15・16・17階層
「ユーザ陛下! 新規階層発見報告のため、第1部隊、一時帰還して参りました!」
王宮に舞い戻ったトウジ隊長はそう、ユーザ陛下に告げた。
「おう、温泉ダンジョンがまた成長したか、うむ、何かいい湯はできておったか?」
ユーザ陛下が、期待感たっぷりにニコニコしながら言う。
「はい、まず15階層ですが、こちらの温泉は、破れた服、刃こぼれした刀、傷つき、へこんだ防具などが再生する湯でした」
「ほう? 衣服や武具が再生する湯じゃと? ……まず15階層、とはどういう意味じゃ?」
まるで続きがあるかのような言い方である。
「はい、16階層、17階層も同時にできておりました。
16階層も同じような作りの温泉で、こちらの温泉は武器や防具が強化されるようです。
浸け込んだナイフが、ありえないほどの切れ味になっておりました」
「おいおい!? とんでもない効果ではないか? そんな武器防具が量産できるようになれば世界が一変してしまうぞ?」
「はい、こちらは、ダンジョン内限定の効果のようです。
地上に戻るとナイフの切れ味は、一般的な切れ味に戻りました」
「むう……そうか」
さすがにそこまで世界をめちゃくちゃにしそうな効果は出さなかったらしい。
ユーザ陛下はホッとすると同時に、少し残念でもあった。
「16階層の温泉はボスのような魔物が守護していましたが……武具ダンジョン20階層のモンスターくらいの強さです。
あの程度ならば、第2部隊でもどうにか対応できるでしょう、問題はありません」
「ふむ……装備品の修復か……それだけでも十分な価値はあるな……最後の17階層は?」
「9階層のように広々とした草原の階層です、ただし目印となる岩山があるため温泉の発見にはさほど苦労はしませんでした。
温泉の効果は、歯が綺麗になります」
「………歯?」
「歯です、黄色くなった歯も、虫歯も、折れた歯も抜けた歯も治ります、ちょっと失礼……」
そういうとトウジ隊長は指で唇を持ち上げ、白い歯を見せつける。
真っ白で美しく、完璧な歯並びである。
ユーザ陛下も、トウジ隊長の元の歯並びなど、あまり覚えているわけではないが。
少なくとも、こんなに真っ白で整った歯並びをしていなかった事は間違いない。
ユーザ陛下は、手のひらサイズの鏡を懐から取り出し、自分の歯を確認した。
陛下の歯は定期的に、お付の者が丹念に磨くため、特に黄色く汚れているわけでもなければ、目立った虫歯があるわけでもないのだが。
白く美しい輝きを放っているわけでも、完璧な歯並びをしているわけでもない。
つまり、この温泉はユーザ陛下も十二分に行きたくなる効能の温泉である。
虫歯ができてしまえば、引っこ抜く以外のまともな治療法がないこの世界においては、何が何でも行きたくなる貴族も大勢いる事だろう。
「ふん、どうしても、最下層までわらわにも来てほしいようじゃのう? この温泉ダンジョンは」
ユーザ陛下は自嘲気味に笑いながら、そう言った。
女王陛下の身分で、ダンジョンの奥底にまで潜るのは明らかな異常行動なのだ。
しかし、地上では絶対に手に入れることの叶わない美容が手に入る効果がある以上、我慢できるものではない。
ユーザ陛下は、自分自身がそれなりの武力を持っているから、なおさらである。
「そろそろ自重してください陛下、と、言いたいところなのですが、若返りの湯が出来たらユーザ陛下はたとえ20階層以下でも行くのでしょう?
でしたら、定期的にダンジョンを巡って探索慣れして頂いているほうが、かえって安全なのかもしれませんね……」
どうせやってくる、その未来の事を考えると、定期的にダンジョン訪問をして鍛えてもらっているほうが、むしろ安全だとトウジ隊長は考えている。
ユーザ陛下も、その時を想定しているのか、11階層のアスレチックエリアも部下に頼らず、自力で走り抜けて鍛えていてくれるのだ。
通常なら、王族が少しでも傷つくのは、非常にまずい問題なのだが。
ユーザ陛下は、多少の怪我を負った程度でガタガタ言うようなヤワなお方でもないので、そこは何も問題はない。
さらに温泉ダンジョンは、顔面に傷を負っても、骨が折れても、それが綺麗に治る湯があるのだから、それすら特に問題はない。
四肢が欠損したり、目が潰れたり、死んだりさえしなければ、何も問題はないのだ。
「くくく、さすがトウジはわらわのことをよくわかっておるの。
3週間後じゃ、女騎士を全て集めて、17階層の歯が美しくなる湯に向かうぞ、その想定で準備をせい」
「はっ、かしこまりました」
そう言うと、トウジ隊長は王宮を後にし、ナウサ公爵邸へと向かった。
アウフに新階層の地図と、温泉の効果を報告し、資料館の資料を作ってもらうためである。
♨♨♨♨♨
「装備品再生の湯ですか? え? それは質量すら修繕されてしまう修復なのですか?」
温泉の効果を伝えるなり、アウフ令嬢が興奮気味にそう聞いてくるが、トウジ隊長には、その質問の意味がイマイチよくわからない。
「うん? えーと、……刃こぼれが直っているのですから、直っているのではないのでしょうか?」
「うう~ん、たとえばもし、刃こぼれ分の質量すら再生しているのでしたら、とんでもない事になるんですよトウジ隊長。
極端な例をあげれば、純金のナイフを作って、再生が可能な範囲の量を削り取ったあと、修繕する。
質量すら修繕されてしまうのであれば……それを繰り返せば、無限に金を採集できる温泉ということになりますよね?」
「…………。」
温泉の効果を伝えるなり、アウフは開口一番、そんなめちゃくちゃな運用法を言い出した。
言われてみれば確かにその通りなのだが、装備が修繕される温泉の効果を聞いて、最初に言い出す事とは思えなかった。
「その刃こぼれの質量分、気が付けない程度に剣が薄くなっているようでしたら、そんな無茶な事は出来ませんし、無限に装備が再生できるというわけでもないのですけれど。
このあたりは一度詳しく検証してみる必要があるでしょうね」
「は、はあ……なるほど」
「質量に変化がなくとも、鋼の剣と鉄の剣を真っ二つに割って、その半分ずつを引っ付けて沈めたら、再生の際に両方の金属が混ざったりはしないでしょうか?
そうなれば、剛性と粘性を併せ持った新しい金属も作ることができたりも……うふふふ」
「…………。」
目をキラキラと輝かせながら、わけのわからない運用法ばかりアウフ令嬢は考え続ける。
バフ料理の時のように、再生温泉の効果も、いずれ細かく騎士団に検証させるつもりなのだろう。
「ええ、はい、バントゥ隊長や、ヴィヒタ達には検証を頑張っていただきましょう……」
自分たちにお願いをされる前に、そういった検証はヴィヒタ達、第2部隊に任せていただくように隊長は促す。
あのバフ食事の、事細かな検証具合を見るに、王宮所属の研究者のごとく、温泉の前で付きっきりの実験をさせられそうだからだ。
そもそも第1部隊は、あまり学問に明るくない戦闘特化の部隊なのだ。
部下たちのほとんどは、ダンジョンのマッピングや、食料残量の計算など、ダンジョンの探索に役立つ学問以外はほとんどわからないのである。
「ヴィヒタは今、輸送部隊の若手騎士の育成に出てるみたいだからなぁ……とはいえ第1部隊の方々に研究や検証を頼むわけにもいかないし……もどかしいわ」
一応、陛下から直にダンジョン研究の命を受けている公爵令嬢という、そのあまりに高い立場から強く頼まれると断れないのだが。
ありがたいことに、戦闘集団の第1部隊に研究は頼まないでいてくれるらしい。
単純に戦闘特化の部隊に、検証を任せるのが心もとないだけなのかもしれないが。
その考えは概ね正しいため、ずっとそう思っていてほしいと、トウジ隊長は心のなかで願った。
「ニワトリの卵の方はどうなったのかしら?」
「訓練中に骨が折れて、修復のために温泉に向かった隊員によれば、布も卵もすでに消えていたという話ですよ。
ダンジョンに布も卵も取り込まれたか、それとも目論見通りにひよこは産まれて、草原に放たれたのかはわかりかねますが」
「そうですね……地上に持ち帰った段階で卵がすでに死んでた場合は、普通にダンジョンに取り込まれておしまいでしょうし。
ちゃんと産まれていても、残った卵の殻はそのうち布同様に、ダンジョンに取り込まれてしまいますから。
どちらの結果にしても消滅してしまいますか。
やっぱりひよこが産まれるか、消えるまでの間は、観察をしていないと駄目かしら?」
「……ええ、はい、バントゥ隊長や、ヴィヒタ達には検証を頑張っていただきましょう……」
さらりと口にする検証が、あまりに退屈そうなので、トウジ隊長は念を押すようにヴィヒタ達に検証任務を押し付けようとする。
もっとも、ヴィヒタ達も第1部隊の過酷な訓練につきあわされるよりは、卵を見つめる仕事のほうが10000倍はありがたいため、その押し付けはWIN‐WINの関係なのだが。
続いて、トウジ隊長は16階層の装備強化の湯や、歯の修復湯についても説明する。
「16階層の装備強化の湯は、単独だとその効果に気が付かない可能性があるから、連続で作ったのでしょうね、おそらくは。
もし15階層の、装備が修復される湯の効果を見ないまま、16階層の一時的に装備が強くなるというお湯にだけ入った場合。
トウジ隊長は、その温泉の効果に気がつくことが出来たと思いますか?」
「……たしかに、同じ物干しがある作りの温泉でも、意味合いに連続性がなければ、とても気が付かなかったでしょう、剣や鎧を浸け込む発想には至りません」
「そして、その装備の湯は、あくまで、あなた達探索者のために作られた温泉、王族や貴族は入りに来ない。
ユーザ陛下や、他の貴族たちを誘い込むための温泉として、歯の修復効果の湯も同時に作ったというわけね……」
たしかにそうなる。
装備の修復や強化の湯では、ユーザ陛下達が護衛を引き連れて入ってくることはない。
「アウフ様、あなたが温泉ダンジョンに宛てたお手紙は、15階層の温泉に広げて干したままにしておきましたよ。
17階層までの探索を終えた後、確認した時にはすでに消えておりましたので、お望み通りダンジョンにしっかりと吸収はされたはずです」
それでダンジョンの意思とやらに、手紙の内容が伝わったのかどうかまではわからないが。
ダンジョンに手紙は吸収されたという客観的な事実は伝えておく。
「ご苦労さまです。
回収して読んでもらえるかどうかまではわかりませんが、最低でもこちらが意志を伝えようとしていたという事は見ていてくれたはず……。
17階層の歯の再生の湯は、あきらかに陛下や他の貴族を呼び寄せるためのもの……。
広い草原にしたのも、新たな食料の補給場所を作ってくれたと考えられる。
16階層のダンジョン限定強化は、私が今進めている計画の役に立つ……。
そう……おそらくダンジョンの意思と利害も一致するはずよ……。
だから、もしダンジョンの意思が手紙を読んでくれたのなら、私の計画には必ず同調してくれるはず……ブツブツ」
あらぬところを見つめながら、アウフ令嬢がブツブツと何かを呟いている。
あの手紙の内容は、トウジ隊長も読んでいる、だからアウフが今、何を考えているのかは、隊長にもだいたいはわかる。
アウフは温泉ダンジョンの作りや、そのなりたちから、ダンジョンの目的を理解し、対話し、取引をしようとすらしているのだ。
「うまくいけば、ダンジョン探索の革命となるでしょうね……」
アウフの計画はトウジ隊長にとっても、非常にありがたい内容だったため。
ダンジョンの意思賛同の下で、計画が進むことを期待したかった。
仮に、あの手紙は読まれておらず、ダンジョンの意思との意思疎通は不可能という結果であったとしても、計画にはそれほど影響はしない。
ただ、計画の規模が縮小されるだけのことだからだ。






