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ダンジョン資料館

「ヴィヒタ、お帰りなさい、温泉ダンジョンの12階層の階段が出来ていたんですって?」


 月に一回の、11階層の定期点検から帰ってきた所に、アウフお嬢様が声を掛けてこられました。


「ええ、ただいまお嬢様、半年の修行期間の間、ずーーーっと回ってなにもありませんでしたのに、今回の調査になって突然発生しておりました。

 新たな深層に向かう準備が整い次第、12階層への調査に再度出かける予定です」


「そうそう、あなたが温泉ダンジョンの調査に行っている間に、また飯困らずダンジョンの10階層で新しい食べ物が出たわよ、食べてみる?」


 そう言ってお嬢様が鈴を鳴らすと、何かが乗ったお皿をメイドが運んできました。


「へえ、それがこのお皿に乗っている……なんですかこの真っ黒い板は? 食べ物なんですか? これ」


「ええ、美味しいわよ、10階層でしか出てこないみたいだから、今のところ現場の人間と、王宮と公爵家でしか食べられないわ」


 うわ……それは私が食べていいものなのでしょうか、と思いはしたものの、10階層程度のドロップ品なら、まあ熟練した冒険者ならば、いずれどんどんと集められるでしょう。

 超絶高級品なのは今だけです、そう自分に言い聞かせながら遠慮なくかじりつきます。

 ……ほろ苦くてとても甘くて、溶け出した時になんとも言えない油分を感じて、なんですかこれ、恐ろしく美味しいです。

 甘さがどうとかいうより、肉汁たっぷりな鶏の揚げ物を食べた時みたいに、脳が直接喜びを感じるようなたぐいの美味しさです。


「ああ……いいですねえ、飯困らずダンジョンの方にも潜りたくなってくる美味しさです」


「今はそれの保存がどれほど利くのか、すこし湿気た道具袋に長期間置いても腐らないのかとかを実験中ね、保存性が高ければダンジョン探索の携帯食として持ち込めるようになると思うけど」


「ぜひ数枚ほど持ち込めるような未来が来る事を心待ちにしております」


「でも、そっちはオマケ、実はもうひとつ、新しい宝石も出てきたって話なのよ」


「宝石が?」


「でもそれはまだ、たったひとつしか出て来てないみたいだから、王宮のダンジョン資料館に寄贈されているの、というわけでヴィヒタ、お帰りそうそう悪いんだけど……」


「はい、ご案内いたします、お嬢様」


 今更11階層の調査程度で、お疲れでもありませんので、笑顔でお嬢様の護衛にはお付き合いできます。

 ええもう、あのトウジ隊長との地獄の半年に比べれば、何ももう怖くありませんとも。







 ーダンジョン資料館ー


 基本的にダンジョンがある国には、必ずと言っていいほど作られている施設である。

 その国のダンジョンの詳しい内容や、ドロップ品や出てくる敵の特徴、ダンジョンの地図なども販売されているため、他国の冒険者はダンジョンに挑む前に必ず最初に立ち寄る事になる。


 一番最初にドロップされた品を資料館に登録することで、最初に発見した冒険者の名前も同時に記載される。

 この処置は、冒険者の名誉欲を煽るためでもあるのだろうが、そもそも最初にドロップした品は価値が全然わからない事がほとんどなのだ。

 いくら見た目が綺麗でも、どこの鉱山でも大量に取れるような石だ、と判断されてしまうケースだってよくあることである。

 だからまず資料館で公開して有識者に見てもらうことで、その価値を判断してもらわないことには話にならない。


 そして資料館で公開したのち、市場での価値が概ね確定した時、市場価格の3倍の値段で買い取って最初の発見者に払い戻すという処置が取られるのだ。

 ゆえに新規のドロップ品を最初に発見した冒険者は、実利を考えると、誰もがその国の資料館に寄贈するものなのである。


「ようこそいらっしゃいましたアウフ様、こちらが新しく発見された宝石になります、ぜひご覧ください」


 資料館の責任者らしき男がそう言って、飯困らずダンジョンから出てきたという新しい宝石を紹介する。

 アウフは興味深そうに、その宝石を眺める。


「綺麗ね……濃密で透明な青い宝石……ブルーサファイア? ラズライト……うーん、さすがに何の宝石かは専門家じゃないとお手上げだわ、館長さんわかる?」


「専門家によればアウイナイトではないかという話です」


「アウイナイト……私は書物で名前を知ってるだけね、まあ問題は宝石の種類じゃないわよね、これ。

問題はカッティングよ。

こんなもの、これまでのダンジョンの歴史でもケンマ王国の宝石ダンジョンでしか産出されていないはずよ、どういう事?」


 アウフがかなり深いダンジョンの知識を知っている事に、館長が驚いたような顔をする。

 アウフは元々長年屋敷の奥に引きこもっていたため、その身分の高さの割には世間にあまりその存在を知られていない。

 館長も単に、病弱でこれまで出てこなかった公爵家のお嬢様が元気になって、今回もただきれいな宝石が出てきたと聞いたからちょっと見に来ただけ、程度に思っていたのだ。


「は、はい、よくご存知で、通常のダンジョンから取れるものは概ね、原石のまま、水晶のような結晶型、あるいは真円、楕円形に磨かれたものです。

 あたかも熟練の宝石職人が磨いたような、精密でデザイン性のあるカッティングが施されているこの宝石は、たしかにケンマ王国の宝石ダンジョンでしか見られない特徴です」


「というより、これ、ケンマ王国のダンジョンと同一人物が磨いた感じがしない? カットの配列やバランス比率のクセがすごくそっくりに見えるんだけど……。

 え? 飯困らずダンジョンって温泉ダンジョンだけじゃなくて、宝石ダンジョンともやり取りができるの?

 いや、やっぱりあらゆるダンジョンは距離を無視して意思疎通ができるというあの仮説が正しいのかしら……ブツブツ」


 なんなのだこのご令嬢は……。

 本当にナウサ公爵家のご令嬢なのか?

 館長はだんだん不気味さを覚え始めた。


 その後、アウフは温泉ダンジョンの資料館の方にも足を伸ばす。

 温泉ダンジョンには、持ち帰れる物がほとんどないため、各種の温泉やダンジョンの構造、襲ってくるモンスターの特徴に関しての説明文が飾られている程度の質素な様子だった。

 一応各階層のお湯が、透明なはちみつ瓶に入れられて展示されてはいるのだが、どの階層の湯も全部同じものにしか見えない、冷めているのでぶっちゃけお湯ですらない。

 ダンジョンの情報としてはともかく、展示物がこれほどつまらないダンジョン資料館はそうそうないだろう、そんなふうに管理責任者の館長ですら思っている。

 そもそも館長は館長の身でありながらさほどダンジョン調査に関してやる気のない男である。

 なにしろ急に忙しくなったのは、温泉ダンジョンができた1年前からだ。

 それまでは40年近くなんの変化のなかった飯困らずダンジョンの資料館を受け継いだだけで、仕事などほとんどなかったのだ。

 やる気に溢れた有能な人材をそんな所に割く方がどうかしている。


 そんなことはお構いなしに、アウフは透明な水の一つ一つを真剣に見つめ、何か少しでも違いはないかを懸命に探っていた。

 そんなアウフの姿を見て、館長は確信する。

 ああ、単なる物見遊山に来たお嬢様ではなく、本物のダンジョン研究家なのだな、この娘は……と。


 なお温泉ダンジョンの資料館で少し目を引くものは、8階層で目撃された悪魔の肖像画くらいである。


「ヴィヒタ、これって似てるの?」


「うーん、目撃したのは、バントゥ隊長が率いてたグループの方でしたからね、それに遥か遠くを飛んでいた姿を一瞬だけ、目の良い部下が見たというだけですので、ニコの証言だけが頼りです」


 体いっぱいに大きく広がった髪を持った、おやつでも眼の前にしてるかのように緩んだ笑顔をした、可愛らしい小さな少女のような悪魔。

 大雑把な特徴は似ているが、温泉ダンジョンマスターに見せたら、誰だよこれ? と言う程度には別人である。


「ダンジョンの意思とダンジョンの悪魔が同一だという説で考えると、なーんか、イメージと違うのよねぇ……目撃した人はこれを見て似てるって言ったの?」


 そもそも、アウフにとって、こういう少女の悪魔は飯困らずダンジョンの意思のイメージだ。

 無邪気で利発な子どもが一生懸命考えたようなダンジョン、それが飯困らずダンジョンの意思のイメージである。

 温泉ダンジョンには、無邪気さなどは一切感じない、あれは人間の欲望の煽り方をよく知っている大人の商売人が考えたようなダンジョンだ。


「ニコが言うには、こういうおやつを眼の前にした子どものような笑顔じゃなくて、食べる予定で育ててる家畜を見ているかのような優しい目、らしいですけどね」


「難しい注文ねぇ、それ」


「ええ、ですので描き直させてはおりません、あまりに瞬間の目撃情報のようですので、騎士の方の記憶も正確とは言い難いですからね」


 そう館長が、絵に関してのフォローをする。


「そうやって小さい事をこれでいいやで済ませていくから、資料館と現実のイメージはだんだんズレていくのよね……」


 耳の痛いことをナウサ公爵のお嬢様が言う。

 たしかにダンジョン資料館で得た知識と、現実で見る内容は大違いじゃないかと、ダンジョン研究家や深層の冒険者の間で不評を食らうことはよくあるからだ。

 しかし、目撃談や体験談などという曖昧な物をいくら精密に追いかけた所で、正しいものが作れるとも思えないのが悩ましいところだ。


 ケンマ王国の宝石ダンジョン資料館にも、宝石ダンジョンの悪魔の目撃情報を元に作成された肖像画が存在している。

 おそらく姿を表した悪魔の目的は、更に下層でしか手に入らないであろう極上の宝石を身につけた自身の姿を見せつけ、冒険者の欲を刺激するための行為だったのではないかと言われている。


 一攫千金を求め、宝石ダンジョンに入り込んでいたチンピラ冒険者達の証言を元に描かれたその姿は。

 色魔のように淫猥な表情をした褐色でグラマラスな悪魔が、宝石の下着で局部を隠しているだけのような格好をしている、ポルノまがいの姿であった。

 ……おそらくだが、人間性のよくない目撃者の目撃談がよろしくなかっただけだと思われる。

 はたまた宝石資料館の見物につきあわされる旦那客へのアピール用か。

 真実とは、どうしてもこうやって歪んでいくものなのだ、仕方がない、仕方がないのだ。

 館長はそうやって自分に言い訳をした。

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― 新着の感想 ―
コミカライズに伴ってここのえちえち宝石下着タニアさんも見れる日が…来る…??
まぁケンマの方はともかくとして、広い階層にテンション上がって飛び回る無邪気なペタちゃんの肖像画としてはそう歪んでもないよ
アウフ様もはやダンジョン学の第一人者みたいな感じになりつつある
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