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エンチュのくまのゆめ  作者: でうく
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みちのくのあおい目

陸奥(みちおく)には青い眼の者が在る。


金星の護法魔王尊が地球へ訪れるずっと昔、八島(日本列島の事)には人も神も在なかった。大陸(パンゲア)が分裂して漂う島達は海水の高い波にさらわれ、夫々(それぞれ)が孤島だった。国となる欠片も無い、誰も知らない八つ離れた小さな島。其が伊弉諾(イザナギ)伊弉冉(イザナミ)が初めて創った私達の国だ。


やがて、中国大陸から九州の福岡に神々が移り住み、小さな国を築いた。その神々はその国を奴国(なのくに)と名づけ、帰化して魏との貿易を始める。

一方、ユーラシア大陸から北海道に南下して来た者達は、本州を初めて発見した。彼等は毛人(ヒト)と呼ばれ、神々とは異なる青い眼をもっていた。其以外に、神々と異なるところは無い。




「―――御前、陸奥の出か?」




天の岩戸を開かせるに当って、職業神達は定期的に集合の機会を設けていた。道具の製作は各自の作業環境でしか出来ないが、伊斯許理度売(イシコリドメ)が八咫鏡製作の際に天津麻羅(アマツマラ)の製鉄の技術を必要とした為だ。

天津麻羅が伊斯許理度売に、(なら)して鏡を填めればよいだけに加工してある鉄板を渡す。

「きゃー♪ありがと麻比(まい)ちゃん♪」

伊斯許理度売は(はしゃ)いで受け取ると、直ぐに指で表面を撫で、んー、さすが麻比ちゃん、完・璧♪と、即OKサインを出した。

「御前達は本当に真面目で助かる・・・・・・」

玉祖(タマノオヤ)は何か云いたげな表情で呟いた。少し離れた処では、司会班の思兼(オモヒカネ)布刀玉(フトダマ)が凄い剣幕でいがみ合っている。

「君は私に怨みでもあるのかね・・・・・・?目の前でチンチンチンチン(うるさ)いのだがっ」

「アメノコヤネが居ないなら地球なんて滅びればいい」

「いや、本来ならあいつは半刻前には来ているべきなんだが」

「・・・・・・」

玉祖はいつも布刀玉と天児屋(アメノコヤネ)に苦労させられる側である。布刀玉がいつも生意気なのは確かだが、相手が思兼だと輪を掛けて性格が悪いのは気の所為ではない気がする。てか、玉祖相手だと口さえ利かない。

資源に対して真摯な姿勢を示すだけあって根本が真面目なのだろう。彼等は事前打合せが重要となる司会班とは違い、集りが良く話もぽんぽん進んだ。

「まぁ・・・あたし達はオトナだからねぇ・・・★」

伊斯許理度売がばちこーん★と指で境界線を引く。自分達と、彼奴等(司会班)と。玉祖は何故か彼奴等側に線引きされている。

「あんな奴等と一緒にするなー!」

荒ぶる玉祖。伊斯許理度売ははいはい♪と軽く流して

「いいじゃないのん♪若者は若者同士でん♪」

彼女の閉じられた目蓋が開く事は滅多に無い。

「私はいつでも大歓迎ですが・・・・・・?」

天津麻羅が参戦してくる。

「断る!!」

鳥肌を立てる玉祖。こいつの囁きは凡てが口説きに聴こえてくる。手つきまで何だか其っぽい。囁きの対象を女に限定すればいいのに。外見だけで謂えば、高天原随一の美男子と名高いあの天若日子(アメノワカヒコ)と並んで立てるだけの器量がある。


「―――ん?」


天津麻羅は、大体(すべ)てが黒と同化している。顔も半分近くが眼帯で覆われており、おまけに前髪までが伸ばし放題な為、目許は光との相対で暗く見えるが、接近して揺れた拍子に髪が捲れた。

眼が碧い。



「御前、陸奥の出か?」



伊斯許理度売の眼が微かに開いた。

「―――はぁ、何ででしょう・・・?」

天津麻羅がきょとんとする。玉祖は慌てて

「いや・・・まぁ・・・色が白いもんだからな・・・ほら」

嫌々ながら直垂(ひたたれ)の袖を捲り上げる玉祖。すると、伊斯許理度売が手甲を外して、玉祖の横に腕を並べる。3柱横一列。

「・・・仲良いな」

「ああ・・・・・・」


チンチン。


遠くから聞えてくる全然羨ましくなさそうな外野の声。玉祖は気分悪さに口角が引きつった。

「たまちゃんが日焼けしてるだけじゃないかしらーん?」

玉祖は目線を腕に落す。うっ・・・周囲の視線が痛い。だが、その視線は大半が伊斯許理度売のものだと知って、一瞬素の表情になった。

「・・・確かに俺だけ色が違う・・・?ま、まぁ、俺は玉造(たまつくり)だけをしているんじゃないからな。天児屋と布刀玉の所為で外を奔り回る事も侭ある」

「はいはい♪若い子は働いてなんぼだぁね♪」

こちらから齢の話を切り出すと烈火の如く怒り出すのに。年寄りというのは、全く得な御身分である。

天津麻羅は少し老獪な笑みを浮べると

「そろそろ往かなければ」

と、今度は眉をハの字に曲げてきびすを返した。

「済みませぬ、毎回・・・」

申し訳無さそうに云う。

「案ずるな。御前はよく()ってくれている。天津麻羅の許可を得るのも大変だろう」


天津麻羅というのは、実は彼の名ではない。名ではないと()えば玉祖も思兼もそうなのだが、天津麻羅は彼の所属する鍛冶集団の名なのである。


彼1柱を指す名は、天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)と云う。(ミコト)でなく神の号を賜っているのだ。


天津麻羅は閉鎖性の高い集団で知られている。鍛冶集団であるのは確かだが、こう遣って外注に出ている分でしかその業務形態は明かにされない。その為、何らかのスパイ組織ではないかと実しやかに噂する神も在る。


天目一箇神は寂しげな表情を浮べると

「・・・では」

と云って背を向けた。彼の後ろで待機していた金斗雲に乗る。

「―――この埋め合せは必ず!」

ぐりん!と宙返りをして去ってゆく。玉祖は暫しぽかんとして、言葉違うだろ御前っ!と顔を真赤にしてツッコんだ。だがもう去った後の祭り。


「〜〜〜何なんだ彼奴はっ。天児屋よりましだが!(わざ)とじゃないんだろ

「たぁ〜まちゃん・・・」


ギクッ。伊斯許理度売の優しすぎ〜る視線。玉祖は露骨に仕舞ったという顔をする。


「詮索なんてさいあくだわぁ・・・」

伊斯許理度売はこの手の話題には物凄く煩い。何せ、この期に及んで齢さえ云わない位だ。

彼女は玉祖や思兼の産れた状況までも知っているが、恐らく誰も、彼女の産れた場所すら知らない。高天原一の秘密主義者なのである。

「・・・べ、別に詮索したかった訳じゃないんだからなっ。ただ口から出て仕舞っただけだ」

「かわいそう〜麻比ちゃん。たまちゃんには一番訊かれたくなかったかも知れないのに♪」

玉祖は赤みの引かぬ顔の上に、疑問の表情を加える。伊斯許理度売はそんな彼の鼻を摘み、ぽんぽんと頭で玉つきをした。

「オトナはね、今の世じゃ18禁になる過去があるんよ・・・・・・!」

「そ・・・そうか・・・・・・」

玉祖はげんなりと、後悔の表情を隠せなかった。



「麻比ちゃんはね、昔の記憶が無いんよ」



伊斯許理度売は変り身が早い。ふざけていたかと思っていたら、真面目に聴けとぴしゃりと云われる。今回は珍しく、しっとりとした判り易い声だった。


「麻比ちゃんが何処かぽかぁんてしとぅのはね、わからんてのもあるんよ」


彼はいつも、寂しげな笑みを浮べながらも、云う事をよく聴き素直に従う。話はよく聴いているが、時折理解が出来ていない様である。



「自分が何で、天津麻羅に居るのか」



真白な記憶であるだけに、屈託の無い笑顔はとても綺麗だ。

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