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【完結】いつかわたしを攫ってくれると言った怪盗の正体は、冷徹嫌味な宰相閣下でした  作者: 藤原ライラ
番外編

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王配殿下はめくるめく初夜の夢を見るか?:1.白い十日間

 ほんの少し、カウチに横になっただけのつもりだった。

 それなのに、気がついたら太陽が空高くに上っていた。




「え、うそ」

 エレオノーラは寝台の上で一人目を覚まし、思わずそう呟いた。


 色々、考えていた。

 今日より後は夫婦となるのだから、超えなければいけない一線だとかもっと何か特別なものがあると思っていたのに。


 しかしながら、女王の正装は全てを合わせるとニ十キロにも及ぶ。それを身に纏い笑顔を浮かべて式典を終え、ついでにパレードまで済ませたら疲労困憊もいいところだった。


 全部取り去った時の解放感といえばもう、走り出したほどだった。

 そして何もしないまま、夫の顔を見ることも無いまま、朝になってしまった。


「よく眠れましたか、陛下」


 さて、当の本人はいけしゃあしゃあとそういった。こちらはまだ夜着で上掛けにくるまっているというのに、ギルベルトはきちんと正装している。


 朝の燦燦とした光の中で見ても惚れ惚れするような夫である。

 一分の隙もない冷徹宰相は、一分の隙もない王配殿下になった。


「どういうことかしら、ギル」

「本日のご予定でしたら、まず九時から朝議。それから」


「そういうことを聞いているんじゃないの」

 カウチに寝転んだはずの自分が寝台の上にいるということは、つまりは、この男が運んだということなのだが。


 ギルベルトはエレオノーラに触れて、それでも何もしなかったということである。

 そう、夫婦として初めて迎える夜だというのに。


「どうして起こしてくれなかったのよ!!!」


「あまりにも気持ちよさそうにお休みになっておられましたので、そのまま寝かせて差し上げた方がよろしいかと」

 エレオノーラが睨みつけても涼やかな顔は全く変わらない。


 この人は、もしかしてわたしに女としての興味はないじゃないだろうか。

 そんな不安が怒りとなって口から突いて出た。


「起こしなさいよ! 腹の立つ顔ね」


「それはそれは失礼を致しました。陛下に『それなりの男前』と言っていただいたので、些か調子に乗っておりました」

 ちっとも調子に乗っているようには見えないが、ギルベルトはそう返してきた。


「さて、お着替えのために侍女をお呼びしますね」

 話は終わりとばかりに、ギルベルトがくるりと踵を返す。


「え、ちょっと、待って」

 その服の裾をぐっと引っ張った。まだこちらの言いたいことは終わっていない。


「なんでしょう」


 だからといって、ここからなんと言えばよいのだろう。


 こんなことなら美貌の教育係にもっと、誘惑の仕方でも習っておくんだった。

 ただただ長身を見上げるばかりになる。


「陛下。大変申し訳ございませんが、私はドレスの着付けはできません」


 全く揺らがない怜悧な顔をして、静かにそんなことを宣う。


「今後必要ということであればきちんと習得しておきますので、本日は侍女に」


 長く仕えてくれているが、政務においてギルベルトにできないことはほとんどない。


 政務全般に加えてドレスの着付けも出来る王配。

 完璧すぎるだろう。


 しかも、この顔である。この人一人いれば国が成り立つような気までしてくる。


「そういうことを言ってるんじゃないのよ!!!!」

 握った拳を叩きつけたら、寝台のやわらかなスプリングがひょんと跳ねた。


「ああ、そうだ。一つ、大切なことを忘れていました」


 屈んで、ギルベルトはエレオノーラの頬に手を当てた。

 指先が確かめるように、輪郭をなぞる。


「へっ」

 急に近づいた距離に、どうしていいか分からなくなる。


「おはようございます、陛下」


 頬をさらりとした黒髪が掠めて、次にあたたかなものが触れた。

 それは多分、一瞬のことだったけれど、顔に血が上ったのが分かった。


「あ、うん。おはよう、ございます」


「それでは、しばしお待ちください」

 切れ長の目元がやわらかくなる。ギルベルトは流れるように美しい礼をして、部屋を後にした。


 エレオノーラは頬を押さえて、固まった。


 なんだろう、これ。

 おはようのキスとか?


 触れた指先から、唇から、伝わる何かにぽーっとなる。

 特別だと示されていることは、分かる。


「いや、でも、だめよ!!!!」


 うっかり初夜をすっぽかされたことを忘れそうになった。

 それは、それ。これはこれだ。


「次は絶対に問い詰めてやるんだから」


 そう意気込んでも、赤く染まった頬はすぐには戻らない。

 エレオノーラは少しの間、寝台の上で惚けているばかりだった。






 そんなことを繰り返しているうちに、なんと十日が過ぎた。

 一日や二日ではない。十日である。


 毎夜毎夜、エレオノーラは意気込み確かに寝台に向かうのだけれど、何せ慣れないことばかりで疲れているのかすぐ眠りについてしまう。


 そうして、ギルベルトはおそらくその後に寝室に来ているようなのだが、彼は一度もエレオノーラを起こしたりはしない。

 ということで、何もない。以上。


 ギルベルトは王配になるにあたって、宰相位を後任に引き継ぐと決めた。つまりは権力の一極集中を防ぐためで、これからはエレオノーラの補佐に徹するつもりのようである。

 しかしながら、すぐにというわけでもないので彼もやらなければならないことは山のようにある。


 だからといって、伴侶を蔑ろにしていい理由にはならないと思う。

 何せ、エレオノーラは彼が忠誠を誓った女王陛下本人であるので。


 これではただの、玉座に並んで座るだけのお飾りの夫婦ではないか。

 仕方がない。夜が無理ならもう、朝だ。


「ギル、あのね」

「はい、なんでしょう」


 今日も今日とて完璧な装いでエレオノーラを起こしに来たギルベルトに、エレオノーラは向き直った。

 窓からは日の光がやわらかに差し込んできて、整えられた黒髪を照らす。


「ここに座って」


 ぽんぽんと寝台の上を示す。自分が座っていて彼が立ったままでは身長差がありすぎる。

 ギルベルトははじめ、怪訝そうな顔をするだけで微動だにしなかった。


「座れと言ったのが分からなかったのかしら」


 あまりこういう言い方はしたくないのだけれど、今の自分に使えるものはもう女王としての権力ぐらいなものである。


「承知いたしました」


 ギルベルトはちょうど拳一つ分の距離を空けて、エレオノーラの隣に腰を下ろした。

 こうなればもう、こっちのものだ。


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