12 辺境伯はよろめきがお好き?
毎日ジン・フロストの部屋に呼び出されてはレバニラを食べさせられる日々が続いている。
男には従順に、という助言を守っているけれど、淡々とレバーを食べるだけの日々が続いている。
ただレバニラについては変えてほしいことは言っていて、生臭いままでは食べられない!しっかり火を通せ!ここにはニラしかないのか!味のバリエーションが少ない!お前の料理のポテンシャルはその程度か!ということなどを毎回控えめに伝えている。
そのおかげで最近は王都での食事にも匹敵するレベルの料理を出されるようになり、今日は「レバーのリンゴ酒生姜煮、季節の野菜とともに」が出された。
他に変わったことといえば自分の肌つやが良くなったことと体重が増えたということだけだ。
このままだとクグロフにはただレバーを食べて肌つやを良くしに来た、その後王都に戻って処刑、ということになりかねない。
なんとか現状を打破せねばと思うものの、私がレバー料理を食べている時は、ジン・フロストは外出していることが多いのだ。
そしてその時は目の前にはナハシュが座って、私が料理をちゃんと食べ終わるのを待っている。
今日は隣にサボリのバーン副隊長も座っている。近い。
私が辺境伯と結婚する命を受けてやってきたという話を聞いて、なんかすげーおもしろいことになってるから首を突っ込みたい、らしい。
「ナインちゃん、アーンってしてくんねえか?」
バーン副隊長は口を大きく開けて、顔をずいっと近づけてきた。
「アーン?って、何かしら?」
私はナイフとフォークを止めて聞いた。
「私が口を開ければいいの?」
「違う違う、ナインちゃんの手から俺に食べもんを食べさせてほしーの。クグロフでは家族とかでもよくやるし、お近づきのしるしアーン、とかもあるんだぜ?」
ナハシュが間髪入れずに抗議した。
「何言ってるんですか!副隊長!アーンしてほしいなんてセクハラですよ!王都からの大事なお客様に変なことしないでください!」
それから私に向かって謝ってきた。
「申し訳ありません、ヴァンドルディさん。クグロフの男が皆こんなわけではないんです。それに、お近づきのしるしアーンなんて断じてありませんからね!」
「それはそうだろうなと私も思いましたけど。でも、いいですよ、別にそれくらいのこと。」
「よっしゃあ!」
「いいんですよ、そんな副隊長なんかに気を使われなくて。」
「そのかわり、フロスト侯の好みの女性を知っていたら教えて欲しいのですけど。」
「オッケーオッケー教えちゃう!はい、アーン。」
「副隊長!」
私はレバーを一切れ手に取ると、バーン副隊長の口の中にほらよポーイと放り込んだ。
池で飼われている魚に餌をやる要領だ。
「違う……アーンと違うけど……うん?うまいなこれ……。」
バーン副隊長はもぐもぐしながら、違う、違うんだよ……。と言っている。
「違う?でも私は言われた通り手で食べさせたのだけど?」
「いいんですよ、これでいいんです!副隊長の餌やりにはそれでいいんです、大正解。」
ナハシュが両手で大きな丸を作った。
私はふきんで手をふきながら聞いた。
「それで?辺境伯のタイプは?」
「よろめき人妻だな!」
「よろめき?」
「俺も聞いた話なんだけど、昔付き合ってた恋人のことを今でも未練たらしく思ってるらしいぜ?女のほうがどっかの国のお偉いさんと結婚しないといけなくなって別れたらしいけど、そりゃあ美人でおしとやかな、でもどこか陰のある聡明な女だったんだと。」
「今でも昔の恋人のことが忘れられないということね。」
「そうだけどよ、結婚しちまった女をいつまでもうじうじ思ってるなんてヘタレかよ。俺ぁ無理だね、人間の半分は女だぞ?いい女はいっぱいいるぜ?信じられんな。」
「あら、私はいいと思うわよ。いろんな女性に向けるエネルギーを一人だけに絞るというのも素晴らしいと思うわ。」
無責任の権化である実父に十時間くらい言って聞かせ、爪の垢でも煎じて飲ませたい話だ。
「しかしよお、ナインちゃんにはつらい話だぜ。結婚したい男がもしかしたら一生他の女のこと思ってるなんてよ?」
「はあ……。でも私は、結婚したいのであって、好きになって欲しいわけではないので。」
そういうと、二人とも固まってしまった。
「あら、どうかした?」
「い、いや……なあ……。」
「それはそれで閣下が不憫というか、なんというか……。」
なぜそんな困惑されるのかわからない。
「それに、私はそんなに好きなら奪いに行けばいいと思うの。貧しい軍人貴族の時の恋人なんでしょう?今はクグロフの辺境伯で侯爵の爵位もあるんだもの、その人も戻ってきてくれるんじゃないかしら?どこの国だか知らないけれど軍隊で乗り込むという手もあるわね。クグロフの部隊の規模ならいけると思うけど。」
「またあなたは恐ろしいことを言ってますね。それに閣下と結婚したいと言っている人物の意見とは思えませんよ。」
「私だったらそうする、という話よ。」
いいじゃない、相手に振り向いてもらえる可能性と、それを実現できる力があるんだから。
うらやましい!
私なんか王子様を目の前でかっさらわれた上に、本人直々に死刑を言い渡されて今まさにデッドオアアライブだというのに!
私がもしクグロフの領主だったら王都に軍隊引き連れて乗り込んで王子様を奪いに行ってるわよ!
むすっとしてレバーをほおばると、隣でバーン副隊長が
「いいねえーそれ、ロックだぜ。」
と言って顎に手を当ててにやにやしていた。
しかし、ジン・フロストの好みのタイプ、というか好きな人は薄幸な感じの人妻らしい。
好みのタイプで攻めるという作戦は、ないな。
やっぱり毒リンゴで……。
「でもよお、男は好きだよな、人妻!つーか嫌いな奴いんのかよ?アンタも好きだろ?ナハシュさんよお。」
「何を言うんですか。私はそんな不道徳なことはしませんよ。」
「好きかどうかを聞いてんだよ!いい子ぶりっこしやがって!ルールとか!そーいうのは!破ってこそだろうが!その先に人生の喜びが詰まってんだろうが!流行りの小説とかそんな設定多いだろ!皆よろめきを求めてるんだよ!あとストッキングとかもやぶっもがっ!」
「はいはいはい、おじさんは黙っててくださいね。」
ナハシュが何かを言いかけたバーン副隊長の口にふきんを投げつけた。
「レモーネさん!やりました!見つけましたよ!見た者全てを魅了する姿に変える魔法を!これで死なずに済みます!」
そこにポムピンが興奮気味に叫びながら部屋に入ってきた。
睡眠不足気味なので、目は怖いくらい充血しているしクマもひどい。
赤い髪はボサボサで服もあちこちが汚れている。
そしていつにも増してハイテンションだ。
「さあ!さっそく試しましょう!わっしょいわっしょい!」
「ちょっと、まずは落ち着きなさいよ。」
私は立ち上がってポムピンの肩を叩いた。
「落ち着いてなんかいられませんよ!」
「おーい、なんだあ、その田舎くせぇガキは。」
さっそくバーン副隊長がポムピンに興味を示している。
「赤い子豚だな~、ぜんっぜん食指が動かねぇ。あと五年くらいたったら遊んでもいいけど。」
「ちょっとレモーネさん、このいやらしい顔した下品な人は誰なんですか?」
「ブラッド・バーン様っつーんだよ、よろしくなぁ子豚ちゃん。」
「きもちわるっ。近づかないでくれません?ああもうっそんなことより!早く魔法かけたくてたまらないんです!いきますよ!」
ポムピンは両手を胸の前でかまえた。
「ちょっと!ここじゃまずいわよ!」
「レモーネさん、見た者全てを魅了する姿に変われ!」
立っていられないほどの強風が私の体を包み込み、体がまるで溶けていくような感覚がする。
やがて体を覆っていた風がやみ、私は目を開いた。
やけに視線が低い気がする。
それに、走り回ったり飛び回ったり、とにかくおもしろいことがしたくてたまらない。
そんな私を三人が驚いた表情で見下ろしている。
ナハシュがすぐに近くにやってきて、しゃがんで覗き込んできた。
「ヴァンドルディさんですか……?」
「なぁしゅ。」
ナハシュを指をさして言ったけれど舌が動きにくくてうまく話せない。
「こいつぁおどろいたな…….。ナインちゃんが乳くせぇガキになっちまってるぞ。」
「えっえええええええーーーーーー!!!子供!?ちっちゃい子供になっちゃってるーーーーー!!!」
「これは一体どういうことですか!ポムピンさん!」
「ひぇーーーっ!やばいですよレモーネさん!また失敗しちゃいましたあああああーーーーーーーーー!!!!」
三人がわいわい騒いでいるけれど、なにがそんなに大変なことになっているのかわからない。
「おい、なんだ、騒がしいぞ。」
そこにジン・フロストが執務室に帰ってきた。
ありがとうございました。




