7話 メルと泥棒
どうすれば冒険者になる事を認めてもらえるか?
メルは色々と考えながら街を歩いていた……。
そんな時、街中で叫び声が聞こえ――その声から遅れ走り去っていくフードの男……。
彼はどうやら泥棒の様だ、そう思った時にはもうメルの身体は動いていた。
昨日あんな目に遭ったというのにメルの身体は気が付いたら動いていた。
だが、彼女が追いかけるフードをかぶった犯人はすばしっこく、人混みをものともせずに進んで行く……。
このままじゃ追いつけない! そう判断したメルは丁度良い足場になりそうな樽に目を付けるとそれを台にしベランダへと飛び乗った。
「フィーナママみたいに精霊を実体化出来たり、ユーリママみたいに浮遊が得意なら良かったのに……」
そう、彼女は空を飛ぶのが遅く、精霊召喚が出来ない……だからこそ、この方法を選んだ。
幸い洗濯物にさえ気をつければ障害物は少なく、リラーグは家と家が近いためこのまま移動するには人混みを通るよりはるかに速い。
その策が功を弄したのだろう、高い所からフードの男を視界に納めたメルは右手をかざし詠唱を唱え……。
「我が意に従い意思を持て!」
――想像する。
幼い頃ナタリアから魔法を教わって以来、何度も使い、何度も成功してきた魔法を――彼女はいつも通り、自信をもって使う。
「マテリアルショット!!」
フードが手に持っていた鞄へと魔法をかけると鞄はメルの方へと見えない力で引っ張られた。
その現象を見て慌てたんだろう、フードの男は辺りを見回している。
だが、フードの男は鞄を盗られまいと必死になっている。
メルが少し魔力を込めればこのまま無理に取り返す事は簡単に出来る。
だが、あの男は怪我をしてしまう、それだけではなく鞄を持ったまま浮いたら万が一の事もあるかもしれない。
そうなってしまう可能性……それが頭に過ぎったと同時に思い出した言葉は――。
『その結果、人を殺めるとしても?』
母ユーリの言葉だった……。
確かに老女は鞄を盗まれ転び怪我をした。
あの男は鞄を盗んだが目立った武器も持っていない。
走って逃げてはいるものの殆どの人を避けて移動している事から、泥棒にしては妙だが相手に怪我をさせないようにしているのではないか?
メルはそんな風に思うと反省はしてもらうとしても、怪我をさせる事はしたくなかった。
「……でも、お婆ちゃん困ってたし……何か、何か手は……」
彼女は母ならどうするだろうか? そう考え――。
「そうだ!」
一つの答えに辿り着いた。
成功するかは分からないが、彼女は意識を集中し詠唱を口にする……。
「我が往く道を照らせ――」
複数の魔法を同時に使う……高度な技術が必要だとは師であるナタリアから聞いていたが、そう長い時間でなければ大丈夫だろう……そう信じたメルは――。
「ルクス!」
魔法を唱えた、彼女の発した名の魔法は一瞬まばゆい光を放ち、その光に驚き男は手を離したのか、メルの元へと鞄が飛んで来た。
「やった!」
「――くっ! 返せ!!」
魔法が上手くいき思わず声を上げてしまった事で気づかれてしまったのか、少年のような声が聞こえメルはそちらの方へと向く……。
フードの所為で顔は全く見えなかったが、メルは少年を睨み泥棒が返せとは何様なんだろうか? と疑問を持ちつつもその場を去った。
「シルフ、さっきの道まで案内お願いね」
メルは近くに居るだろうシルフに声をかける。
すると精霊は彼女の目の前に現れにっこりと微笑んだ。
『うん、任せてっ!』
先ほどの道まで戻ると老婆は椅子に腰かけ項垂れていた。
良く見れば膝の所に血が滲んでいる。
さっき転んだ時に怪我でもしたのだろう……。
「あの……」
「…………鞄が、鞄が……」
メルが老人に声を掛けても何処か上の空で、鞄がと繰り返す……どうやらこの鞄はよっぽど大事な物みたいだ。
無事取り戻せて良かった……メルはそう思い、老人に見える様に鞄を差し出した。
すると老人はようやくメルの事に気が付いたのだろう顔を上げ――それに満足そうにメルは微笑みつつ言葉を発する。
「はいっ! 鞄だよ」
「これは……?」
老人に呆然とした顔で見つめられたメルはもしかして違う物だったのかな? っと慌て――。
「え、えっとこれであってたよね?」
そう聞くと、老人も慌てたのだろう、首を縦に振った。
「あってるも何も……もしかして、取り戻してくれたのかい? お嬢ちゃんが?」
「うん、すぐに追いかけたから何とか間に合ったの……はい、どうぞっ!」
鞄を受け取った老人は涙目でそれを受け取り、何度もありがとうっとメルお礼を言う。
なんか、恥ずかしくなってきたなぁ……メルはそう思いつつも何であの時、この老人が叫んでいたのに誰も動かなかったのかと疑問を思い浮かべる。
だが、それも取り返したのだから良いかと思う事にし、老人の顔を覗き込み再び笑顔を見せた。
「お婆ちゃん、ちょっとじっとしててね?」
メルは彼女の膝へと右手を当てゆっくりと口を動かす。
「我が友の傷を癒せ……ヒーリング」
自慢の母が作り上げた魔法……かすり傷程度なら簡単に治せる魔法だ。
薬と魔力さえあれば時間をかけて大きな傷を治していく事も出来るが……この魔法を作った母ユーリなら元になった魔法でそれも一瞬で治せる。
彼女は効果も薄く、回復も遅いあまり役には立たない魔法だとメルにそう告げていた。
だが、メルにとっては違う……なにせ傷を癒す魔法なんて言うのはこの世界に存在しなかった。
そして、この魔法を使えるのはたったの二人……ユーリとメルだけなのだ。
家族の絆ともいえる魔法で大事な物だった。
「痛みが引いたみたいだよ……これは?」
「ちょっとした傷なら治せるんだ。これで歩けると思うよ? そんな事よりそれ大事な鞄なんだよね」
彼女がそう聞くと老女は何度も頷き手に持つ鞄をしっかりと抱いている。
そんな老人の姿を見て、メルは考えた……また襲われたら、誰も助けてあげないのでは? っと……。
折角取り戻したのにまた取られたのでは意味が無い、それに今度はもっとひどい怪我をするかもしれない……そんな不安がよぎり――。
「そうだ、今日は私がついて行ってあげる!」
メルは老女にそう提案した。
「……なんだって?」
「これでも、体術や剣術、魔法には自信があるんだよ? だから、家まで一緒に行こ?」
メル自身の時も目の前にいる老女の時も街の人が一人も見ていないなんてことは無いだろう……。
なのに助けに来なかった理由、それは冒険者が何とかする……そう言う考えがあるからでは? もしそうなら、今この人を助けられるのは自分だ! メルはそう思いつつ老人に手を差し出し、答えを待つ。
「本当かい? 親切なお嬢さんだ」
「えへへ……行こう?」
優しい声でそう言われて思わず照れてしまった彼女は片手で髪をいじりつつ老人の手を引いてゆっくりと歩き始めた。
それから少し歩くと老人の家に無事に着いた。
家にたどり着いた事で少し安心していた所、一回離された手は再び握られ、何かを渡されたみたいだ。
「何から何までありがとう、小さな冒険者さん」
「……え」
彼女に手渡されたのは銀貨が五枚、手の中にあるそれを見て暫くボーっとしていると……。
「もしかして、少なかったかい? 怪我も治してくれたからね、もうちょっと……」
「ち、違うよ!?」
老人が懐を探り、再び手を握ろうとしてきた事に気が付いたメルは慌てて声を上げた。
「違う、って何が違うんだい?」
「偶々通りかかってただけだし――」
彼女は冒険者だと言われた事もお礼も素直に嬉しかった……。
だが、依頼も出されてない以上、ただの人助け――そうなると当然、無料と言われることだってある。
なによりメルは冒険者ではない……。
「私は冒険者じゃないの……だからこれは受け取れないよ」
メルはそう告げると老人の手を握り返し、お金を返す。
彼女はもしこの場にバルド……フォルの父親が居れば怒鳴られていただろうな……と考えつつも、きっと母達ならこうすると――それが自分がなりたい冒険者だと強く思った。
「で、でも、助けてくれたのは間違いないよ」
「たまたま居て、身体が勝手に動いてただけだよ……その鞄、次は盗られないようにね?」
お金を受け取らなかったからだろうか? 少し困った様な老人にメルは微笑みそう告げるとその場から去った。
「動いたら、お腹空いちゃった……シルフお願い!」
彼女はいつも通り風の精霊に声をかける。
どういう訳かリュミレイユ家の人間は迷子になる者が多いらしくメルも例外ではなかった。
だが、ほんの一、二年前……実体化していない精霊が迷子になったメルを案内し始めたのだ。
……普通ではありえない事だったのだが、どうやらメルの目は特別だった。
それもナタリアに彼女が聞いた所、とても珍しい瞳らしく――メルの近くにいる精霊は彼女の目を通し景色を見ることが出来る。
当然、意思を持つ精霊達は道を覚える事も出来た。
以来、メルは迷う事が無くなった……この力自体は母ユーリには内緒にしている。
……もし喋ったら唯一迷子の対抗策が無い彼女は「何で僕だけ?」と落ち込むに違いないからだ。
『分かってる、案内するねっ!』
呼び声に答え、目の前に現れたシルフの後を追うメルは街中を駆ける。
「それにしても、あのフードの人誰だったんだろう?」
メルの知る限りスラム街の人間ではない。
何故言い切れるかと言うとメルはスラムの人達と知り合いなのだ。
……いや、実際にはスラム街の見た目をしているが情報屋クロネコの部下の集落。
そしてクロネコはメルの家でもある酒場『龍に抱かれる太陽』とリラーグ王のお抱えだ。
万が一盗みをやったとしたら、どこかしらで情報が洩れ、クロネコに見つかった時点で冒険者に追いつめられる事は目に見えているし、酒場と王に敵視されてしまい旨味が無い。
「でも……他にああいった服の人が居る場所……リラーグにあったかな?」
メルは疑問を呟きつつも目的の場所へと歩みを進めた。




