パワー
12月19日、温泉ダンジョン2巻発売予定、予約受付中です。
https://www.amazon.co.jp/dp/4040759354
久しぶりに休暇を取れる状況になりましたので、我々第2部隊は地上を目指して進んでおります。
あーーはっはっはっはっは、身体が軽いです軽いです。
無限に回復し続けられる温泉で、筋肉を鍛え続けさせられた結果、身体が本当に軽いです、鎧ってこんなに軽かったのですね。
タオルと石鹸と鏡をたくさん担いでいるにもかかわらず、登り階段がまるで平地のようです。
何しろ体型がムキムキの筋肉の塊に変わるまで、筋トレを強いられ続けてましたからね。
そんなパンパンに膨れ上がったマッチョな筋肉も、11階層の湯に浸かれば、見た目だけはいつもの体型に戻ります。
今の私達なら、ゆっくりならば、テタ王妃を背負って11階層のアスレチックエリアの制覇だってできるでしょう。
ははははははは……はぁ。
身体は軽いのですが、地獄の訓練続きで心は重いです……。
調理階層で精神をスッキリさせる効果の料理が発明されていて、本当に良かったと思います。
あれがなかったら、第2部隊の半数はとっくに心が折れて、おお、お父様お母様、先立つ不孝をお許しくださいしていたかもしれません。
そのくらいトウジ隊長のシゴキはキツかったです。
そんな事を思いながら館に戻ると、館の壁の一部が崩壊していました。
何があったのですか、まさか襲撃ですか?
「あら、おかえり、ヴィヒタ!」
そんな異常事態はどこ吹く風で、すごく笑顔のアウフお嬢様がお出迎えしてくれました。
なんでしょうか、ここ最近のお嬢様の笑顔には癒し効果がありません。
館の惨状と、ドン引きしている周囲の雰囲気とは反比例したお嬢様の笑顔を見るに。
今度は何をやらかしたんですか? という感想しか浮かんできません。
「ええと……お嬢様、何があったのでしょうか、あの壁は……?」
「前にあなたたちが足とか手でハンドルを回して、室内から移動式住居の車輪を動かす設計があったじゃない?」
お嬢様が言っておられるのは、移動式住居を作っている最中作られた試作案のうちの、ボツ案の一つです。
たしか5人かかりでピッタリ息を合わせて回さないと、全く動かないような完全な失敗作だったような気がします。
「んん? ああ、なんか……ありましたね、重たすぎて外から押したほうがあきらかに早いという結論だったと記憶していますが」
「あの機構を蒸気動力で動くように改造してみたのよ! 実験は成功よ!」
「……成功?」
私は粉々になった壁と、おそらく住居だったであろう残骸に目を向けてそう言います。
「成功よ! 動いたんだから! 何百キロもある住居を動かせたのよ!? これが成功と言わずして何だというの!」
「いや、しかし……壁が」
「そんな些細なことはどうでもいいの! 世界がひっくり返るような発明が誕生した瞬間よ!?
いい? ヴィヒタ? 発明が世界に革命を起こす進化を遂げるには、3つの条件がいるの!
発明そのものと、その発明を具現化できる予算と設備と人員、最後にその発明が国にもたらす経済効果の証明よ!
どれかひとつ欠けても世界の改革は成り立たないの!
街の学者が机の上で一人で発明だけしても、それを形にできなくちゃどんな有益な発明も意味がないのよ!
人知れず天才が、世界を揺るがす発明と設計だけをしても、それを具現化することができずにひっそり埋もれているなんて世界中どこでも発生しているはずなの!
そして、運よく職人の手を借りて、研究所で発明を具現化できる立場にいても。
その後、それを大量生産するべき価値を生み出さないと意味がないの!
そうよ! もう手前2つはクリアできてるのよ!?
あとはこの発明がもたらす確実な経済効果をユーザ陛下に実際に見せつける事ができれば、この世界はこれから大きく変わるのよ!」
凄まじい形相で、お嬢様がひたすらまくし立ててきます。
公爵邸の壁をぶっ壊しているのは絶対に些細なことではないと思うのですが。
……それにしてもアウフお嬢様がヒートアップして、わけのわからない事を熱弁するのはいつものことなのですが。
今回はなんだか、いつもより熱量が高いです。目が完全にイッてしまってます。
世界の改革だの、世界が大きく変わるだの、言っているワードも、どう聞いても脳に神が降臨してしまった系の危ない人のソレです。
これを言っているのがアウフお嬢様でなければ、とりあえず病院につれていくべき人に見えます。
「私はしばらく王宮の研究所に住むわ! ヴィヒタ! 案内して!」
久しぶりの休息、酒でも食らって死んだように寝てしまおうと思っていた矢先に、さっそく仕事を押し付けられてしまいました。
しかし、今お屋敷に留まっていても、あの壁の修復作業に駆り出されそうな気もいたしますので早い所出かけましょう。
さきほどから瓦礫の撤去作業に苦しんでそうな館のメイドや衛兵たちから、熱い視線を感じますから。
お嬢様を連れて王宮の研究所までたどり着くと、なにやら一部の研究者が大慌てで集まってきてアウフお嬢様と何かを話しています。
「公爵邸の壁が壊れたという話を聞きましたが、まさか……」
「ええ! 古い移動住居にあの動力装置を取り付けた所、しっかりと動いたわ!
安全装置はうまく作動しなかったから暴走して壁に突っ込んで住居ごと試作品の動力炉は壊れちゃったけど……パワーは十分よ!」
その言葉を聞くと、研究所にいる科学者の一部が大はしゃぎで喜び、肩を抱き合って万歳三唱しています。
いや、あなた達も公爵邸の壁をぶち壊したことはどうでもいいのですか!?
なにがそんなにうれしいんですか!?
「ふふふ、ヴィヒタ、これとか見てよ、わかりやすくこんな船も作ってるのよ」
なにやらお嬢様は、金属でできた小さい船のようなものを指さしました。
どうやら、あの飯困らずダンジョンで取れる、塩味のお肉が詰まった缶の空き缶をツギハギ加工して作っているようです。
お嬢様が水に浮かべたその船の中に、ロウソクで火を灯すと、船はポコポコと音を立てて前進しはじめました。
どういう原理なのでしょうか、面白いおもちゃですね。
「これを通常の船のサイズで作ることができたら、船は風に頼ることなく自由に移動できるようになるのよ、それだけでも世界が一変するでしょ?」
「できるのですか? そんな事?」
「鉄ダンジョンから新しく出てきた強靭な金属、温泉ダンジョンの装備強化湯で強化した工具での加工、そして修復の湯による完全な密閉処置!
これらの組み合わせによって十分なパワーだけは確保できてるのよ! ……あとは操作性とか安全面とか……まだまだ問題は山積みなんだけど」
研究所には、空き缶素材で作った、ロウソクの火で走るトロッコのおもちゃや、蒸気で回転し続ける風車や水車のおもちゃのようなものがあります。
なんでしょうか、このおもちゃを実物のサイズに作り上げ、実生活で活躍するとでもいうのでしょうか。
……素人目に水車や風車の代わりには実用できそうな気はしますが、帆船や馬車の代わりになるとはとても思えません。
船や荷馬車がどれほどの重量になると思っているのですか? そんなものが水蒸気程度で動くわけが……。
そう思うと同時に、破壊された公爵邸の壁の状況を思い出しました。
……つまり、本当にそんな巨大なものが水蒸気で動くというのですか?
なんだかにわかには信じられません。
「とにかく、ユーザ陛下を納得させる試作品を作るのよ! なんとしても国をあげて予算と人材を確保してもらうわ!
まずは水汲みよ! 温泉ダンジョン1階層のお湯を、現在の人力足こぎ水車の数倍……いいえ、そんな程度じゃダメだわ! 数十倍の効率で汲み上げるのが目標よ!
成功すれば温泉ダンジョンのお湯の運び出しのみならず、農業や都市への水の確保まで根本から変わるはずよ!
……そうなれば国を挙げての事業として、改良と生産に予算と人材を大量に確保できるわ」
「鉄ダンジョン産の、新しい素材が不足しています、アウフ様」
「んん~、あの試作機作るのに結構な量の素材使っちゃったからなぁ……ああっ、そうだ、大事な素材を回収しなきゃ!
ヴィヒタ! 今すぐ屋敷に戻るわよ! あの瓦礫からまだ使える必要な部品を早く掘り出さないと!」
ええっ、あの瓦礫を片付けるんですか?
ダンジョンから帰ってきたばかりの疲れ切った私に、そんな仕事をお嬢様は命じる気なのですか!?
お嬢様に慈悲の心はないのですか?
なんだか、危ない精神状態に入ってるときのお嬢様には、そういうものがないことは知っていますけど!
そんなこんなで、館に戻ったあと、私は壁の修理と片付けに当然のように駆り出されました。
しんどそうですねえ……と、うんざりしながら瓦礫の撤去を始めたら、あまりに瓦礫が軽いので拍子抜けしました。
大岩をかついだトウジ隊長を背負って、スクワットや腕立てを白目剥いて倒れるまで、何度も何度も続けさせられていた日々に比べるとなんの労力も感じません。
使用人たちが3人がかりで運んでいた瓦礫を、一人でひょいひょいと運んで片付けていたら、小一時間ほどで、目立った瓦礫をすべて撤去し、お嬢様が必要だと言っていた部品の数々も回収できました。
「ええと、それでは後の細かい片付けと、壁の修繕はお任せしますね」
そう告げて、部屋に戻ろうとすると、周囲の使用人たちから恐れられたり、拝まれたりしてしまいました。
なぜでしょうか、部品を受け取った、アウフお嬢様までもが私のことを奇妙なものを見るような目で見ています。
なんなのですか、どうして強くなっただけでそんな目でみられないといけないんですか。
もういいです、知りません。
ウイスキーを飲んで私は寝ます。






