未来のデザイン
大きな鉄板を用意して、俺とペタちゃんとブグくんがお好み焼きを焼く準備をしている。
今はキャベツと天かすとお好み焼き粉などの具材を、ぐちゃぐちゃと混ぜあわせている最中だ。
「で? なんでこっちの返答をずーーっと無視してくれたんだよ」
とりあえずブグ君は、呼び出した瞬間に文句を言われることはわかっていたので、鉄板とお好み焼きの準備をしてから呼んだ。
何か作らせていれば、多少は気が紛れてうるさくなくなるだろうと思ったからだ。
「そっちの国の王妃が来ていたからな、数日集中して様子を確認していたかったんだよ」
「みたいだね、でもボクは正直、王妃なんてどうでもいいんだよ。
トウジ隊長を連れ帰ったのはどういうことなんだよッ!
せっかくこっちのダンジョンの最深部を目指してくれそうな雰囲気だったのに!」
「俺に言われても知らん、そのテタ王妃とやらが連れ帰ってきたんだからな」
「ちぇっ……まあそれはそうなんだけど、王妃がそう言い出したのはセンが作ったダンジョンのせいじゃないか。
……ねえ、これって平べったく焼いただけのたこ焼きじゃないの?」
「たこ焼きとお好み焼きを一緒にするんじゃないっ! 別物だ別物!」
「マスター、せっかくだからこっちでは焼きそばも焼くわね」
「おう、ついでにフランクフルトとかじゃがバターとかイカも焼こう」
まあ、隊長を連れ帰ったのは実際そっちの国の王妃の都合で、俺に文句を言った所で何かできるわけでもない。
適当に文句を言わせて、飯を食ったら帰るだろ。
飲み物は何を出してやろうかな、好んだ食べ物の傾向からすると、ガキんちょ少年みたいな味覚に育ってそうだし、メロンソーダでも出してやろうか。
「繧難シ」「縺翫d?」
「ん? どうしたの二人共」
「ケンマの宝石コアがなにか言ってきてるみたいだよ、セン」
「タニアさんが? なんだろ、今呼んでもいいのかいブグくん?」
「いいよ別に、暇つぶしになれば何でも」
ペタちゃんが、もにょもにょと念じると、空間が歪む。
すると褐色の宝石で着飾った巨乳のお姉さん悪魔と、あのイギリス紳士な兄さんが現れた。
ずいぶんと久しぶりだな。
「おいおい、なんなんだよ! あっという間に俺のダンジョンと階層並びやがって! え? あれ??
なんでマーポンの武具コアがここにいんの??」
「ああ、ここのマスター君に食事の欲求とか教えてもらうためにちょっと通ってるんだ、楽しいよ、結構」
お好み焼きをもぐもぐと食べながら、ブグくんがそう言う。
「くそ……武具からポイントをじゃんじゃん貰えてるって事かよ、そりゃ早々とダンジョンが成長するわけだ」
「で? タニアって何? 君のマスターが宝石コアにつけた名前かい?」
「うるさいな武具コア、今、俺がお前の質問に答える義理はねえ!」
「わかったよ、今日のおしゃべりにかかるポイントは全部ボク持ちでいいからさ、ゆっくり話をしようよ。
飯コア、ボクを中枢にして空間をつなぎ直してくれる?」
「はいはい、むにゅむにゅ~~」
ペタちゃんが再度念じると、周囲の空間全体が一瞬歪んだ。
何が変わったのか俺には正直よくわからないが、おそらく会話にかかるポイントがブグくん持ちになったのだろう。
「お、おう。タニアってのは確かにマスターが俺につけた名前だけど……。
いいのかよ武具コア? このまま俺がセパンスのマスターと普通に話を続けてもよ?」
「いいよ、わざわざポイントを使ってまでキミが何を話しに来たのか興味があるからね、むしろ安い買い物かもしれないよ」
そういってブグくんは面白そうに笑う。
そうだな、たしかにタニアさんがここに何を話しに来たんだ?
俺と同じ階層にもう到達しやがってこのやろうと文句を言うだけのために、ポイントを消費して俺に話に来るようなタイプだとは思えない。
というかそんなポイントをドブに捨てる余裕があるコアは、俺の知る限りではブグくんだけだ。
「おう、じゃあ聞くけどよ温泉マスター、お前は向こうの世界で一体どれだけ未来の人間なんだ?」
「ぶっ!」
盛大に吹いた。
何だ? 俺がイギリスのマスターよりはるか未来の人間だとわかる要素があったというのか?
ガラス鏡はいつ開発されたモノなのか詳しい年月は思い出せないが、少なくとも産業革命よりはずっと昔の発明品な事は間違いないはずだからこれは違う。
じゃあ何だ? はちみつ瓶か? コショウ瓶か? 石鹸か? 酒の紙パックか?
くそっ! 言われてみればすでに心当たりがありすぎるからチクショウ!
「温泉マスターサン、あなたのダンジョンから出てきたとイう品々を持った冒険者の持っているモノが、どれもこれも革新的すぎるのデスよ。
そもそも今、目の前にある鉄板や食器や食事デスが、ナンデスカこれハ? どう見ても外国の製品だからで済ませられるようなモノでハないでショウ?」
現代のお好み焼き屋にある鉄板設備や、ひっくり返すヘラなどを見ながら、宝石マスターがそんな事を言う。
うん、どう見ても未来の製品だろうな。
きっと昭和くらいの時代の人間の目から見ても、作りが垢抜けすぎてて不自然に感じることだろう。
「だから最初に会った時にも言ったじゃないですか、私はあなたより多少未来から来たマスターだと」
「多少……とハ、トウテイ思えないンですガネ、糸のマスターも数百年は昔の時代の方のようデしたカラ」
あ、やっぱりそうなんだ。
そうでなきゃ、俺は糸でダンジョン経営をする! なんて判断は怖くて下せないよなぁ。
「まあ、それはいいでしょう。それより私が未来のマスターだからなんなのですか?」
「何でも構いませンので、未来の世界の装飾品が見たいのデスよ。
ダンジョンでずっと宝石デザインをしているだけデハ、自分が正しい方向に進んでいるのか、だんだんわからなくなってくるノデス。
せめて外での評判がモット聞ければイイノデスが……外部カラの新しい刺激がほしいのですよ、刺激ガ」
未来人の知識から欲しがるものが、未来世界の装飾品のデザインなのか。
この人は、本当に宝石職人としての道しか興味がないみたいだな。
まあその程度ならこちらの不利益にもなりそうもないから教えてもいいんだけど。
しかし、俺は装飾品なんて全然わかんないんだよなぁ。
「見返りは、こちらの飯困らずダンジョンで出してもいい宝石の知識ですか?」
「ハイ、他にこちらからお渡し出来そうなモノは思いつきませン」
うーん、宝石より酒のほうが圧倒的に好評だから、今はあまり宝石には需要がないんだけど。
まあ、将来的に必要になりそうだから一応もらっておくか。
しかしなぁ、装飾品なんてどうやって出したものやら。
俺は細かい宝石デザインを個別にイメージすることができないので、百貨店をぶらついてる時に見かけるジュエリーショップを丸ごとイメージして取り出してみる。
その結果、ガラスのショーウインドの中に宝石が陳列された宝石ショップテナントのような部屋が出てきた。
これでいいんだろうか?
……なんか値札まで再現してしまってるな。
こっちは17000円、こっちは37500円、うーん、一番高いやつでも25万前後くらいか。
さすがに大衆百貨店のジュエリーショップのイメージでは、数百万する宝石など置いてはいないらしい。
でかい宝石はパワーストーン売り場の入口によく置いてある、アメジストの切り身の置物とかそんなものしかない。
仕方ないだろ、俺は大金持ち御用達のジュエリー店なんて行ったことないんだからさ。
まあ、いくら石が安物でも、デザインにはさほど関係ないだろうから別にいいだろう。
「こ……こんな細かいダイヤをすべて均一に、あのカッティングをほどこし何十個も並べルようなデザインを?
いや……魔素で作るダンジョン製品なら手間などないのデわかるのデスが……これ、貴方の住んでいた国で売られていた宝石なんデスよね?
どれだけの手間をかけて作られているのデス?」
あー……、うん、言われてみればちっこいダイヤをずらーーっとメインの宝石の周りに並べたようなデザインって現世だとよく見かけるね。
そういえばあれってどうやって一個一個削っているんだ? ちっさいダイヤを例の形に自動でカットする機械でもあるんだろうか……? 知らないなぁ。
さすがにあんなものを人間が手作業で削ってるわけはないよな? あんな安い値段なんだから。
俺が宝石マスターとそういう風なやり取りをしている間、ブグくんはお好み焼きを食べながらタニアさんと何かを話している。
ペタちゃんもこちらのやり取りにはさしたる興味がないらしく、デザートを色々作ったりして遊んでいる。
くそ、俺だってな! こんな宝飾品相談所なんかより、お好み焼きパーティのほうがしたいんだぞ!?
そして俺は、宝石マスターからの半分も理解できない質問にしどろもどろに対応しつつ、いくつかの宝石をこちらで出す許可を得ることができた。
「お待たせしまシた、タニアさん、それでは戻りマしょう」
「おう、これで新しい階層を出してもいいくらい、繁盛できんのか?」
「コチラの世界の貴族たちの趣味が分かりづらイですノデなんとモ……しかし斬新なデザインは生み出せそうデスよ」
「おうそうか、それとな、戻ったらお前も飯を食え、俺にも食欲の感覚を教えてくれ。
おう、邪魔したな、温泉マスター」
そう言うとタニアさんは、宝石マスターを連れてすっと消えてしまった。
食事を覚えようとする気が出たのなら、次に来る時はタニアさんもお食事会に招いてやれそうだな。
正直ブグくんに飯を食わせている今の状況は、近所の子どもを食事に連れて行ってあげてるおじさんの気分だ。
褐色ボイン美女も食事の席についてほしい。
「んじゃセン、ボクも帰るよ。
メロンソーダのアイス乗せっていいね、またしばらくは楽しめそうだよ」
そう言うとブグくんも、ふわっと消えた。
「お疲れ様~マスターも何か食べる?」
「ん~、さっきからお好み焼きと焼きそばの匂いが気になってたから、一緒くたに焼いた広島焼きが食べたいな」
「はいはーい」
そう言うとペタちゃんはいそいそと俺のために広島焼きを焼こうとしてくれる。
まあ俺のためというよりは、単純に作るのが楽しいからでもあるのだろう。
なにしろその気になれば一瞬で完成品を取り出せるのだから、この焼くという作業自体、ただの暇つぶしでしかないのだ。
なので俺も、自分でポンと完成品を取り出すような無粋はせず、ペタちゃんが焼き上げるのをゆっくりと待つ。
「うーん、俺がかなり未来の世界から来たことがみんなにバレちゃったな……」
「そうね、でもそれってさ、なにか問題があるの?」
「さあ? モニターやタッチパネルでのダンジョン管理は有利すぎる行動だから一応伏せてるけど。
未来人って事がバレただけで不利益があるかはわからないな」
俺が地上の冒険者として異世界に転生していたのなら、未来の知識を絞るために何か良からぬ事を仕掛けられる可能性はある。
しかし、ダンジョンマスターとしての生活で、なにか不利益が発生するとはあまり思えない。
ブグくんも未来の食事を覚えていっているみたいだが、彼にとっては食事そのものがすべて新鮮で新しい行為なのだ。
俺が未来人だからどうだという話でもない。
「あ」
「ん? どうしたのマスター」
「いや、タニアさんも食事を覚えたがってたけど、あのマスターから覚えていくのなら、産業革命時代のイギリスの食事で覚えていくんだよな……」
「へー、じゃあマスターの知らないイギリス料理とかを教えてもらえるのかもね」
ペタちゃんが、それは楽しみね、といった風に明るく微笑む。
「あ、う、うん、ソウダネ」
俺はその眩しい笑顔に水をささないように、やさしく肯定の返事をしておいた。






