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11 押し売りお断り。でも粗品は置いていけ。

 レバニラを鼻をつまんで黙々と食べる私と、まだ親の敵でも見るような厳しい視線で窓の外を見ているジン・フロストという二人きりのこの部屋の重たい沈黙は、兵士が来客を告げてきたので突然破られた。

 好機!

 これでレバニラから逃げられる!

「私は邪魔になるので、部屋に戻ります。」

「いや、隣に通せ。お前はちゃんと最後までレバニラを食べてしまえ。」

 ちくしょう!

 彼はさっさと隣の部屋に通じる扉を開けて行ってしまった。

 仕方がない、来客との会話を盗み聞きでもして情報収集するか。

 私は音を立てずに扉を少しだけ開けて覗き込んだ。

 ジン・フロストの背中越しに、一組の男女が立っているのが見える。

 女は豊かな金髪の髪に、小麦色の肌、妖艶な瞳に肉感的な体をシンプルなジャケットとスリムなパンツで包んでいる。

「お目にかかれまして光栄です、ジン・フロスト辺境伯。」

 魅力的なハスキーボイス。

 まずい、非常にセクシーな女性だ。

 彼がメロメロになってしまうかもしれない。

「俺は誰も屋敷には招き入れるなと言っていたのに、門番たちは何をしている!おい、そこの奴、対応した奴らは即刻解雇しろ!」

 非常にご機嫌斜めのご様子。

 いつもの調子で大声で兵士に怒鳴り散らしている。

 今のところメロメロの心配はなさそうだ。

「申し訳ございません、辺境伯。私は事務官のリード様にご紹介いただきましたので、その紹介状を持ってまいりました。ですので、それを見せて城内に入れてもらったのです。リード様が話を通しておくと言われましたので参った次第でございますが、何かの手違いでお聞きになっていらっしゃらなかったのでございましょう。」

 女性はジン・フロストの剣幕にも動じることなく、むしろ一歩踏み出してそう言った。

「事務官のリード?トーマス・リードか?奴にそんな権限を与えた覚えはない。おい!トーマス・リードも解雇しろ!あの役立たずめ!」

「私はブラック・ランプ商会代表のライラ・シャウラと申します。辺境伯はこのクグロフではわれわれのような『異民』に対しても自由な通商を認めていらっしゃるということでしたので、ぜひ我が商会をお見知りいただきたくご挨拶に参りました。」

 ライラという女性はまたずいっと彼に近づいた。

「そんなことは聞いていない。勝手にべらべらとしゃべるな。確かにクグロフの商業の拡大は推進しているが、俺たちが特定の奴らとつるむつもりはない。さっさと帰れ。」

 なんなんだ最近は押し売りでも流行ってんのか?と、ぶつぶつ文句を言っている。

「まあ、そんなことはおっしゃらないでください。ですが、今回はご挨拶で参りましたので、お顔を拝見できただけでも大変喜ばしく思っております。デバラン!辺境伯にあれを。」

 ライラはそばに控えていた男を呼んだ。

「はい、社長。」

 デバランという男は、きっちりまとめられた黒い髪に、チョコレート色の肌、丸眼鏡をかけた真面目そうだけど、どこかうさん臭さを感じる男だった。

 冷や汗なのか顔じゅうに汗をかきながら、長い箱を持ってジン・フロストの前に立った。

「こ、これをお納めください。つまらないものですが。」

 よほど恐ろしいのか、声が震えている。

「お前たちはつまらないものを領主に持ってくるのか?」

「いえいえいえいえ、そんな!我々にとっては、大変貴重な品なのですが、ご領主様にとってはつまらないものかと思いまして。」

「ふん、減らず口をたたきおって。」

 デバランが押さえつけるように渡した箱を、彼は乱暴に開けて中身を取り出した。

「ほう、これは…….。」

 中から出てきたのは一本の半月刀だった。

 豪華な飾りが付いた鞘に収まっている。

 おかしい。この国周辺では両刃の剣が主流で確かに片刃の半月刀は非常に珍しいけれど、あれは遠い東のグーリー地方の国々で使われているタイプのものだし、他国に輸出はされていないはずだ。彼らは他国との接触を異常なほど嫌っているからだ。

 容貌を見たところ西方の国の人間のようだけど、商売人とはいえはるか東方の武器をなぜ手に入れることができたんだろうか。

 王都でも密輸をしていた貴族や役人がいたから、そのあたりの情報については詳しいつもりだけれど、グーリー地方のしかも刀が出回るなんてこと、聞いたことがない。

 まともな商会とは思えない。

「なるほどな。これはたしかにつまらないもの(・・・・・・・)だ。ふん、いいだろう。これはもらっておいてやる。が、これ以上はここにいることは許さん。さっさと出て行け。」

「はい。本日はありがとうございました。」

 どうやらあの二人はもう帰るようなので、素早くソファに戻ってレバニラを食べていたふりをした。

 すぐにジン・フロストは扉を開けて、半月刀をぶんぶんと振り回しながら部屋に戻ってきた。

 青白く光ったすごくよく切れそうな刃だ。

 危ないからあまり振り回さないでほしい。

 一通り振り回して満足したのか、今度は刀をじっと見つめてなにやら考え事をしている。

 さてこちらはレバニラ再開、が、もうお腹には入らない。

 私にとっては3食分ほどの量があるからとても一度では食べきれない。

 ギブアップ。

「あの、ちょっといいかしら?」

 私はレバニラの皿を持ち上げてソファから立ち上がって彼のほうに二、三歩近づいた。

「な、なんだ!」

 彼は驚いてこちらに振り向くと、さっと置いてあった盾を構えた。

 右手に半月刀、左手にはかなり頑丈そうな盾を構えてこちらに対峙している。

 なぜ私に向かってそんなに万全の戦闘スタイルで挑んでくるんだろうか。

「これ、とても量が多くて食べきれないので、後で食べてもいいかしら。」

「は?量?」

 先ほどの商人たちに対する剣幕はどこへやら、また鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、ポカンとしている。

「もう、だから量が多い……。」

 そう言いかけたとき、部屋の扉が壊れそうなほど大きな音をたてて開かれた。

「おい!おやかた!見たかよあの巨乳!そんで、ぴっちぴちのシャツにぱっつんぱっつんのズボンはいててすげぇエロい!たまんねぇ~!俺がちょおーっと城を離れてる間にえらいことになってるじゃあないっすか!あ~、女はやっぱ中身よりセクシーダイナマイトボンバーイエー!」

 大声とともに部屋に飛び込んできたのは、士官服をだらしなく着こなした、熊のように大きな中年の男だった。

 ジン・フロストも大きくてがっしりしているが、それよりも一回りは大きい。

 短く切りそろえられたこげ茶色の髪に、人が悪そうな顔をいやらしくゆがめている。

 私はちょうど扉の真正面に立っていたから、その男とばっちり目があった。

「あ?なんだ、この枝みたいなネーチャンは。おやかたの新しいコレっすか?」

 そういって小指をたてて、ずんずんと私に近づいてきた。

「うわあ~、すげえ、男に邪念を抱かせないおっぱいオブザイヤーじゃねえっすか、俺は無理っすわ。お館はあれっすか、無い方が好みなんすか。え?なんでレバニラ持って突っ立ってんの?ああ、太らせてからおいしくいただこうってことっすか、なるほどー、やっぱおやかたは考えることが違うっすねー。お嬢ちゃん、名前はなんつーの?」

 まくし立ててくる熊男に、ため息交じりに答えてやった。

「レモーネ・ヴァンドルディですわ。どうぞよろしく。」

「ですわときたよ、ずいぶん気取ったねーちゃんだ、はははははははは。しっかし、すげぇ髪の色だな、なにこれ、ほんとに地毛かよ?」

 熊男がかがんで私の髪を一房つまんできた。

 その瞬間、半月刀が目の前を飛んでいき、壁にどん、とつき刺さった。

 正確には半月刀は熊男に向かってきたけれど、それをひらりとよけた。

「何をしている、ブラッド・バーン!」

 ジン・フロストがさっきの半月刀をこの熊男めがけて投げつけたようで、そしてまた嵐でも引き起こしそうなほど怒っている。

「すんません。あまりにもナインちゃんだったもんで逆に興味沸いたっつーか、あ、べつにおやかたのコレに手をだそうってんじゃあないっすよ。」

「バカもの!その……そういうことではない!巡回から戻ってきたんだろうが、報告をしろ!報告を!」

「ブラッド・バーン副隊長、ただいま巡回から戻りましたー、なんで盾を構えてるんすか?」

「それは聞くな。」

「まあ野郎のことなんか知りたくもないんでどーでもいいですけど。」

「それで、どうして到着が遅くなったんだ?予定よりも3日と半日も遅いぞ。」

「いやあ~、北の街の女がなかなか離してくれなかったんですわ。まいりましたよ、ははははははは。」

「そうかそうか、それは大変だった、なっ!」

 ジン・フロストは持っていた盾を、ブーメランのようにしてバーン副隊長に投げつけた。

 盾はまっすぐに飛んでいったが、またさっきのように簡単によけられたので、そのまままた、どん、と音をたてて壁に突き刺さった。

 盾は壁に半分くらいめりこんでいる。

 この建物、近いうちに崩壊するんじゃないだろうか。

「ちっ、よけられたか。」

「あっぶねえっ!相変わらずおやかたは過激~。」

「誰のせいだ、誰の。もういい、さっさとロバートのところへ行ってしぼられてこい。」

「げえっ、そーいや隊長のこと忘れてた……。まあ仕方ねぇか。」

 バーン副隊長はぼりぼりと頭をかくと、私の方に向きなおった。

「じゃあな、ナインちゃん。名残惜しいだろうけど、俺はもう行かないといけねぇんだ。」

「別にあなたが生きようが死のうが私には関係のないことだから、特に名残惜しくはないわね。」

「くーっきびしー。でも気の強い女も嫌いじゃねぇ!」

 そして、じっと皿を見つめた後声をひそめて言ってきた。

「レバニラ、もしかして食べきれなくて困ってんじゃねえか?」

「え、ええ、分けて食べていいか聞こうと思って……。」

「どうせまたおやかたが無理やり食えって言ったんだろ?あの人極端だからなあ。この量はナインちゃんみてーなほそっこい女には無理だろ。よし、おっちゃんにまかせときな!」

 そして私の手からレバニラの皿を取ると、

「腹減ったんで、これもらっていきますわ。じゃあ、失礼しまーす。」

 といって、去り際にウインクして部屋から出て行ってしまった。

 おそらく私が分けて食べたいと言っていても、だめだ今食べろ、と言われていた可能性が高かったから大変助かった。

 しばしレバニラからの解放を噛みしめていると、ジン・フロストが

「仕方がない、明日も用意しているから必ず来い。」

 と言ってきた。

 もう勘弁して。


レバーはよく火を通してお召し上がりください。

ありがとうございました。

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