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女神は真価を問う  作者: あやさと六花


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11話

 女神ラーラが困難に直面した時には様々な種類の鳥が現れる。彼らはある時は吉兆を、ある時は凶兆を女神ラーラに告げた。どちらの場合も必ず良い未来へと導いてくれる。


 鳥は、救いを求める声に応えてくれる。


 だから、ラナ教徒たちは困った時には祈りを捧げるのだ。


「――どうか、良き道を示してください」


 凪いだ湖を見ながら、シャーロットは口の中で転がすように無意識にそう唱えていた。


 近くで泳いでいた鳥達はシャーロットを一瞥したが、そのまま泳ぎ去ってしまった。どうやら、今は助けるべき時ではないらしい。


「あの時も、ここでそう唱えていたのか?」

「ええ」

「君に宝石をくれたのは、あの種類の鳥だろうか」


 レオナルドが湖の辺りでくつろぐ鳥たちを指し示す。


「ええ。間違いありません」

「そうか。……ここらへんでよく見かける鳥だな。もう少し近くで見てみよう」


 それから水鳥や湖周辺を調べ、当時と同じ行動もしたりペンダントの宝石を鳥に見せたりしてみたが、何の手がかりも掴めなかった。


「疲れただろう? 少し、休もう」

「まだ大丈夫ですよ」

「無理はしないほうがいい。君は病み上がりだから」


 レオナルドに手を引かれ、近くのベンチに腰掛ける。日中の湖にはひとけがなく、時折散策をする人が通り過ぎるくらいだ。


 のどかな風景に、軽やかな水音が響く。音のする方を見れば、水鳥達が水面で戯れていた。まだ子供なのだろう、他の鳥たちより少し小さい二羽の鳥が楽しげに泳ぎ回っている。


「君と出会ったのも、この湖だったな。……あの時も、君は鳥に目を引かれていた」


 懐かしむように、レオナルドは目を細めた。


 久しぶりに嫌悪のない眼差しを向けられ、シャーロットは息を呑む。ほんのわずかな間、瞬きをした次の瞬間には元に戻っていたくらい儚げなものだったが、シャーロットを動揺させるには十分だった。


「そ、そうでしたわね。……みっともなくはしゃいでしまって、レオナルド様にもご迷惑をおかけしてしまいましたわ。醜態を晒してしまってお恥ずかしいです」

「いや、俺はかわいいと思った。貴族令嬢らしくすました顔をしていると思ったら、無邪気に目を輝かせて……俺はあの瞬間、君に興味を持ったんだ」


 初めて聞く話に、シャーロットは驚いてレオナルドを見上げる。彼はシャーロットの視線に気づいているはずだが、目を合わせることもなく、己の手をじっと見つめていた。


「俺は……幼い頃から、結婚することもなければ、誰かを愛することもないと思っていた。兄のスペアだし、家族ほど情に厚い人間ではないからな。兄に万が一のことがあれば、政略結婚はしただろうが……必要にかられないかぎり、ひとりで生きていくのだと。だが……」


 淡々と語っていたレオナルドはシャーロットに視線を向けると、言葉を切った。冷たさの混じった瞳は迷うように揺れている。


 彼はシャーロットを数秒見つめていたが、やがて自分の手元に目を落とした。そして、再び口を開く。


「だが、あの日、君に出会ってすべてが変わった。君の輝いた目が、俺に嬉しそうに微笑んでくれた顔が、忘れられなかった。初めてのことでどうしたらいいのかわからず、家族や友人に相談するのも気が引けて……俺があまりにもぼんやりしていたせいか、同僚から悩みがあるなら告解室で打ち明けてこいと言われたんだ」

「……もしかして、あの日、大聖堂にいらしてたのは……」

 レオナルドは少し恥ずかしそうに笑い、首肯した。

「まさか、恋の悩みを相談しに行った先で当の本人と遭遇するとは思わず、ひどく動揺した。……だが、行って良かった。君に再会できたから」


 レオナルドの口の端に笑みが乗る。優しく穏やかな、シャーロットが大好きな彼の笑顔。


 けれど、レオナルドの目は伏せられたまま、シャーロットに向けられることはない。


「シャーロット。君が思う以上に俺は君を愛している。……今はこんな状況だが、それだけは知っておいてほしい」

「それなら……こちらを見ておっしゃってください」

「え……だ、だが、今の俺では言葉の信憑性がなくなってしまうだろう?」


 シャーロットがレオナルドの機微に聡いように、レオナルドもまたシャーロットの感情を察する能力に長けている。彼は視線を交わす度に、シャーロットが傷つき彼と距離を置こうとすることに気づいていたのだろう。


「俺は、君への想いを疑われるようなことはしたくない」

「……疑いません」


 二年も婚約者とした過ごしたのだ、レオナルドがどれほどシャーロットを愛していたのかはよくわかっていた。今はそれが失われているとしても、その想いの強さは信じている。


「あなたがくださる言葉はきちんと目を見て伝えてほしいんです。……私への愛の言葉は、特に」

「……わかった」


 レオナルドはゆっくりとシャーロットに視線を向けた。


「シャーロット、俺は君を愛している。何があろうとそれは変わらない」


 告げる声は強張り、表情には厭悪の影が差す。それでもシャーロットはレオナルドから目を逸らさずに微笑んだ。 


 嫌悪を滲ませながらもその瞳にシャーロットを映してくれたから。





 シャーロット達は暇があれば、呪いに関して調べた。もう一度図書館にあった日記を読み返し、オルコット伯爵夫人に怪奇事件の話を聞き、ペンダントの石が特異なものではないか専門家にみてもらった。


 だが、どれも目ぼしい成果はなく、時間だけが無為に過ぎていった。


 そして、季節は冬へと変わる。


 シャーロットは窓辺に立っていた。昨晩降った雪により、外は一面雪景色となっている。

 

 真っ白な世界に、鮮やかな青があった。庭のテーブルに止まり、毛づくろいをしているその鳥は暖かい季節の時だけ見かける渡り鳥だ。


 あんな寒い所にいたら、凍え死んでしまうかもしれない。


 心配になったシャーロットは図書館への外出の予定を変更し、鳥を保護しようとしたが、人が近づくと鳥は飛び立ってしまう。人が立ち去るとまた元の場所に戻るので、しばらくここからはなれる気はなさそうだった。


 それならばと、餌での懐柔を試みたが、警戒して近づこうともしない。時間をかければその分鳥の体力を削ってしまうだろうと、シャーロットは小鳥を保護するために罠を仕掛けることにした。


 母に相談し、使用人に鳥が傷つかない罠を作ってもらった。その罠が置かれたテーブルに小鳥は降り立ったのだ。


 だが、罠を警戒しているようで、近づこうとはしない。もう十分以上、その場に留まっている。


「もどかしいわね……」

「はい。あと、もう少しなんですが……」

「体力が持つか心配ね。……どうしてこの地に留まったのかしら? 本能で渡れるでしょうに」

「何か特別な理由があったのかもしれませんね」

 

 陽光にきらめく青い鳥を眺めながら、シャーロットはふと思う。もしかしたら、これは導きではないかと。


 黙り込んだシャーロットに、母はためらうように尋ねた。


「あなたが今年王都に留まったのにも……何か理由があるのかしら?」


 この時期のシャーロットは父と共に領地で過ごすのが毎年の恒例だった。父と行動することを厭う母は王都の屋敷に留まっていたが、今年はシャーロットも王都に残ることを決めた。


 一番の理由は呪いを解く手がかりを探すためだ。もうふたりの婚約を解消する期限まで半年を切っている。時間を無駄にはしたくない。


「レオナルド様と少しでも一緒にいたいんです。春頃、あの方はしばらく領地に戻られていて、今年は共に過ごした時間が短かったですから」


 呪いが解けなければ、社交界デビューを前に婚約解消となる。諦めてはいないが、今の状況ではそうなる可能性が高い。レオナルドと過ごす時間はなるべく増やしておきたかった。


「そう。……あなたとポーレット卿の間で何か問題があったわけではないのね?」

「ええ。レオナルド様とは先日も劇を見に行ったんです」


 探るような母の視線に、シャーロットは笑みを返した。


 以前からレオナルドとの関係に良い顔をしなかった母だが、呪いに巻き込まれてからはふたりの仲を疑うようになった。


 おそらくシャーロットの僅かな変化を感じとっているのだろう。自分に似ているというだけあって、母は昔からシャーロットの感情や変化によく気がついた。


 だから、シャーロットは母と話をするのを避けていた。母に知られたら、すぐに破断にすべきだと騒がれてしまうのが目に見えている。せめて、期日までは隠し通していたい。


「でも、あなた……」


 母は疑いの眼差しを向けていたが、その途端、かしゃんと言う音が響いた。


 庭に目を向けると、青い鳥が罠にかかっていた。


「良かった、捕まえられたのね。すぐに室内に入れてーー」

「お嬢様、ポーレット卿がお越しになられました」

「レオナルド様が……?」


 レオナルドがグレイス家を訪問する時は必ず約束をするか、先触れを出す。それがないと言うことは、急ぎの用事なのだろうか。


「シャーロット。後のことは私がするから、行きなさい」

「はい。お願いします、お母様」


 退室しようとしたシャーロットは罠に目を向けて、驚いた。


 先程までいたはずの青い鳥の姿がなかったのだ。罠が解除された形跡もなく、鳥だけが煙のように消え去っていた。


 シャーロットは驚きながらも、レオナルドが通された応接室に向かった。


「突然押しかけてしまってすまない。……疲れているのか? 顔色が悪い。体調が悪いのなら、後日また来よう」

「いえ、問題ありませんわ。……母と話していただけなので」

「……そうか」


 グレイス家の家族仲が良好ではないことを知っているレオナルドは眉尻を下げた。


「なら、思い切って来て良かったのかもしれない。シャーロット、これから気分転換に出かけないか?」


 シャーロットは数度目を瞬かせた後、頷いて微笑んだ。

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