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『追放された悪役侯爵令嬢ですが、元自衛官なので前線は職場です』 ――戦場で出会ったのは、剣よりも重い責任でした  作者: 月白ふゆ


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第22話 『合理配置、では説明できない』

翌朝、ミレイユはいつも通りに起きた。

いつも通りに衣服を整え、いつも通りに髪をまとめ、いつも通りに机へ向かい、紙を揃えた。


いつも通り。――そのはずだった。


昨夜、自分の口で「恋だ」と言った。

言葉にしてしまった以上、なかったことにはできない。だが、言葉にしたからといって、すぐに行動が変わるのも違う。変えれば王都が嗅ぎつける。嗅ぎつければ噂が刃になる。


だから、彼女は手順に逃げた。

逃げたのではなく、戻ったのだと言い聞かせて。


今日の議題は二つ。

ひとつは「王国軍顧問」の規程の文言を詰めること。

もうひとつは、凱旋行進の二日目の安全管理――昨日より観衆が増える見込みのため、柵の補強と導線の見直し。


紙を広げ、線を引き、余白を潰す。

余白を潰せば、王都の悪意が入り込む隙が減る。


扉が叩かれ、ルーカスが入ってきた。いつも通りの淡々とした顔だが、口元だけが微妙に緩んでいる。


「参謀殿、宰相府から。顧問規程の会合は午前。宰相、法務官、軍務尚書、それと……第二王子殿下も列席するそうです」


ミレイユの手が一瞬止まり、すぐに動き出す。


「列席は、止められますか」


「難しいでしょう。宰相府が“王家の監督”として招いています」


「監督ではなく干渉ですね」


ミレイユは言い切り、紙の端に短く書いた。

“王家の列席=面子。面子を守りつつ、発言権を削る。”


「対策します。議事録の形式を握ってください。発言は議事録に残る形だけに。口頭の“解釈”を残さない」


「了解」


ルーカスが頷きかけたところで、別の伝令が扉を叩いた。

城の警護担当からだ。


「本日の凱旋行進、観衆が昨日の一・五倍の見込みです。市中の酒場が朝から開き、熱が高い」


ミレイユは即答した。


「救護所を一つ増やしてください。水桶も倍に。柵は二重のまま、外側の縄を三重に。

曲がり角の衛兵は倍。馬の速度は落とす。止まらない。止まると押し合いが起きます」


伝令が走り去る。

ルーカスが小さく言う。


「……寝不足ではありませんか」


「問題ありません」


言葉は硬い。

硬く言うことで、自分の胸の奥の熱を封じ込める。

封じ込めなければ、王都の刃に切られる。


そこへ、また足音。

今度は重い。迷いがない。回廊の石畳を踏む音が、一定の間隔で近づく。


扉が開き、アルベルトが入ってきた。


鎧ではない。儀礼用の装いだ。

それでも、彼の立ち方は前線のままで、部屋の入口から視線で全体を測り、窓と扉の位置を確認してからミレイユを見る。


「会合の前に、確認がある」


短い言葉。

昨夜の柔らかさは、表に出さない。

王都ではそれが正しい。


ミレイユはペンを置き、顔を上げた。


「顧問規程ですか」


「それもだが……別件だ」


アルベルトが一拍置く。

一拍置く癖は、彼の中の理性が言葉を選んでいる証拠だ。


「会合が終わったら、時間を取れ。俺の執務室で」


「議題によります」


「議題は俺が決める」


命令口調に聞こえるが、目がいつもより真剣だった。

その真剣さが、胸の奥をわずかに締める。


ミレイユは淡々と頷いた。


「……分かりました。会合後に」


アルベルトはそれ以上言わず、扉の外へ下がった。

下がり際、視線が一度だけ机の上の紙束へ落ちる。彼が紙を見るようになったことが、昨夜の言葉以上に重い変化だった。


ルーカスが囁く。


「団長、顔色がいつもより硬いです」


「王都は硬くなる場所です」


「参謀殿も」


「私は、元から硬いです」


自分で言って、少しだけ喉が詰まった。

昨夜、恋だと言った口で、硬いと言うのは矛盾している。

矛盾は危険だ。矛盾は表情に出る。


ミレイユは紙に視線を落とし、余計な温度を切るように指先を動かした。



───


宰相府の会議室は、戦場とは別種の圧迫があった。

窓は大きいのに空気が薄い。香が濃いのに冷たい。

ここでは、言葉が人を殺す。


宰相が中央に座り、軍務尚書が左右に控え、法務官が羊皮紙を抱えている。

そして、予定通り第二王子がいた。聖女も近くにいる。王子の隣に、正しい位置で。


ミレイユは視線を合わせない。

合わせれば物語が立ち上がる。物語が立ち上がれば、刃が増える。


議題は顧問規程の整備。

王が口頭で言い渡した「条件」を、文言として固定する作業だ。


宰相が穏やかな声で切り出す。


「ミレイユ殿。あなたの条件――“実行可能性を前提に署名しない”という点は理解した。

ただ、王国の命令系統を損なう恐れもある。文言は慎重にせねばならぬ」


ミレイユは淡々と返す。


「命令系統を損ないません。むしろ補強します。

現場で不可能な命令は、命令として成立しません。成立しない命令を出せば、現場は判断で動き、統制が崩れます。

統制が崩れれば、命令系統は形骸化します」


法務官が眉を動かし、紙に何か書き込む。

軍務尚書が腕を組んだまま頷く。現場の男は、現場の理屈を理解する。


第二王子が口を開く。


「しかし、顧問が命令に異議を唱え続ければ、軍は動けぬ。

戦は瞬間の判断だ。紙で止まるなら、それは敗北に繋がる」


ミレイユは、王子を見ずに答えた。


「紙で止めません。止めるのは“無理”です。

現場は瞬間で判断します。だからこそ、事前に無理を潰す規程が必要です。

顧問の権限は、戦闘中ではなく“作戦立案と補給計画”に限定すればよい」


宰相が頷き、法務官に目配せする。


「権限の範囲を限定し、かつ、顧問の意見を無視して発生した損耗については責任所在を明確にする……という形か」


ミレイユは短く頷いた。


「責任が曖昧だと、現場に押し付けられます。押し付けられれば現場は保身に走ります。

保身は、戦争を長引かせます」


第二王子が軽く息を吐く。

感情を抑える仕草だ。


「……あなたは相変わらず、冷たい」


ミレイユは淡々と返す。


「冷たい方が、死者が減ります」


会議室に短い沈黙が落ちた。

その沈黙を破ったのはアルベルトだった。


「王子殿下。冷たいのではない。現場の温度を下げているだけだ」


アルベルトの声は低い。

王都の言葉に合わせた面子の置き方が、少しだけ上手くなっている。


宰相が咳払いをし、議題を進める。


「では、顧問規程の条項を確認する。

第一、顧問は作戦立案・補給計画・撤退計画・衛生計画に助言する。

第二、顧問は現場実行可能性を監査し、無理がある場合は“理由を文書で”提出する。

第三、提出を受けた指揮官は、採否を文書で回答し、採否による責任を明確にする――」


ミレイユは頷いた。

口頭ではなく文書で残す。解釈の余白を潰す。

王都の刃を鈍らせる最短の方法だ。


会合は、予定より早く終わった。

宰相は満足げだった。これで王家の面子は守られ、現場の統制も保てる。

第二王子は不満そうだったが、反対する理由は作れない。反対すれば、現場の死者を増やす側に立つからだ。


会議室を出る廊下で、アルベルトが一歩前を歩き、振り返らずに言った。


「約束だ。来い」


「はい」


返事は短い。

短くしないと、胸の奥の熱が漏れる。



───


アルベルトの執務室は、宰相府よりも空気が濃かった。

部屋の配置が軍人のそれだ。机は窓に対して斜め。扉が視界に入る。椅子は壁を背にできる位置。

王都の部屋のはずなのに、前線の癖が残っている。


扉が閉まると同時に、アルベルトが言った。


「座れ」


命令口調。

だが彼の声は、どこか張っている。戦場の張りではなく、言葉に慣れない男の張りだ。


ミレイユは椅子に座った。背筋は真っ直ぐ。

背筋を真っ直ぐにしていないと、心が前へ滑る。


アルベルトは机の前に立ったまま、短く息を吐く。

そして、紙を一枚置いた。


王家の紋章。宰相府の印。

正式な文書ではない。だが、仮の決裁を取った紙だと分かる。


「俺は、王に願い出た」


ミレイユは紙を見て、淡々と尋ねた。


「何を」


アルベルトの喉が動く。

言葉を探している。

剣の男が、剣を抜かずに言葉で勝とうとしている。


「……お前を、妻にする」


ミレイユの心臓が一拍遅れた。

遅れてから、強く打つ。

呼吸が一瞬だけ詰まり、すぐに整え直す。


「……婚姻の提案ですか」


「提案ではない。意思だ」


意思。

その言葉が、昨夜の“恋だ”よりも重く感じる。

恋は胸の内で終わるが、意思は世界を動かす。王都で意思を出すのは危険だ。刃になる。


ミレイユは、反射で合理を取り出す。


「政治的な意味を理解していますか。

私は追放された身で、家名も戻っていません。顧問に任ぜられたばかりです。

団長が私を妻にすれば、王都はあなたを“英雄の所有者”として利用します」


アルベルトが即答する。


「利用させない」


「王都はあなたの意思より強いです」


「だから、俺が先に形を取る。形を取れば、噂が走る前に線を引ける」


ミレイユは言葉を失いかけ、すぐに紙へ視線を落とした。

彼が“形”を理解している。

前線の剣の男が、王都の言葉の刃に対抗するために、形を先に取ろうとしている。


「……なぜ、そこまで」


問いが漏れた。

漏れた瞬間、自分の中で警鐘が鳴る。

問いは、感情の入口だ。


アルベルトは少しだけ眉を動かし、低い声で言った。


「お前が、王都に喰われるのが嫌だ」


昨夜と同じ単語。

嫌だ。

その単語が、胸の奥を熱くする。


ミレイユは、さらに合理で押し返す。


「私を守るなら、護衛を増やせばいい。

顧問規程も整った。文書で責任所在も――」


「護衛では守れないものがある」


アルベルトの声が一段低くなる。

壁になる男の声だ。


「お前は硬い。硬すぎて、いつか折れる。

折れたら、護衛がいても意味がない。

……俺は、折らせたくない」


ミレイユの喉が詰まった。

折れる。

自分が折れる未来を、彼は見ている。

そして、その未来が“嫌だ”と言う。


ミレイユは視線を上げ、ようやく彼を見る。

目が合うと、昨夜の月明かりの庭園が一瞬だけ蘇る。

恋だと言った自分。遅いと言った彼。


ミレイユは、ゆっくりと言葉を選んだ。


「……団長。あなたは公爵家の三男です。

あなたが私を妻にすれば、公爵家の中で反発が出ます。

兄上たちは黙っていない。王都の貴族も黙っていない。

あなたが次期公爵になる保証はありません」


アルベルトは、そこで初めて目を逸らした。

逸らした先は窓だ。窓の外の王都の屋根。

彼は現実を見ている。甘い夢ではなく、面倒を見ている。


「保証はない。だが、俺は前線で功を立てた。

公爵家が俺を切り捨てるなら、公爵家は前線の信頼を失う。

信頼を失えば、家は崩れる。

……兄たちは、自滅する」


その言葉は冷たい。

だが、冷たいからこそ現実だ。

彼は剣の男でありながら、王都の構図を読んでいる。前線に立った男は、失敗の重さを知っている。


「そして、俺はお前を必要としている。

前線のためにではない。王都のためにでもない。

俺自身のためにだ」


ミレイユの胸が締まる。

締まるのに、苦しいだけではない。


ここで、正しく断れば安全だ。

断れば、噂の刃はまだ鈍い。

だが断れば、昨夜認めた“恋”を、即座に嘘にすることになる。


ミレイユは、自分の中で“合理配置”の言葉を探した。

これを合理に落とせば、王都の刃を避けられる。

合理に落とせば、自分の心も管理できる。


だから言う。


「……婚姻は、合理的です。

私が公爵家の名で守られれば、王都の干渉を減らせる。

あなたが幕僚の頭脳を常に側に置ける。

前線派閥の統制にも資する。

顧問任務と家庭の動線を一本化できる」


言いながら、胸が痛む。

言葉が、自分の本心から少しだけずれている。

ずれているのに、口は止まらない。


アルベルトは、じっと見ていた。

その目は、戦場で敵の弱点を見る目ではない。

人の嘘を見抜く目だ。


「……それが全部か」


ミレイユの指先が机の端を掴む。

紙を揃える指が、今は紙のない場所を掴んでいる。

掴まないと、声が揺れそうだった。


「全部です」


言い切った瞬間、自分で分かる。嘘だ。

合理は一部でしかない。

昨夜、恋だと言った自分がいる。


アルベルトは一歩だけ近づき、机の上に手を置いた。

距離が詰まる。熱が近づく。

それでも彼は触れない。触れない距離で止まる。


「ミレイユ。俺は、合理のために妻にしたいんじゃない」


ミレイユは喉が詰まる。

詰まるのに、目は逸らせなかった。


「……では、何のために」


アルベルトの声が低く、はっきりする。


「お前が欲しい」


短い言葉。

短い言葉は、余白を潰す。

余白が潰れると、逃げ道が消える。


ミレイユの胸が熱くなり、同時に怖くなる。

熱は危険だ。王都では刃になる。

自分の中でも刃になる。判断を鈍らせる。


だから、最後の抵抗として、彼女は条件に逃げる。


「……もし婚姻するなら、条件があります」


アルベルトが僅かに頷く。


「言え」


「第一、私は顧問任務を継続します。

家庭に閉じ込められるのは拒否します。

第二、王都の社交は最小限。必要な儀礼だけ。

第三、あなたの護衛は過剰でも構いませんが、私の動線は私が決めます。

第四、私の“追放の過去”を利用する政治劇には参加しません」


言い終えると、ミレイユは息を吐いた。

条件を言えば、少し冷える。

冷えれば、熱に呑まれずに済む。


アルベルトは、あまり迷わず言った。


「全部、受ける」


即答。

即答されると、条件の盾が機能しない。

盾が機能しないと、残るのは本心だ。


ミレイユは、最後に小さく言った。


「……私を選ぶと、面倒ですよ」


アルベルトの口元が僅かに緩む。


「俺は前線で面倒しか見ていない」


「王都の面倒は、前線より陰湿です」


「陰湿なら、なおさら壁が要る」


ミレイユの胸がまた締まる。

壁。

昨夜の言葉。外側を守るという言葉。


ミレイユは、とうとう“合理配置”の仮面が滑り落ちるのを感じた。

滑り落ちる前に、言ってしまう。


「……私も、あなたがいないと困ります」


言った瞬間、心臓が跳ねた。

困る、は合理の言葉だ。

だが今の困るは、昨夜の恋の延長だ。


アルベルトが小さく頷く。


「なら、決まりだ」


ミレイユは目を閉じ、短く息を吐いた。

決まり。

紙に落ちる前に、彼の中ではもう決まっている。


目を開けて、ミレイユは言った。


「……私は、受けます。

あなたの妻になります」


言い切った瞬間、胸の奥が熱くなり、同時に静かになった。

静かになったのは、逃げ道を自分で閉じたからだ。

閉じた以上、次は手順で守るしかない。


アルベルトは机の引き出しから、小さな箱を出した。

豪奢なものではない。軍人の選ぶ、無駄のない箱だ。


箱を開けると、指輪が一つ。

派手な宝石ではなく、細い金属の輪。中央に小さな石があるだけ。

見せびらかすためではなく、形として残すためのもの。


「正式なものは、後で作らせる。

これは仮だ。だが、俺の意思の印だ」


ミレイユは、指輪を見た。

それは鎖にもなり得る。

だが、鎖なら鎖で、長さを確保すればいい。

彼女はそう考えてしまう。癖だ。


アルベルトが言う。


「左手を」


ミレイユは一瞬だけ迷い、左手を差し出した。

指が僅かに震えそうになり、彼女は意識して力を抜く。


アルベルトの指が、彼女の薬指に触れる。

触れた瞬間、昨夜の冷えが完全に消えた。

代わりに、熱が広がる。


指輪が滑り込む。

輪が指に収まる。

それだけのことなのに、胸の奥が締め付けられ、息が少しだけ浅くなる。


アルベルトが低い声で言った。


「王都に喰わせない。俺の名で、まず守る」


ミレイユは小さく頷く。


「……守られるだけでは、終わりません。

守られた上で、構造を作ります。あなたと一緒に」


アルベルトの目が僅かに揺れ、それから静かに定まった。


「それでいい」



───


執務室を出ると、廊下の空気が違って見えた。

同じ石畳、同じ香、同じ冷たさ。

なのに、胸の奥に“戻る場所”ができたような感覚がある。


それが甘さだと分かる。

甘さは危険だ。王都では刃になる。

だからミレイユは、すぐに手順へ戻った。


凱旋行進二日目の安全確認。

救護所増設の指示。柵補強の確認。衛兵交代の監督。

観衆の熱が上がりそうな酒場には、昼前から水桶を置かせた。火が出た時に、最初の一分で消せるように。


行進は再び成功し、死者は出なかった。

倒れる者は出たが、救護所で回収できた。

それだけで、ミレイユは十分だった。


夕方、ルーカスが報告に来る。


「参謀殿。市中で噂が増えています。

“英雄令嬢が団長の婚約者になった”と」


ミレイユは即答した。


「“婚約者”では曖昧です。曖昧は刃になります。

宰相府に文書で通達してください。

“婚姻を前提とした正式な意向”として、王家の面子を守る形で情報を固定する。

固定しないと、噂が勝手に物語を作ります」


ルーカスが目を丸くする。


「……参謀殿、速いですね」


「速い方が死者が減ります」


言ってから、気づく。

死者、ではない。

これは自分の心が切られるのを防ぐ手順だ。

それでも、手順の形にしてしまえば、王都には悟られにくい。


ミレイユは机に戻り、記録帳を開いた。


(顧問規程:文言確定。責任所在の文書化に成功)

(第二王子:発言は形式。物語化の危険は継続)

(凱旋行進二日目:救護所増設。死者なし)

(婚姻意向:情報を固定し、噂の余白を潰す必要)


そこまで書いて、ペンが止まる。

指輪が指に当たり、小さな金属音がした。


ミレイユは余白に、誰にも見せない一行を書いた。


――合理配置だと、思い込もうとした。

だが、指に触れた熱は、合理では説明できなかった。


書き終えた瞬間、胸の奥が少しだけ痛む。

痛むのに、逃げる気はなかった。


王都の刃は、これからもっと増える。

第二王子が何かを言い出すかもしれない。

聖女が物語を作ろうとするかもしれない。

公爵家が揺れるかもしれない。


それでも、ミレイユは思った。

前線で死ぬために送られた自分が、今度は自分の意思で線を引いた。

線を引いた以上、守る。守り抜く。


恋は危険だ。

だからこそ、危険を刃にしない構造を作る。

その構造の外側に、壁がいる。


ミレイユは蝋燭を消し、暗闇の中で指輪の感触を確かめた。

冷たい金属は、確かにそこにある。

そして、その冷たさの奥に、昨夜から続く熱が残っていた。

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