416話 悔やむメル
リユはメルの言葉を聞くと膝を地に着けた。
その大きな瞳からは大粒の涙が流れている。
傷は治した……しかし、助かったとは言っていない。
だが、生きている……。
彼女にとってそれだけで十分なのだろう。
「こっちも終わったぞ!」
そんな声が聞こえ、メルは彼らの方へと目を向ける。
どうやら盗賊たちも拘束し終わったようだ。
「ありがとう」
メルはそう言ったが、気になるのはアベルの事だ。
思ったより血も流れてしまった。
傷は治したが、助かるかは本当に分からないのだ。
しかし、このままでいく訳にはいかない。
「……一旦レライ王に知らせないと駄目かな……」
メルはそう思ったが、困ってしまった。
ここから動けないという事は無いが、時間が掛かる。
傷ついた騎士の女性にアベル。
シスターに子供達。
そして、捕らえた盗賊……。
彼らを連れ、レライの野営地に戻るには無理がある。
孤児院の方に戻ったとしてもメルの魔力が足りるか心配だ。
いや、それだけではない。
彼らももう出発している頃ではないか? そんな事が頭に過ぎった。
「うーん……」
メルは困り果て首を傾げる。
すると……女性を見ていたライノは崖を覗き込み――。
「メルちゃん! アタシが伝えに行くわよ!」
と言ってくれた。
しかし、それもメルとしては悩みどころだ。
「だめだよ、ライノさんが居てくれないとアベルさんが!」
彼の容体が急変した時、対処できる人が居ない。
メルはその事を心配していたのだが、彼は下に降りてくると一つの薬をメルへと手渡した。
「……アタシが残っても大したことはできないわ、この薬を飲ませてあげることぐらいしかね? だから、探してくるわよ」
彼はそう言うと片目を閉じ微笑む。
そして、メルの返事を待たず飛び立つのだった。
メルは慌てて彼へと手を伸ばしたが、間に合わず彼はあっという間にその姿を小さくしていく……。
「ライノさん……」
大丈夫かな?
メルは何度も彼に助けられたことがあるとはいえ、不安になった。
何故だかは分からない。
だけど、今ここで彼と逸れるのは危険なような気がしたのだ。
かと言って、追う訳にもいかない。
いや、もう追う事は出来ない……メルの魔力はそこを突きかけている。
そんな状態で浮遊の魔法を使えば間違いなく落下するだろう。
そして、死んでしまう……そんな失敗をするのは魔法を覚えたての者ぐらいだろう。
「ライノの事だ大丈夫だよ」
「そうだぜ? なんて言ったってライノの旦那だぞ?」
これまで旅をしてきた仲間に対する信頼。
それはあった……。
しかし、ライノは優秀な薬師ではあるが戦いは苦手だ。
錬金術で作った矢を撃ちだす武器は素晴らしかったが、それでも彼は戦いは得意ではない。
もし、魔物と会ったら? 上手く逃げるだろう。
だけど……それがルーフの騎士なら?
メルはそんな不安を抱えていたのだ。
ううん、考え過ぎだよ。
今はとにかく……。
「シュレム、そのシスターや子供達、その人達を上に連れて行こう」
「ああ、任せて置け!」
メルは孤児院のあった場所へと戻る事を考えた。
そこに行けばもし、ライノが行き違いになったとしても来てくれるだろう。
そして、彼女達の最初の目的。
街を作る事にもつながる。
しかし問題はある……。
「魔力、それに精霊力もどうしよう……」
そう、壁を作るにはそれが必要だ。
だが、先程の戦い、そしてヒーリングを使ってしまったため、メルの魔力はほぼ底をつきかけている。
軽率な行動だっただろうか? いや、あの状況で普通の魔法を使っても無意味だ。
風の魔法を使った所で綺麗に敵を分断できたとは思えなかった。
「壁の事か? でも、やるしかないだろ……と言いたい所だが、あの魔法じゃ俺達には手伝えないしな」
リアスは溜息をつきながらシスターを背にかかえる。
メルは彼の言葉に頷きつつ申し訳なさそうな表情を浮かべた。
昔食べ物にも魔力は宿るって聞いたことあるけど……。
流石に、それだけで精霊の力を使えるほど回復は出来ないよね。
はぁ、とため息をついた彼女は子供達の元へと向かった。
すると物音に怯えた目を塞がれた子。
泣きわめき、疲れてしまったのだろうか? ぐったりとする子。
反応は様々だった。
しかし、メルはそんな彼らを見て……。
「もう、大丈夫だよ」
と声をかける。
優しげな声を聞き、彼らはほっとしたのだろうか……。
「シスターは? お姉さんは?」
「二人共……助けたから」
無事だとは言えなかった。
だが、助けたことは事実だ。
メルはそれだけを口にし、唇をかむ……。
盗賊がまだここに居た事から考えても孤児院が襲われたのは最近の事だろう。
もし、もう少し早くついていれば……。
この子達はこんな怖い目に合わなかったのかもしれない。
そう考えるとやり切れないのだ。
しかし、彼女は知らない。
数いる冒険者が今目の前にいるような子たちを助けられなかった人が多いという事を……。
失敗し、依頼主に失望された事も。
まだいい方なのだ……攫われ傷つけられた者は居る。
だが、子供達は無事で二人の女性も息がある。
二人や子供たちが無残な死体で見つかる事や、見世物小屋、奴隷市場で発見されるなんて事は無かったのだから……。
とは言え、メルはそれを言われても納得はいかないだろう。
彼女は間に合わなかった事を悔いるのだった。
なぜ、廃墟となったレライに近い孤児院が危ないと思わなかったのか……そう考えなかったのかと……。
だが、今はこの崖下に居る方が危ないと考えた。
視線が通らず、魔物に襲われる可能性も高いからだ。
まずは開けた場所へと……メル達は立ち上がり、孤児院へと向け歩き始めたのだった。




