきていた。
そしてその馬車は、私たちの前に砂埃を上げて着地した。
「何よ、これ。」
とにかくきんぴかで、派手派手しい飾りがこれでもかと飾り付けられて、ぎらぎらと輝いているかぼちゃ型の大きな馬車だった。
前につながれている2頭の馬は真っ白で、これまたきんぴかに飾り付けられている。
ドアの上には『㈱シンデレラ特急』という文字がある。
「やあやあ、お待たせいたしました。この度は我がシンデレラ特急をご用命いただきましてまことにありがとうございます。」
上等な服を着たカエルの御者がやってきて丁寧にお辞儀をしてきた。
「さあ、レモーネさん、乗ってください。これなら要塞都市クグロフにあっという間につきますよ。」
と、ポムピンは得意げに言った。
「いや!ぜええったいにいや!こんな悪趣味な馬車、恥ずかしくてとても乗れないわよ!」
シエラはよくこんな馬車に乗って王宮にいったものだ。
私だったらこんなものを得意げに出されたら、すぐに火をつけてやる。
断固乗車拒否すると、ドアを開けて待っていた魚の御者が不機嫌そうに反論してきた。
「この馬車はあのシンデレラ様がお城へ行くときに使用された、由緒正しき美しい馬車ですぞ!」
「シンデレラ様の気分が味わえると町では人気なんですけどねえ。はい。」
と、これはカエルの御者。
「いやよ!とにかく、い、や!」
全身で拒否したが、3人に抑え込まれ押しこめられ、とうとうこの馬車でクグロフへ向かうはめになってしまった。
ポムピンは空飛ぶ馬車に乗ることができて嬉しそうだが、私はそれよりもこの恥ずかしい馬車に乗せられたショックでぐったりしてしまった。
「レモーネさんはどうしてそんなに恥ずかしがるんですか?こんなに素敵な馬車なのに。」
「これが素敵だという感覚はおかしいわよ。」
「そんなことないですよ!私も素敵なドレスを着て、運命の相手に会いにお城にこの馬車で行けたらいいのに……。はあ、ロマンティックですね!」
「いや、だからこの馬車のどこがロマンティックなの?」
両手を握りしめてうっとりしているポムピンを、うんざりしながらながめた。
そんな私を見て、ポムピンは、はあーあ、とため息をついた。
「レモーネさんに乙女心はないんですか?」
「乙女心?もちろんあるわよ。」
「そうですよねー、よかったあ。」
「私はか弱いうら若い女性でしょう?だから自分の身を守るより強力な防御力を手に入れるために、より強力な権力者と結婚したいと子供のころから思っていたの。だからこの国の最高権力者に一番近い王子様と結婚したかったわ。まあ、計画は失敗に終わって今や虜囚の身となって趣味を疑うような馬車に乗せられているわけだけど。ああ、夢破れて私の乙女心はぼろぼろよ。」
「そういうのはなんか違う!」
ポムピンは泣きそうな顔をして詰め寄ってきた。
「権力を欲しがるのは乙女心じゃないです!」
「あー、わかった、わかったから。」
ポムピンを向かいの座席に押しやった。
ずれてしまった眼鏡をなおしながら、ぶつぶつと文句を言っている。
でも私は乙女心だとかどうでもいいことに時間をかけたくない。
こちらは現在進行形でデッド・オア・アライブなんだから。
「ところで、さっそくクグロフにつく前にやりたいことがあるんだけど。」
「一体何ですか?」
ポムピンはまだ不満そうな顔をしている。
「麻袋みたいなこの囚人用のドレスで人前に出るわけにはいかないでしょう?」
「そういう恥じらいはあるんですね。」
「なんですって!」
「すみません!すみません!お話の続きをどうぞ!」
「あなたも魔法使いならドレスの一つや二つ、出してくれないかしら?」
「さっきも言いましたけど、私まだ見習いで毒リンゴしか出せなくて。」
そういえばそんなことも言っていた気がする。
「まだ、ということは、出そうと思えば出せるんでしょう?」
「いえいえいえいえいえっ!無理です!一応そういう魔法も勉強してるんですけど、今まで一度も成功したことがないんです!」
「勉強してるんなら、全く可能性がないわけではないのね。やってみなさいよ。」
「で、でも……。失敗したことしかなくて。」
「失敗していいから、やってちょうだい。あなたは私の協力者でしょう。やれることはとにかくなんでもやってみて!」
これから何としてもジン・フロストと結婚しないといけないのになりふりなんかかまってられないんだから!
あれはできない、これもできない、なんてもう言わせないわよ!
ポムピンは私の顔と自分の手を交互に見比べた後、小さな声で言った。
「わ、わかりました。や、やってみます。」
「じゃあ、さっそくお願い。」
「し、失敗しても、怒らないでくださいね。」
「怒らないけど、馬車の窓から放り出す。」
「鬼だ!」
「さっさとしなさい!」
「はいいいいいいいいっ!レモーネさんの服よ、変われ!」
ポムピンが呪文を叫んで両手をこちらにかざすと、ぼうん、と音をたてて私の体を煙が包み込んだ。
「けほっけほっ!」
何かが燃えたようにけむたい。
いや、燃えていた。
私が来ていた麻袋ドレスがものの見事に炭になっていた。
真っ黒になってしまった布が少しでも身動きをすると、ぽろぽろと落ちていく。
「ポムピン……。」
「うわあ、焼き芋みたい……。」
ポムピンは分厚い眼鏡の奥の目を見開いて驚いている。
私はその間抜けな顔の両ほほを、びいいいいいいっと引っ張ってやった。
「うぇおーふぇひゃん、いひゃおるふっ!」
「私は、ドレスを出せと言ったのであって、今着ている服を変えろと言ったんじゃないのよ。わかる?」
「ひゅいあへいぇええええん!」
私はポムピンをぺいんっと離すと、片手で頭を抱えた。
「どーするの!私これじゃあこの趣味が悪い馬車から一歩も出られないじゃない!そのへんにある葉っぱでも貼り付けていくしかないんじゃない?」
「あははっ。何ですかそれ。原始人みたいですね、葉っぱだけなんて。面白い!」
「面白がるな!誰のせいで!」
私はポムピンのだぶだぶのローブの胸元をむんずとつかんだ。
「責任とってあなたの服をよこしなさい。」
「嫌ですよ!私が裸になっちゃうじゃないですか!」
ポムピンはさっと胸元を隠した。
「もう!どーするのよ!」
そうこうしているうちにも炭になったドレスがどんどん剥がれ落ちて、もう大事な部分しか隠れきっていない。
「だから言ったじゃないですか、私には無理だって……。」
ポムピンはうなだれてしまっている。
暗い。
そしてうじうじと悩む暇がある人間がうらやましい。
「まあいいか、全裸でいこう。」
「良くないですよ!」
「でも、死ぬわけではないじゃない?全裸でも。」
「怖い!この人の発想が怖い!そういえばガラスの靴を履くために自分の足を切っちゃうやばい人だった!」
「何で私がやばい人なのよ。本当に欲しいもののためならあらゆる犠牲もいとわないわよ、私は。見習いなさい。」
「見習いません。はあ、まさかもうこれを渡すことになるとは思わなかったんですけど、使ってください。」
ポムピンは私に大きな紙袋を渡してきた。
その中には純白のウエディングドレスが入っていた。
「あら、女の戦闘服じゃない。」
「ウエディングドレスに変な名前を付けないでください!女の子のあこがれなんですよ。神聖なものなんですから!」
「なるほど、さっきの私の服を燃やしたのは、その辺のこじゃれたドレスなんかで男の首を打ち取りに行けると思うな、最高の武器を身に着けて戦場に向かえ、と、そういう意味があったのね。」
「違います!これはうまく結婚できたときのお祝いとして用意しておいたものなんです。貸衣装なんで、大事に使ってくださいね、結構高かったんですから。」
「なんだか殺れそうな気がしてきたわ。」
私はさっそくウェディングドレスを着てみた。
「なんか怖いこと言ってませんか?ていうか、うまくやってくださいよ。初対面の女性がウェディングドレスを着て求婚に来るなんて、絶対男は引きますからね!むしろホラーですからね!」
「何を心配してるのよ。自分の命がかかってるんだから、うまく口説き脅すに決まってるでしょ。」
私は胸をはって答えたけれど、ポムピンは
「もうやだこの人……。助けてお師匠様……。」
といいながら窓の外を眺めていた。
お読みいただき、ありがとうございました。




