光通信
本日書籍2巻が発売しました
「ぬうん、ふうむ、はああっ!」
トウジ隊長が岩を抱えて、ずっとスクワットを続けている。
汗だくになり、体力の限界が来て岩を落とし、足が止まるまでの回数や速度を測っていたユネブ副隊長が言う。
「限界が来たようですね……持てる重量も回数も、もう伸びなくなってしまいました」
「ふうう……認めたくないが同感だねぇ、筋肉と体力は成長の限界に到達してしまったようだ」
体力回復の湯に浸かりながら筋トレを繰り返し。
動きを阻害するほど筋肉が膨らんだら、9階層の歪み直しの湯と、11階層の若肌の湯に浸かれば体型はまた適正に戻る。
そんな裏技を第2部隊の連中が見つけ出した時には、無限にパワーアップ可能なのかと歓喜したものだが。
限界はしっかりとあったらしい。
ここ数日は、1日中トレーニングを続けても、全く記録が伸びなくなってしまった。
「最近変わったことは、新しくでてきたタオルが、やたらとふかふかさを増したくらいですね……」
「はあ……温泉ダンジョンの意思とやらが私たちを見てダンジョンの改良を加えられるというのなら、なんで改善されるのがタオルなんだい、全く。
しかし、効果が薄くなったトレーニングをいつまでも続けるわけにもいかないね。
記録が伸びなくなったものから順にトレーニングは終わりにして、運び出しの業務だけに戻すよ」
下層のお湯と石鹸と鏡、修復の湯、強化の湯で、修復強化された武器防具などを、9階層に用意された移動式住居に住んでいる輸送部隊に引き渡す。
それが基本的な温泉ダンジョンでの業務だ。
やっていることは下層でのトレーニングとあまり変わらない。
業務を続けていれば、せっかく鍛えた身体が鈍ることもないだろう。
そう考えたトウジ隊長は、効果が見込めなくなってきたトレーニングを切り上げ、運び出しの業務に集中することにした。
さっそく鍛え上げた筋肉を活用し、9階層まで様々な運搬品を運んで戻ると輸送部隊の連中がドン引きしていた。
いつもの倍近い量を担いで戻ってきたわけだから当然である。
ただでさえ人間離れした第1部隊の成果が、さらに人間離れしてしまっている。
「ト……トウジ隊長……お、お疲れ様です。
え、ええと、本日はトウジ隊長に2つ伝言がございます」
「伝言?」
「ええ、まず1つ目は飯困らずダンジョンに新しい階層ができました」
「ふぅん……? 2つ目は?」
トウジ隊長は1つ目の報告はあまり興味がなかった。
飯困らずの新しい階層など、所詮は17階層である、温泉ダンジョンよりも歯ごたえがない。
そして、あそこで新しくでてくるものも、美味しい食料とか美味しいお酒でしかない。
興味がまったくないわけではないが、関心は薄い。
どんなドロップ品が出たのかなど、聞いてもいないのがその証拠である。
もっとも他の隊員は、新しくどんな食事かお酒が出てきたんだ? と聞きたくてしょうがなかったわけだが。
「鉄ダンジョンに派遣されていたヒトウ隊長率いる第1部隊が、壊滅的な大怪我を負ったためセパンス王国に一時帰還予定だそうです。
そのために彼らの治療のための温泉湯を大量に、飯困らずダンジョンの方に確保しなければいけません」
「おいおい、緊急事態じゃないか? なぜ緊急の伝令を送ってこなかったんだい!? どうしてそんなゆっくりと構えていられる!?」
「ヒトウ隊長の部隊はまだクラプス王国の街中で応急処置の治療中であり、セパンス王国までの帰国には、かなりの日数を要しますので時間には余裕があります……」
「おい、まだあいつら鉄ダンジョンの国にいるってのかい? だったら怪我をしたという伝令がやたらと早くないか?」
「……例の公爵令嬢様が開発なされた、灯台の光を長距離に届ける装置……。
現在ではその小型のモデルを使い、深夜に高所から光の信号を送り合うことで、各国からの情報が一夜で届けられるようになっております」
トウジ隊長はその話を聞いて、背筋がゾワッとした。
本来クラプス王国からセパンス王国まで、馬を乗り継いで休息も取らずに最速で伝令を届ける場合でも、一週間はかかるのだ。
伝書鳥を使った手紙であっても、おそらく3日はかかるだろう。
しかし、あのお嬢様は光の信号を使い「ヒトウ部隊 壊滅 帰国する」程度の情報ならば。
クラプス王国からセパンス王国まで、たった一夜で届けられる手段を確立してしまったということになる。
こんな馬鹿げた速度の連絡手段を持った国など、世界のどこにも存在しない。
ダンジョンでよく映る鏡が取れるようになった。ただそれだけでそんなものを作ってしまったのだ。
あのご令嬢は、いずれセパンス王国の役に立つべき存在だろうとは思っていたが、あまりにも成果が異常すぎる。
「しかしながら、治療に必要な湯は、8階層と9階層の湯ですので、そちらは我々だけでもどうにかなります。
第1部隊の方々に確保していただきたいのは、17階層の歯の治る湯くらいですが、そちらもそれほど大量には必要ありません。
しかしながら、現在のセパンス王国は鉄の需要が加速しており……、鉄ダンジョンからの収集が止まる事がまずいらしく……。
ですので、第1部隊の方々には……その……」
「代わりに鉄ダンジョンに行けっていうんだね!?」
「は……はい!」
極楽な温泉ダンジョンから、過酷な鉄ダンジョンに行ってくれというお願いを言いにくそうにしていた輸送部隊の娘だったが。
トウジ隊長はとてもうれしそうな表情になっていた。
周囲の部下たちも、うわぁ、マジですか、といった顔でもありつつ、しょうがないなぁ、やるか! といった面持ちでもあった。
トウジ隊長ほど熱狂的ではないだけで、皆、温泉ダンジョンで極限まで鍛え上げた実力の成果を試してみたいという気持ちはあるのだ。
「よし! お前達、一度地下まで戻って、17階層と18階層の湯を全力で確保してくるよ!」
「18階層の湯もですか?」
「せっかくセパンス王国まで戻って来るなら治療後にヒトウの奴らもあの湯で鍛えりゃいいんだ、飯困らずの新しい階層で使えば1階層差だからね、9割くらいは機能するだろ。
それに、自分たちだけ、インチキじみた効果の湯で強くなっているのも気分が悪い。
あいつらにはちゃんと私たちの目標であり続けてもらわないとな。
なに不覚をとっちゃっているんだい……全く」
♨♨♨♨♨
「光の連絡網が成功したことを喜ぶべきなのか、その装置による最初の大きな連絡が、ヒトウ隊長達の敗走の報であった事を悲しむべきなのかのう」
ユーザ陛下が頭を抱えて、そうつぶやく。
隣りにいるバントゥ隊長は。
「現状、あの完璧な鏡なくしてはなし得ない速度の連絡方法であり、光による通信はセパンス王国の強力な武器となるでしょう。
ヒトウ隊長の部隊は残念ではありますが、死者や四肢をもがれた者が大勢いなければ、温泉ダンジョンの効力で素早い再起は十分に可能でしょう」
「全く、恐ろしいダンジョンじゃな。
美貌だのなんだのと、無邪気に喜んでおった時期がもはや懐かしく感じるわ……他になにか連絡はあるか?」
「例のご令嬢が、各国から学者を招いておられるようです……また大規模に新しい実験も始めているようで」
「……普通の事じゃろ? 灯台といい、光の連絡網といい、あやつは成果を出しておるからな、予算の範囲内なら人材の確保や実験くらい好きにやらせてやるがよいわ」
「……まあ、ユーザ陛下がそうおっしゃられるのでしたら……はい」
バントゥ隊長は、どうユーザ陛下に報告したら良いのかわからない。
アウフが集めてきた者たちは、たしかに大半はただの学者といった感じではあったが。
何人かは、一体どこからどういうツテで集めてきたのかわからない、あきらかに奇人変人のたぐいであった。
どうして私の力の増幅装置の研究に誰も予算を出さないのだ、あのご令嬢だけが私の研究に興味と予算を与えてくださった、見ていろよ、私を見捨てた国を見返してやるからな! と目を血走らせて叫んでいた男や。
何ヶ月も風呂に入っていないような悪臭を漂わせ、ブツブツと独り言を言い続けて計算し続けているだけで、まるで話が通じない男や。
歯車の組み合わせだよ! 歯車の組み合わせによる力の変換こそ世界を変える! 私はそれを証明するためにこの世に生を受けたのだ! ああ、歯車、愛しの歯車! などと叫び続けている変な男や。
ダンジョン様と同化する夢は叶わなかったが、ダンジョン様との同化実験の検証結果にかねてより興味を持ってくれていた昔からの文通友達が、まさかダンジョン研究の任を任されておられる公爵令嬢様だったとはまさに僥倖! などと言っているおかしなおじさんなど。
どいつもこいつも、どう控えめに見てもまともな連中ではない。
バントゥ隊長にとっては正直何を言っているのかほとんどわからない、数分ほど面談で話しただけで頭がおかしくなりそうな集団だったからだ。
「そんなことより、他にも報告があるじゃろ、ほれ」
「……飯困らずダンジョンからは、また新たに酒が出たそうですね」
「飲ませろ」
「安全性の確認が先です」
「どうせ第一発見者のシルド団長どもが現地でさんざん飲んだ上で、地上に報告しておるんじゃろ? 飲ませろ」
「マーポンウェア軍の規定上、安全性の確保がなされていない飲食物の摂取は厳禁のため、彼女ら含めまだ誰も試飲しておりません」
「真面目かっ!!」
「真面目なんですよ」
「もうよい、わらわが直々に確認してやる! 早く飲ませいっ!」
「前にそれでひどい目にあったことを、もうお忘れですか!」
「だったら! はよう飲まんか!」
セパンスの王宮は悲報と朗報に満ちあふれて、今日も慌ただしかった。
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