一方その頃のアウフ
危ないところだった……。
アウフは、灯台用の反射板の設計図を描きながらそう思う。
この鏡で太陽光を集めてモノを燃やす武器が作れるんじゃない?
という面白半分の思いつきを実行したのが間違いだった。
実験はたしかにうまくいった。
近くの木は簡単に燃やせたし、それなりに遠くの船でも、すごく天気のいい日なら、30分くらい黒い部分に光を当てれば燃やせるかもしれない。
ではこれは何の役にたつのか。
答えは全く役に立たない、である。
近くのものを燃やしたいのなら、厨房の火を松明で持ってきた方がいい。
遠くの船を燃やすにしても、火矢でも放ったほうがはるかに手っ取り早い。
そもそも、カンカン照りの日にしか使えないし、船に黒い部分がないとまず燃えないし、それも停止している船限定で、動く敵船を燃やす事はまず無理なのだ。
つまりこの兵器は面白半分の産物でしかない。
近距離なら数秒で木に火が付くような集光板を作れた時は。実験成功! やったあ! と無邪気に喜んだのだが。
遊び終わったあとの賢者タイムで冷静に考えると、超高額のダンジョン鏡をふんだんに使い。
ちょっとだけ知的好奇心を満たせて面白いだけの物ができました。
それだけの成果なのだ。
こんなしょうもない実験成果をユーザ陛下に知られたら、これからの私の研究予算は大幅に減らされる。
それどころかこのお役目をクビになりかねない。
ダンジョン研究者の任を与えられた肝心の一発目から盛大にやらかしてしまい、アウフは顔を青くする。
とりあえずせっかく作った集光板で、無駄にお湯を温めて作ってみたお茶を庭で飲みながらアウフは考える。
考えていたら集光板のことを何も知らないメイドが「なんですかこれ」と、近寄って危うく火傷をしかけた。
大して役に立たないどころか、存在しているだけで人や家を燃やしかねない危険な欠陥品だ、早くどうにかしないと……。
どうにかこうにか、これを使って国益に適うなにかができないものかと必死に考えているうちに、灯台の強化という結論に至った。
さっそくこの役立たずの集光板を分解し、代わりに光を遠くまで届ける反射板を設計してみた所。
従来の灯台の性能を、桁違いに跳ね上げられそうなサンプルが作れてしまった。
これならユーザ陛下にお見せしても大丈夫だろう、少なくとも怒られる事はない、そうアウフは安堵した。
反射板をお披露目した結果、陛下は大喜びでその提案を受け入れた。
国中の灯台を全部改良するまで、ダンジョンの鏡はセパンス王国の独占品にするとまで言い出した。
美術品や日用品として売るより、はるかに高い利用価値が出た事により。
鏡を個人的に買いたければ、その国益に勝るほどの額を出さねば買うことが出来なくなったということだ。
国家事業に匹敵する予算を出してまで鏡を買える者は、ごく一部の上級貴族か大商人が奮発しなければ不可能だ。
つまり、鏡を即効性のある国家事業に使えるものにしたことで、鏡の価値そのものがとてつもなく跳ね上がった事になる。
その後、私のダンジョン研究費は、めちゃくちゃ予算を増やしてもらえることになった。
このように、他者から見れば、あっさりと最高の結果を打ち立てた有能者のように見えるのだが。
アウフの行動は、自身の好奇心が優先する上、かなり行き当たりばったりで危うい。
反射板の設計図を描き、本格的な製作は技術者一同にお任せしたあとは、14階層のバフ食事の考察を楽しむことにした。
ヴィヒタ達が実験してきた料理の効果の一覧はすでに確認した。
そこから、煮出す、蒸す、焼く、煮込むといった調理法と、食材と味付けの組み合わせで出てくる効果の方向性に仮説を立てていく。
この調理法と食材による効果に規則性はあるのかランダムなのか、そういった事を調べていく。
出来た料理をどれだけの量食べれば効果は出るのか。
多く食べたら効果は増えるのか、はたまた少量でも変わらないのか。
飲み物は少量になるまで煮詰めても同じ効果なのか、料理は乾燥させて粉にしても同じ効果が出るのか。
そうやって加工して、持ち運びや保存の利便性をあげても効果は出るのか今回試してきてもらうよう、ヴィヒタ達には頼んである。
もし、少量の小瓶サイズにバフ効果を圧縮する実験が成功したなら、今後のダンジョン攻略の概念が大きく変貌することは間違いない。
「集まってきたデータを元に新たな仮説を立てる日々……楽しい、幸せ。
ああ、早くこれらの実験結果もまとめて資料館で発表したい」
研究の成果を発表して、それにより環境が変貌する事より楽しいことはないのだから。
そんな事を思い、うきうきと料理バフについての考察をしていたら。
王宮から伝令がやってきて、14階層の効能についてはしばらく秘匿しろとの命令が来てしまった。
アウフは一気にテンションが下がってしまった。
その日、アウフは日本酒をしこたま飲んで、空の紙パックを抱えてふて寝した。
前の、紙パックを抱えて寝ている見た目だけの酒クズ状態とは違い、正真正銘の酒クズ状態であった。
翌日、目を覚ましたアウフはひどい頭痛と吐き気に襲われた。
二日酔いである。
元々、酒には全く強くないので当然の結果であった。
しかし、これはアウフが望んでいた状態でもある。
「はあはあ、14階層のお湯に……はちみつを少し溶かして……飲みましょう」
少しだけ、すっとした。
本当に少しだけ。
あの階層のお湯にはちみつを溶かすと、体調不良が治る薬になると聞いている。
おそらくダンジョンの下層で飲めば、二日酔い程度なら一瞬で全快したのだろうが。
ダンジョン瘴気のない地上で飲んでも、気休め程度の効果しかでない。
鳥のように目が良くなるという効果が出る柑橘のお茶も、地上では軽く目のかすみが消えたような効果しかでなかった。
今回は自分の身体で、どの程度二日酔いに効果があるのかの実験をしたかったのだ。
「……うう、こんなものなのね。これじゃ地上で売り物にするには流石に心もとないわ……。
でも小型化に成功すれば、飯困らずダンジョンの地下で直接酒を飲んでる冒険者達にこれを売れば……酔う事なく安全に探索ができ……おえっ」
しかし、14階層の調理バフ効果の発表はしばらく禁止されてることを思い出した。
……つまんない。
そう思うとまた頭痛がひどくなってきたので。
今日は何もせず寝ることにした。
ベッドに寝転び、目を閉じていると。
「8階層の傷跡消しと9階層の歪み直しの湯を14階層の湯と混ぜて温めると怪我が治る薬になったりしないかしら……?」
などといらないアイデアが出てきてしまい、アウフはもそもそとベッドから起き出す。
各階層の湯を混ぜて作れそうな効果をまとめようとするも、頭痛がひどくて思考がまとまらない。
二日酔いの実験なんてしなければよかった……。
そう心のなかで後悔しながらも、出てきたアイデアをまとめる作業をやめようとはしなかった。






