365話 闇の回廊での戦い
メルの言葉に苛立ちを覚えた様子の男。
「だから、その理由が戻せない理由なんだよ」
彼はそう言うとナイフを構えたままメルへと近づいて来た。
そして、怪しく光るそれを彼女へと向ける。
だが、今回は見えている。
避けられる! そう感じていたメルだが……彼女に向けられたナイフは急に近づいて来ていた。
「――っ!?」
焦りその場から離れたメルの服を掠る。
腹の当たりの服は避け、メルはゾクリと背中に悪寒が走った。
「嘘……」
何故急に? メルはそう思ったが、避けられた以上ついて行けない速さではないはずだ。
なのに、急に近づいて来た感覚がしたのだ。
相手はメルの困惑に気が付いているのだろうか? にやにやとしている。
「不安か? 不安だろ?」
彼はそう言うと裂けた服から除くメルの白い腹へと目を向けた。
「ガキは趣味じゃないが……ああ、駄目だ悪い癖が出てきた」
にやにやと笑う男。
メルはその視線に気が付くと、今度こそ恐怖を感じ一歩後ろへと後ずさる。
何かがまずい、そう警告されている気がした。
まさか、リラーグで捕まった時知った様な事をされるのではないか?
そう思ったが……。
「良いよな、此処じゃ誰も居ない、このガキが死んだとしても俺は別に咎められない」
呼吸がだんだんと荒い物へと変わっていく。
はぁはぁという荒い息が聞こえ、メルはいよいよその場から逃げ出したいと思うが……。
逃げるって何処に?
そう、この場所には逃げ場がない。
ましてや目の前の男はたった一つの変える方法を知っている者だ。
なら、どうにかしてその方法を知らなくてはならないのだ。
「ああ、駄目だもう我慢できない、その白い腹が血に染まる所を見たい……顔が苦痛と恐怖に染まるのを見たい……良いよな? 良いだろ?」
ぶつぶつと紡がれた言葉にメルは再び悪寒と恐怖を感じた。
あの男とは違う。
だが、そこには自分の欲を見たそうという男の姿があり……。
『メル!! 嫌な感じです……私に力を!!』
メルを助けようとしているのだろう、彼女の目の前に来た精霊はそう叫ぶ。
「――うんっ」
メルは慌ててアクアリムへと魔力を……精霊力を籠める。
しかし――。
『メル? 何をしてるのですか?』
変化は一向に訪れない……。
その事に疑問を持つシレーヌは心配そうにメルを見つめた。
しかし、その理由が分からずメルは焦る。
すると――。
「ああ、無駄だ……ここは世界と切り離された空間、そこで精霊の力が使える訳が無いだろ?」
と荒い息をし嫌らしい笑みを浮かべた男はメルの疑問へと答えるのだった。
「え?」
メルはその言葉に呆然とする。
確かにシレーヌはその場にいる……会話もできる。
つまり、力を借りれるはずだ……。
今までならそうだった。
しかし、近くに居るというのに……力を貸してくれると言ってくれているというのに……それだ無理だと言われたのだ。
意味が分からない。
メルはそう考えたが、男はにやにやとしつつメルへと近づいてくる。
「まぁ、そういう事だ……悪いがこの頃、好みの奴は殺せなくてよ……たまってるんだ。お前で解消させろよ」
その瞳は人、というには無理がありどこか化け物の様でもあった。
魔物……と言ってもいいかもしれない。
いや、魔物と違い会話が出来る事から、その所為で恐怖もある。
メルは剣を構える手が震えた。
今までだって危険な目に遭って来た。
実際、攫われた事もある……だが、メルがどうやっても敵わなかったあの騎士達。
精霊の力を借り倒した騎士達と同じ国の男がそこに居る。
そして、そいつは騎士と言うにはあまりにも下品で……凶悪な心を持っている事に気が付き、それが自分へと向けられている事に気が付くと逃げなくてはという事が頭に浮かぶ。
しかし、膝は震え、歯がカチカチとなるだけだ。
腰が抜け座り込まないだけマシだったかもしれない。
いや、いっそそうなって気を失った方が楽だったかもしれない。
「そうそう、大人しくしてろよ」
『メル! 早く――!!』
男の声とシレーヌの声が重なる。
メルは――自分へと迫る刃を怯えた瞳で追う。
もう駄目だ……彼女がそう考えた時――。
「なんだ?」
男はぴたりと動きを止めた。
一体どうしたというのだろうか? その理由はすぐに分かった。
「……風?」
そう、風を感じたのだ。
続いて見えたのは奥から迫ってくる光……そう、どういう理由かは分からない。
何故か光の回廊が迫ってきている。
「な、なんで!! こ、此処はこいつしか来られないはず!!」
そう、メルしか来られないはずの回廊。
正しくはメルが望んで一人だけで訪れた回廊。
「どういう訳だ、あの魔法陣には――」
そして、男は考え込むとはっと気が付いた。
メルと言えば何が起こっているのかは分からないが、逃げるなら今だと感じ後ろを振り向く。
そこにも光が見えていた。
出口だ!! そう考えたが、メルの足は動かなかった。
そんな時だ……。
『何してやがる、とっとと走れ! 壊れかけなんだ、そう何度も奇跡なんて起きやしねぇぞ』
その声は乱暴だった。
だが、なぜかゼファーの事を思い出す声でもあったのだ。
声が似ているからだろうか? だが、その声のお陰でメルは震える足を必死に動かし――光へと向かうのだった。




