その12、ずるさ、汚さが大事なんだがよく分からない
この世は二元性でできているということを書かれているものを読んで、確かになぁと思ったのです。
善良すぎると闇が来る。
つまりモラハラ被害者はピュアすぎる。(ピュアすぎるから闇が来る。騙される。騙せるカモだと見られて狙われる)
確かにと思った。
日光東照宮も完璧では闇が来るからってあえて逆さま? だったかな? になってるものがあるそうな。
闇を呼ばないためには自分がもっと闇になることが大事らしいんだが
小説において私ちょっと完璧目指しすぎている懸念がある。
なろうで、ポイントくださいってやつは嫌いだって人多いし私も嫌いなので書く気なかったんだけど、ちょっとは書くくらいのずるさがないとダメなのかもなぁ。
ちょうど先日誰かのエッセイの感想? で
毎話毎話の最後にあるのは不愉快だけど、たまにあるくらいならいいっていう意見があって、そうなのかと思ったので連載はポイントちょーだいやってみようかなぁ……うう、でもやっぱり書きたくない。なんかうまい言葉ないもんかな。作品の空気を乱さず、かつさらっとお願いしますっていう……うーん。
うーん
ずるさの上手い使い方っていうのがよく分からない。
ポイントちょうだいを毎回書いているのが「やりすぎたずるさ」なら、たまにあるのは「ちょうどいいずるさ」なんだろう。
清廉潔白であろうと思って生きてきたけど、それではいけないと学んでいる最近ではある。
でもじゃあ、許される毒ってなんだろう。
反抗期みたいに空気なんか無視して自分の意見を言っちゃうっていうのは、今までもあったけどそれでも毒不足だと私の人生が証明している。
毒が足りないと毒々しい他人が集まってくるそうだ。
これはよくわかる。
毒をもって毒を制すというかさ、気が強いとモラハラは来ないよね。
私ほわほわしていた頃なんて、見知らぬ道ゆくおっさんにいきなり意味不明に怒られたことあったけど「んだとこらぁ!」って怒り返してやる! って決意してからはそんなことされなくなった。
毒って大事
でも毒ってなんだろう。健全な毒……うーん????
作風におけるずるさはどうなるんだろうか?
あ! そうか、分かったかも。
優しいほわ〜なばかりの話ではダメで、ちょっとした悲劇とか怒りとかそういうのもあったほうがいい。と、そういうことだな。
トトロも言われてみれば暗い部分もあったよね。
バス停の若干ホラーな感じとか、お母さんの病気とか、メイの危機とか。
なろうでいうならザマァ展開。
これが人気なのは、闇だからなんだな。闇で、かつ正義で潰すという清らかさもあるから、プラマイゼロでちょうどいいからいいんだわ。
なるほど、闇も光もあってこそ作品も輝くんだなぁ。
ちょうど作風について悩んでいた内容が、優しい作風にしたいんだけどちょっと暗い話を入れるのは可か不可かってことだったから、可だと分かったや。それについて調べてたわけじゃないが答え出たやったね。
うーん。しかし光と闇か。
じゃあ人間としての光と闇はどういう感じでバランスとればいいんだろうか。
クズはシネくらいの気の強さがあれば闇成分はそれでいいのか??
だらだらすることも大事ってあって、そういや私全力疾走で生きてた結果体壊して強制休養になったから、私の人生ではだらだらも有効かもしれない。
他人に優しく、だけじゃなくて、自分のことも大事にすること。
その大切さは身にしみてわかってる。これも二元性、光と闇といえばそうだなぁ。
つまり人間性における二元性のバランスのキーポイントは「自己中と優しさのバランス感覚」ってことか。
自己中、自己中なぁ。
徹底的に教育と自制心で封じ込まれてきた部分だからね、自覚するの難しいけども、自己中さか。
自分の自己中な気持ちは何をしたいと思っているのか、それを意識すると精神も人生も安定するかもね。
ああ、そうか……誹謗中傷に耐えられないのも、清廉潔白であろうとしてしまったからか……。そういえばそういう完璧じゃなくてゴメンって感じのつぶやきあったらしいよな……。
自己中でいいんだよ。ある程度はさ。
そう誰かが教えなきゃいけないんだなぁ。




