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錬装機兵アルク・ミラー  作者: 四次元
怨嗟と願望の中で
47/112

45.振出

「さぁぁくせんたぁぁいむっ!さぁ、気を取り直していくぞ!」


 周囲一体にガンマ線の如く突き刺さるような女の声が、火曜日の朝っぱらから唸りを上げる。

 舞台は再び築六十年、六畳一間、壁厚100ミリ、風呂なし、共同トイレのボロ部屋。

 その中で身長170cm越えのモデル体型かつ栗色のセミロングヘアーの目つきの悪い美女が、電灯の紐相手にシャドーボクシングをこなす。そう、何ヶ月振りかの光景だ。


「機嫌が直って何よりですよ。ほら、朝飯」


 そう言って、容姿に何の特徴もない二十歳そこそこの青年が、小振りのメロンパンを放り投げる。女はシャドーを一切止めずにメロンパンを口でキャッチし、さらに手を使わずに、舌と顎と体全体の動きだけで口内に入れ込んでいった。


「むぐむぐ……んぐっ。けーっ、まるで下積み時代に逆戻りしたような気分だぜ!」

「まぁ、今回は相手が悪かったと思うしかないですね」

「ふん、方針決定。まずは黎明との戦いの前に、あのジジイを圧し折る!ついでに財産も頂く!」

「随分と簡単に言ってくれますねー……一応賛成はしときますけど」


 一体全体、どうしてこうなってしまったのか。

 答えは簡単。

 端島の屋敷から戻った明理と浩輔を待ち受けていたのは、黒ずくめの特殊部隊(アルク・ミラーでないのが救い)に既に制圧された自宅。当然のことながら野次馬も大挙し、さらにはマンションの壁に『この顔にピンと来たら110番!』と、二人の顔写真が指名手配さながらに張られていた。

 よって、後ろに向かっての前進を余儀なくされたのである。

 不幸中の幸いとも言うべきか、このボロアパートの大家さん(世間の事情に疎い、世捨て人のような76歳のお爺さん)は体一つで上京してきた浩輔のことを以前からよく気にかけてくれており、何も言わずに出戻りを受け入れてくれたのであった。

 アパートの他の住人も生活保護を拒否した貧乏暮らしの年寄りが多いので、身を隠すには絶好の場所であるのだ。


「つーかさー、だったら何でユージの家は無事なんだよ?ますます怪しいじゃねーか」

「さぁ……一応彼とは、ある程度距離を取っておく事にしますけど」


 一応、無事に合流できた勇治とも連絡を取ったが、彼の右腕の刺し傷を見て母親が絶叫したくらいで、それ以外は全く問題ないとのこと。これでは明理が扱いに困っている、というのにも合点がいく。


「たしかに、彼のこれまでの事を考えれば、妙ではあるんですよね。まぁ、いずれにしても本人自身はそれっぽくないし、結論は急がないようにした方が」

「いつからお前は参謀になったんだよ。だったら、お助けメカの一つくらい作って見せろ」


 例の如く無茶振りを仕掛ける明理を華麗にスルーしながら、浩輔は部屋に持ち込んだレジ袋の中身を取り出す。その中身はおにぎりにお惣菜、加えて調味料が少々。

 これらの共通点は、どれもこれも消費期限が切れたものである、ということだ。


「その塩おにぎりは、前いたコンビニのか?」

「はい、大家さんに自転車を借りて、朝の通勤ラッシュに紛れて貰って来ました」

「飯持ってくるのに、わざわざそこまでやるのかよ」

「明理さん、今の俺達は文字通り『文無し』なんですよ……」


 大抵の財産は前にいたマンションに置きっぱなし。

 緊急時用に持ってきた財布やその他もろもろの荷物も、端島の屋敷に連れて行かれた時にほとんど没収された。無論、二人のいるこの部屋には、家具と呼べるものはない。服も今着ている物のみ。

 こんなことなら、屋敷の警備兵達から財布の金をかっぱらっておくんだったという後悔の念すら覚える始末。パソコンがなければ、周囲を洗うために集めた免許証など何の意味も持たない。


「コースケ、拳銃売れ。拳銃を。ちっとは金になるだろうよ」

「悲しくなるような冗談ですね」


 冗談のようだが、冗談抜きで、今の彼等の手持ちで財産と呼べるものは、屋敷の老執事の遺体から奪った拳銃(ベレッタM92)と替えのマガジン2つのみ。銀行強盗ならやれなくもない。結局それも明理がやった方が早い話なのだが。


「ともかく、こうなってしまった以上、俺も今までのようにバイトなんて出来ないですよ。誰かに恵んで貰うのにも限界がありますからね」

「じゃあどうするんだ?」

「悪人から金を巻き上げる……今度からは本格的に」

「やっぱそれだわな」


 明理はキャベツの千切りしか入っていないのに野菜サラダだと言い張る商品を口にかき込み、もしゃもしゃと口を鳴らしながら、二つ折り式のドレッシングを飲み干す。


「んぐんぐ……んじゃ、まずは手始めに、いかにもっぽいサラ金から襲うぞ。現金といえばそこだ」

「帰ってくる途中に何件か目星はつけときましたよ」

「お前にしては話が早いな。まずは、衣・食・住から揃えるとするか!」


 二人の方針が一致し、立ち上がった瞬間、玄関のドアにけたたましいノック音が鳴り響く。

 一瞬の硬直の後、二人は顔を見合わせて静かに頷き、浩輔は拳銃を構え、明理は首と肩と手首の骨を鳴らしながらドアに近づく。浩輔は窓からの外の様子を伺い、親指と人差し指でOKのサインを取ると、間髪入れずに玄関のドアを強く開け放ち、来訪者に向けて明理の貫手が放たれる。


「せんぱ!むぎゃぱっ!?」

「早くも追っ手……でもなかったな」

「八瀬さんか……」


 部屋の中からの奇襲をまともに受け、その場で悶絶する黒髪の少女。

 八瀬真織、二十歳の大学生。浩輔らにとっては猫娘騒動以来の姿だ。


「あー、わりぃわりぃ。一応加減はしたんだがな」

「……とりあえず、退院おめでとう、八瀬さん」

「……もっと……他に……言うことが……!」


 真織は手を地面につきながらも、必死に二人を見上げようと唸り声を上げる。

 浩輔も流石にこれは不味いと思ったのか、拳銃を服に隠しながら、真織に近づいた。


「いや、ほんとごめん。まさか八瀬さんがこんな所に来るとは思わなかったから」

「こ、れ……」


 痛みが内臓の方まで響いているのか、真織は最低限の動作で用件を伝えようとする。

 彼女が手を震わせながら差し出したのは、いやに丸まった今日の日付の新聞。


「これっ……今朝の朝刊、の、ここ……!」

「はいはい……えーっと?」


 浩輔はバイト時のイメージが崩れないように、あくまでも落ち着いた装いを見せながら新聞を覗き込む。その数秒後に表情が固まり、さらに数十秒ほど目だけが泳ぐ状態が続いた。


「……これ、全国紙?」

「読売です!ついでに毎日も朝日も東スポも、同じこと書いてます!」


 明理も気になって新聞を覗き込むが、一目見て飛び込んで来た自分と浩輔の顔写真に、思わず噴き出してしまう。


「おいおい、何で私のお前の顔が全国公開されてんだよ!色々すっ飛ばしすぎだろ!」

「上に思いっきり『容疑者』って書いてるでしょうがっ!つーか明理さん23歳だったんですか!?」

「自分の年齢なんか知るか!勝手に決めやがって糞パパ共がぁっ!」


 傍から見ると突っ込みどころ満載で、話に入るのも躊躇われるやり取りだが、真織はお構いなしに一度渡した新聞をむんずと掴んで、さらに浩輔の顔に押し付ける。


「そ・う・じゃ、ないでしょ!その上!」


 その上……いわゆる記事の見出しだ。


「…………」


 『総合商社最大手端島グループの会長宅に押し入り強盗』

 『綿密に練られた犯行か!?4人の死傷者も!』

 『当時社内視察中だった端島会長「誠に遺憾」』

 『容疑者は都内在住の無職の男女』

 『近所からもトラブルの絶えない二人と警戒』


「…………」

「一体何やってるんですか!ここしばらく連絡もつかないし、今朝バイトに行ったら店長が先輩が突然食べ物を貰いに来たっていうから、住所を聞いて猛ダッシュで来たんですよ!?強盗とか殺人とか……嘘ですよね、先輩っ!?」

「…………」


 浩輔は真織の悲痛な視線をかわしつつ、記事の詳細を明理にも見えるように広げる。


「……ところどころ、本当の事が混じってるのが妙に腹立たしいですね」

「しっかし、死傷者4人とか随分とサバ読みやがったな。30人以上は確実に殺ったはずだぞ」

「それはそれで怪しまれるからでしょうね。中身も会長宅って書いてるだけで、まさかあんな屋敷とは文章中から分からないですよ」

「自分から招待しておいて、都合が悪くなったらトンズラこいて、『先生に言ってやろー』ってか?やることはガキと変わらんな」

「そういう憎まれ系のいじめっ子が大成していく世の中ですからねー、今は」


 なおも淡々と話を続ける二人に、真織は唖然とする。

 無論、浩輔も多少無理をして演じている面はあったのだが。


「な、何なんですか……二人とも……本当の事って……」


 浩輔もここらが潮時だと思い、少し冷たい口調で返すことにした。


「ま……何て言うかね。人が死に……殺しまくったのは本当だ。無論、正当防衛ではあるけど」

「…………」

「八瀬さん、心配してくれるのはありがたいけど、もう俺には関わらないほうがいいよ」

「……何があったんですか?花田くんの時もそうだし、ミミちゃんの時だって……」

「あの猫娘は本当に偶然だよ。思えば、あれが発端だったのかもしれないけど」


 それを聞いた真織の手がぎゅっと握りしめられる。 


「……だったら、私も関係ないわけないじゃないですか!」


 彼女の意外な返答に浩輔は軽くたじろぐが、後ろにいた明理から足で小突かれ、姿勢を直す。

 正直、浩輔にとって真織の返答は素直に嬉しかった。

 あの気の抜けたようなバイト生活もまんざらではなかったのだ。


「いいや、ここから先はついてくるな。ロクなことがない」


 夢、目標、勿論そんな綺麗なものではない。

 生きる目的?それも違う。死ぬまでの単なる憂さ晴らしだ。

 真織からは別人のように変わってしまったかのように思われたかもしれない。

 実際は少し戻っただけだ。


「……だったら、せめて本当のことを教えてくださいよ。何も知らないまま帰るなんて……嫌です」

「本当のこと、ね……」


 浩輔は頭の中を巡らせる。

 本当のことと言われても、実際抽象的すぎて、目の前の彼女が何を求めているのかは分からない。何の事か、何を話せばいいのか、と聞き返してもよかったのだが、それ以上に浩輔の胸の奥底から駆け上ってくるものがあった。

 しかし、今ここで黎明やアルク・ミラーのことを教えるわけにはいかない。慎重に言葉を選ぶ必要がある。『知る』ということだけで、かなり危険なところまで来てしまったのだから。


「おい、小娘」


 何か言葉を発しそうになる浩輔を諌めるかのように、後ろから明理がずい、と割り込んでくる。

 その顔には何とも言いがたい、場の雰囲気にそぐわないような不適な笑みが薄らと表れていた。


「お前も、あの猫娘みたいに首を吹っ飛ばされたいか?」


 真織は反射的に体を震わせ、元々大きな目が更に見開かれる。

 そして、その回答を待たぬ間に、彼女への返答が叩きつけられた。

 ……物理的に。


「だったらぁ、とっとと伏せるんだなぁっ!」


 浩輔も一瞬遅れて、真織の肩を掴み後ろに倒れ込む。

 体が地面に倒れるまでの間、二人の体にいくつもの焼けるような衝撃が掠めていった。


「あ、あぁぁ……?」


 浩輔の体の上に倒れ込んだ真織は、状況がよく飲み込めずに茫然としていた。真っ先に目に入って来たのは、頬から血を流す浩輔の姿。そして、今まで見たこともないような鋭き人間の目。

 

「黎明かっ!?それともジジイの方かぁっ!?どちらにしても、今の銃撃は完全なる戦線布告と受け取ったぁっ!どちらかが!徹底的にっ!根、絶やしになるまでのぉっ!」


 流石の明理も無傷ではなかった。肩や腕に何発か貰っている。

 それでも、まるで人が蚊にでも刺されたかのように……怒る。

 それは、傲慢で、利己的で、傍若無人なる、周囲の生物に対する存在否定!


「明理さんっ!被害はっ――」

錬装着甲アルク・ライズ!てめぇら全員……そこを動くなぁぁぁぁぁぁっ!!」



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