最終話 『処刑場の先で』
国境は、静かだった。
「何も起きない」というのは、たいてい偶然ではない。どこかで誰かが、何かを折りたたみ、燃えやすいものを湿らせ、火種が転がらないように溝を掘っている。
いまこの国境が静かなのは、そういう“構造”があるからだった。
戦争終結から数年。
講和の条件は有利にまとまり、侵攻は止まり、交易は戻り、農地は耕され、兵は「帰る」ことができた。
戦死者は、目に見えて減った。
そして公爵領は――前線と後方を繋ぐ要として、むしろ以前より重い役割を担っていた。
国境の兵站。退役兵の受け皿。衛生と補給の規格化。治安と税の再設計。
派手な勝利ではないが、国が“長く保つ”ための機能を、一本ずつ作っていく作業。
それを可能にしたのは、当主の決断と、次期公爵だった男の変化と、そして――本来なら処刑場に送られるはずだった一人の女が、淡々と、手順を積み上げ続けたことだった。
───
夜明け前。
公爵家の本邸はまだ眠っていたが、裏庭の一角だけ、薄い足音が続いていた。
ミレイユは、息を乱さない程度の歩幅で、決められた距離を往復していた。
腹は、わずかに張っている。歩くたび、内側に小さな重みがついてくる。それでも動きは崩さない。崩すと、身体が不安を覚える。身体が不安を覚えると、思考が雑になる。
「お母さま、きょうは走らないの?」
背後から、まだ寝癖の残る声が飛んだ。
二人の娘のうち、上の子――第一子の少女が、毛布のような上着を羽織って立っている。目だけは妙に冴えている。
「走らない。歩く」
短い返答。声は柔らかいが、言葉は少ない。
娘は不満そうに頬を膨らませたが、すぐに真似をするように隣へ並んだ。
少し遅れて、もう一人の娘が駆けてくる。第二子だ。こちらは顔に表情が出やすい。目が笑っていて、足取りが軽い。
「きょうもやる! きょうも!」
「声は小さく」
「はーい」
素直に返ってくるが、次の瞬間にはまた鼻歌に変わる。
ミレイユは叱らない。叱っても、構造は変わらない。変えるべきは手順だ。だから、鼻歌が出るなら、鼻歌が出ても崩れない歩幅と呼吸にする。
さらに、寝間着のまま引きずるように出てくる小さな影が二つ。
三人目の子――男児が片目をこすりながらあくびをし、四人目の子――女児がその袖を掴んでついてくる。
最後に、まだ幼い五人目の子――男児が、転びそうになりながらも負けじと走ってきて、最後は抱き上げられるのを待つ顔で立ち止まった。
「お母さん、だっこ」
ミレイユは歩幅を止め、腰を落とし、五人目を抱え上げる。
重い。以前より確実に重い。腹の内側の小さな重みが、いっそう存在感を増す。
それでも彼女は表情を変えない。変えないのは我慢ではなく、子どもが不安にならないためだ。
「きょうは歩く。見て、まね」
「うん!」
抱かれたまま、五人目が得意げに頷く。
ミレイユはまた歩き始める。背筋を真っ直ぐにして、視線を前へ。
それだけで、子どもたちは隊列みたいに並んでくる。整列の癖が、家の中に自然に浸透していた。
そこへ、戸口から低い声が飛んだ。
「……相変わらず朝が早いな」
アルベルトが立っていた。今はもう次期ではない。正式に公爵位を継ぎ、公爵となった男の顔をしている。
だがその顔は、王都の貴族のように磨かれすぎていない。前線を生きた者の硬さが残り、それがむしろ安心に繋がる。
ミレイユは足を止めずに、短く返した。
「規則です」
「その規則、誰が決めた」
「私」
「だろうな」
アルベルトが苦笑し、子どもたちに目を向ける。
子どもたちはそれぞれ勝手に敬礼っぽい動きをして、ぐちゃぐちゃに崩れ、また整列している。見ているだけで、家の中の温度が分かる光景だ。
アルベルトが小さく息を吐いた。
「……無理はするな」
ミレイユは一拍置いた。
「無理はしない。手順を変えた」
「そこは譲らないのか」
「譲らない。守るため」
アルベルトの視線が、彼女の腹へ落ちる。
六人目がそこにいる。まだ顔も見えないのに、家の空気はもう変わっている。
彼は短く頷き、いつもの癖で、ミレイユの薬指の輪に指先を触れた。軽く、確かめるように。
「……ありがとう」
ミレイユは目線を前に置いたまま、柔らかく言った。
「仕事ですから」
「またそれか」
「でも……」
ミレイユは言葉を止め、抱いている五人目の頬を一度だけ指で整えた。
それから、ごく小さく続ける。
「家族でも、あります」
アルベルトの顔が、ほんの少しだけ崩れた。
照れたような、安心したような顔。
子どもたちが見ている前で抱きしめるようなことはしない。ただ、視線だけで十分だ。彼らには分かる。
「よし。朝の会議は、あとでいい。まずは……朝食だ」
「了解」
ミレイユが短く返すと、子どもたちが一斉に「了解!」と真似して叫び、また笑いが転がる。
転がる笑いが、国境の静けさと同じくらい価値があることを、ミレイユは知っていた。
───
朝食の席は、賑やかだった。
賑やかだが、騒がしくはない。騒がしくなる前に、自然に収束する“癖”がついている。
誰かが叫ぶと、別の誰かが笑い、笑いが膨らむ前に、上の娘が「食べる」と短く言って空気を戻す。
ミレイユはその様子を見て、内心で小さく評価した。
(収束が早い。良い)
評価する自分が、少しおかしいとも思う。
だが、戦場で身についた思考はそう簡単に消えない。消す必要もない。
家庭は戦場ではないが、家庭もまた、一つの小さな組織だ。
組織は、手順で安定する。
食卓の端で、アルベルトが書簡の束を確認していた。
公爵になってから、書簡の量は増えた。王都から、領内から、国境から。
それでも彼は、すべてを一人で抱え込まない。抱え込まない仕組みを、ミレイユが作ってきた。
兵站官育成学校。監査官の外部派遣。退役兵の職能移行制度。
「個人の有能さ」に依存しないこと。
それが彼女の最大の執念だった。
食卓の途中、上の娘がふとアルベルトへ言った。
「お父さま、きょう、いくの?」
「行く。国境の視察だ」
「お母さまも?」
ミレイユが答える前に、アルベルトが首を振る。
「今日は母さまは屋敷。体調優先だ」
ミレイユは反射で「異議」と言いかけて止めた。
異議を出せば、ここが会議になる。会議にすると、子どもが萎む。
だから、手順を変える。
「私は、午後に報告を受ける。書面で」
アルベルトが少しだけ眉を上げる。
「……譲ったな」
「譲った。合理配置」
「ほらな」
二人のやり取りを、子どもたちは半分理解し、半分は雰囲気で受け取っている。
それで十分だ。
家の空気が、安定していること。
それだけで、子どもは育つ。
───
午後、公爵家の執務室で、ミレイユは机に向かっていた。
紙の匂いは、戦場の鉄の匂いとは違う。だが、彼女にとっては同じくらい現実的な匂いだ。
窓の外で、四人目の娘が歌っている。
歌の調子が外れるたびに、下の男児が笑っている。
その音が聞こえるだけで、ミレイユの思考は少し柔らかくなる。柔らかくなるが、鈍らない。
執事が入ってきて、静かに報告した。
「奥方様。王都からの使者が到着しております。至急の要件とのこと」
ミレイユはペンを置いた。
「通して」
通された使者は、宰相府の紋章を帯びた者だった。形式的な挨拶の後、直截に言う。
「王都より。
第一王子殿下が……病により、逝去されました」
ミレイユは、表情を変えなかった。
驚きはある。だが表に出すと、部屋の空気が不安定になる。
不安定になると、余計な噂が生まれる。
「……確認。王太子は」
「第二王子殿下が、王太子に立たれます。
それに伴い、国境体制と公爵領の兵站再編について、王太子殿下が直々に視察を希望されています」
静かな部屋に、言葉が落ちる。
第二王子――かつての婚約者。
あの時、彼女を断罪し、前線送りにした張本人。
そして今、国の次の王となる男。
ミレイユは、すぐに頭の中で手順を組んだ。
視察の導線。警備。儀礼。発言権。議事録。立会人。
感情は最後だ。最後に処理する。
「日程は」
「一ヶ月以内。国境の冬を越える前に、と」
ミレイユは頷いた。
「了解。こちらの条件を整理して返答します。
――視察は、兵站学校、統合倉庫、退役兵の再訓練施設、国境哨所の四点。
それ以外の“私的接触”は不要です。議題は固定します」
使者が小さく息を呑む。
王太子相手に“私的接触は不要”と言い切るのは、普通は許されない。
だが、宰相府の使者はすぐに理解した。
彼女がこう言い切るから、王都の刃が折れてきたのだと。
「……承りました。文言は宰相府で整えます」
使者が去った後、ミレイユはしばらく、窓の外の声を聞いていた。
子どもの笑い声は変わらない。
変わらないことが、救いでもある。
彼女は、自分の腹へ手を置いた。
内側で、微かに動いた気がする。
それだけで、今の自分が“過去”に引きずられてはいけない理由が、明確になる。
(構造を守る)
そう、短く思うだけで、心は落ち着いた。
───
王太子の視察は、二十日後に決まった。
王都は早い。王都は手順が整うと早い。整わないと、永遠に遅い。
当日、国境の要所は整然としていた。
統合倉庫の封印記録。輸送経路の分散。照合帳簿の二重化。
兵站学校の講義は、現場の経験者が担当し、退役兵の再訓練は、誇りを折らない形で設計されている。
この“折らない”が重要だ。
誇りを折ると、反発が生まれる。反発は火種になる。火種は必ずどこかで燃える。
ミレイユは、燃える場所を作りたくなかった。
王太子の一行が到着した。
旗が立ち、護衛が並び、儀礼が行われる。
アルベルトは公爵として前に立ち、ミレイユは半歩後ろに控える。
それは引くためではない。視線の導線を固定するためだ。
王太子の視線は公爵へ。公爵の視線は施設へ。施設の説明は担当者へ。
余白を作らない。
それでも、王太子は――第二王子は、ミレイユを見た。
以前より痩せたように見えた。
顔に影がある。影は、喪の影か、責任の影か、あるいは後悔の影か。
ミレイユには判断できるし、判断する必要もない。
視察は滞りなく進んだ。
兵站学校で、王太子が質問する。
「この制度は、誰が設計した」
アルベルトが即答する。
「妻だ」
王太子の視線が、ほんの一瞬だけ揺れた。
揺れて、すぐに整う。王太子としての仮面が落ちないように。
「……そうか。合理的だ。
退役兵の受け皿を、これほど短期間で整えた例は、王都でも少ない」
ミレイユは淡々と返した。
「整えないと、国境が揺れます」
それ以上でも、それ以下でもない。
賞賛に乗らない。賞賛に乗ると、物語が生まれる。
物語は政治の餌になる。
王太子は頷いた。
「揺れない国境が、国を保つ」
その言葉は正しい。
正しいが、遅い。
遅い言葉は、届かない。
視察の最後、王太子は“形式上の懇談”を求めた。
宰相府の立会人が同席し、議題は固定され、議事録が取られる。
ミレイユが事前に条件を整えた通りだ。
懇談の席で、王太子はまず国境の安定に礼を述べ、次に、静かに言った。
「ミレイユ……いや、公爵夫人。
王都は、あなたを誤解していた」
ミレイユは表情を変えず、柔らかく言う。
「誤解は、よくあります」
王太子の口元が僅かに歪む。
その歪みは、笑みではない。痛みだ。
「……私は、あの時、正しいと思った。
だが、いま思う。正しさは、結果で測られるべきだった」
ミレイユは一拍置いた。
言葉を選ぶ必要がある。ここは議事録になる。
議事録に“私情”を混ぜない。
「結果で測るなら、今は国境が安定しています。
それで十分です」
王太子が、視線を落とす。
落とした先には、ミレイユの腹があった。
衣装の線が、そこに新しい命がいることを隠しきれない。
「……子が、いるのか」
ミレイユは短く頷く。
「はい。お腹に一人」
王太子の喉が小さく動く。
言葉が出かけて、飲み込まれる。
飲み込まれる言葉が、何であるかは分かる。分かるが、拾わない。拾えば火種になる。
その瞬間、扉の外から、子どもの声が聞こえた。
見学の導線が少しずれて、家族が近くを通ったのだろう。
「お父さま!」と叫ぶ声。続いて「お母さま!」と、別の声が重なる。
王太子の視線が、扉の方へ向く。
扉が開き、護衛が慌てて止めようとするが、アルベルトが手で制した。
そこに立っていたのは、五人の子どもたちだった。
女、女、男、女、男。
順番のままに、目の色も、表情も、家の温度も違う。
だが共通しているのは、隣に立つ公爵を信じ、そして――その半歩後ろにいる母を見上げる目だった。
「お母さま、終わった?」と上の娘が聞く。
ミレイユは短く答える。
「終わる。待って」
「了解」
娘が真似る。弟たちも「了解!」と叫ぶ。
小さな儀礼が、家の中に根づいている。
王太子は、その光景を見て、息を止めたようだった。
止めた息を、ゆっくり吐く。
そして、王太子としてではなく、一人の男として言葉が漏れる。
「……そうか」
それだけ。
それだけで、十分だった。
彼は“失ったもの”を、言葉にする必要がないほど理解したのだろう。
自分の隣に置けたはずの未来。
国を保つ構造を作る女。
そして、その女が守ろうとする家族の温度。
それらがいま、目の前にある。
だが同時に、もう自分のものではない。
それも理解した目だった。
王太子は立ち上がり、形式的な礼を取った。
「……公爵、夫人。
この国境の安定は、王国の柱だ。
王太子として――いや、次代の王として、支援を約束する」
アルベルトが短く頷く。
「必要な支援は、文書で出す。余計な言葉は要らない」
「分かった」
王太子は、ミレイユをもう一度だけ見た。
その視線は、過去の未練ではなく、ある種の敬意に近い。
そして、ほんの少しの後悔が、最後に影のように残る。
「……あなたがいないと、この国の戦争は始まる。
そう言いたい者の気持ちが、分かった」
ミレイユは、淡々と返した。
「始まりません。
始まらない構造を、作っているので」
それは拒絶でも、許しでもない。
ただの現実だ。
現実は、王都の物語より強い。
王太子はそれ以上何も言わず、立会人と共に部屋を出て行った。
扉が閉まると、子どもたちが一斉にミレイユへ駆け寄ってくる。
「お母さま、あのおにいさん、だれ?」と下の男児が聞く。
上の娘がすぐに訂正する。
「おにいさんじゃない。えらいひと」
「えらいひと、なにしにきたの?」
ミレイユは少しだけ考え、最も簡潔で、子どもが安心する答えを選んだ。
「国を守る確認」
「ふーん」
納得したようで納得していない顔。
それでいい。
子どもが背負う必要はない。背負うのは大人の役目だ。
アルベルトが子どもたちの頭を順に撫で、最後にミレイユの肩に手を置いた。
「……よくやった」
ミレイユは小さく頷く。
「手順通り」
「それが一番だ」
───
その夜、公爵家の寝室は静かだった。
子どもたちは皆、疲れて眠った。
昼間の緊張と、視察の賑わいと、親の背中を追いかけた興奮と。
それらが全部、眠りに変わっている。
ミレイユは窓の外を見ていた。
国境の夜は暗い。暗いが、怖くはない。
怖いのは、暗闇そのものではなく、暗闇に潜む“構造の穴”だ。
穴がなければ、暗闇はただの夜になる。
背後から、アルベルトが近づく気配がする。
彼は何も言わず、ミレイユの隣に立ち、同じ窓の外を見た。
しばらくして、低い声が落ちる。
「……王太子殿下の目が、変わっていた」
ミレイユは短く返す。
「はい」
「後悔している」
「たぶん」
アルベルトが息を吐く。
怒りではない。
どこか、やりきれないような、しかし整った感情。
「……お前は、どうだ」
ミレイユはすぐに答えなかった。
答えは、複雑ではない。
ただ、言葉にすると形が変わってしまう気がした。
彼女は腹に手を置き、内側の小さな重みを確かめる。
その重みが、答えを一つにまとめてくれる。
「私は、前を見ます」
短い。だが全てが入っている。
アルベルトが、少しだけ笑う。
「だろうな」
そしていつもの癖で、ミレイユの薬指の輪に触れた。
触れて、確かめて、安心する。
彼の安心が、彼女の安心にもなる。
「君がいないと、この国の戦争は始まる」
アルベルトが、昔と同じ言葉を言った。
だが今のそれは、前線の冗談ではなく、家庭の中の真実になっている。
ミレイユは淡々と返す。
ただし、少しだけ柔らかい。
「始まらない構造を作るのが、私の仕事ですから」
「仕事、か」
「仕事です」
「……でも、仕事だけじゃないだろう」
アルベルトの声が、珍しく弱い。
壁の男が、内側の温度を求める声。
ミレイユは、その温度を無視しないことを学び始めている。
「……家族でも、あります」
言うと、アルベルトが小さく息を吐き、ミレイユの肩を抱いた。
抱きしめるのではない。支える。
支えるという形が、二人には一番合う。
ミレイユはその腕の中で、静かに目を閉じる。
眠るわけではない。ただ、呼吸を整える。
呼吸が整うと、思考が澄む。澄むと、過去が過去になる。
彼女は、心の中で最後の言葉を整えた。
整えてから、口に出す。口に出すのは、アルベルトにだけでいい。
「処刑場に送られたはずだった。
そこで私は、生き残り、国を守り、家を守り……」
言葉が一瞬だけ途切れる。
腹の内側が、微かに動く。
それが背中を押す。
「……そして、初めて、誰かを好きになった」
アルベルトの腕が、少しだけ強くなる。
強いのに、乱暴ではない。
壁が、内側に回っている。
「俺もだ」
短い言葉。
それで十分だ。
窓の外、国境の夜は静かだった。
静かであることが、偶然ではなく、二人の手順の積み上げの結果だと知っている夜だった。
そしてその静けさの中で、眠る五人の子どもたちと、腹の内側の一人が、次の時代を待っていた。
あとがき
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
この物語は「戦争で勝つ話」ではなく、「戦争を始めさせない構造を作る話」として書きました。
英雄が前に立って剣を振るう物語は多くあります。
けれど現実の戦場を支えているのは、補給であり、制度であり、撤退判断であり、
そして「死なせないこと」を選び続ける人たちです。
ミレイユは、前世で二佐だった相馬美玲として
その“裏側の戦争”を知っていた人間でした。
だからこそ、異世界でも剣より先に帳簿を見て、
勝利より先に「損害」を見ました。
彼女は強くなりたかったわけではありません。
賢く見られたかったわけでもありません。
ただ、「無駄に死なせない」ために、できることをしただけです。
そしてそれが、結果として
国を救い、家を作り、誰かを愛する場所へ繋がっていきました。
第2王子は、最後に“失ったもの”に気づきます。
それは恋でも権力でもなく、
「一緒に構造を作れる人間を、切り捨ててしまった」という事実です。
彼がそれに気づけたこと自体が、この物語の小さな救いでもあります。
ミレイユは、最後まで大きく感情を叫びません。
泣きません。怒鳴りません。
けれど彼女は確かに、誰よりも深く“守る”側にいました。
戦友から伴侶へ。
任務から家族へ。
戦場から生活へ。
その移行が描けたなら、この物語は役目を果たしたと思います。
そして最後に。
処刑場に送られたはずだった一人の女が、
生き残り、国を守り、家を作り、
「初めて、誰かを好きになった」。
この一文のために、ここまで積み上げました。
ここまでお付き合いいただき、
心から、ありがとうございました。




