275話 精霊と龍……
精霊たちの力を借り、ドラゴンと戦うメル。
しかし、戦況は一向に良くならなかった。
だが、メルはグラネージュの冷気であれば濡れた龍を凍てつかせることができるのではと考え、エスイル達に頼むのだった。
『メル!?』
シレーヌがメルの名を叫ぶのと同時に辺りには吹雪が吹き荒れる。
しかし、その吹雪は決してメル達を襲う事が無く……。
「な、何が起きたんだ?」
リアスは目の前の光景を目に驚きの声を上げる。
それもそうだろう……彼の視線の先で暴れる水龍は見る見るうちに凍っていくのだ。
メルは視線だけを水龍へと戻すとある一点を睨む。
だが……。
「……あれ?」
本来一枚だけある逆さに生えている鱗。
それが見当たらないのだ……。
ど、どういう事? あれを取れれば龍を大人しくさせられるのに……。
それにあれは……とっても時間が経てば生えてくるはず。
じゃなきゃデゼルトに生えてるわけがない!
それはメルだけが知っている秘密と言ってもいいかもしれない。
嘗て母が逆鱗を剥いだ龍、デゼルトには小さな鱗が生えている。
母達は気が付いていないが、それは確かに出会った頃は見なかったものだ。
なのにあの龍には生えていない……誰がが取った?
ううん、取ったならその痕が分かるはず! なのにその痕がない!!
そう、その龍には逆鱗が無かったのだ。
おかしい、どこかにあるのではないか? メルは焦り探すも……。
「……ない」
見つかる事は無く……。
「な、何が無いんだ?」
リアスの質問に――。
「逆鱗が無いの……最初からないみたい」
と答える。
そんなことがあり得るのだろうか? メルは疑問だったが……見当たらないのは紛れもない事実だ。
「ど、どうしよう……これじゃ大人しく」
させることが出来ない。
メルは口には出さずともそう考え……龍から視線を動かせずにいた。
動きが徐々に制限されていく龍……本来であれば逆鱗を抜き、大人しくさせればいいだけだ。
だが、倒すしかない……そう思ってしまうと……。
「メル……まさか、可愛いのにとか思ってないよな?」
「……そ、それはそうだけど、そうじゃないよ!」
確かにメルは龍を可愛いという特殊な人間だ。
しかし、この時考えていたのは……。
これじゃ……かわいそう……。
水龍を見てみれば何処も傷だらけ……今までも討伐を試みられたのだろう事は分かった。
だからこそ、メルは躊躇ってしまった。
いや、そうじゃなくてもメルは躊躇っただろう、何故なら……彼女は幼い頃からずっと……そう、ずっとデゼルトと一緒だったのだ。
だからこそ、龍が悪い魔物だとは思えなかった。
「……お願い、もうこれ以上君を傷つけたくないの……だから、此処から去って……静かな所で暮らして……」
ここまでしておいて何を言っているんだろう? メルはそう思いもしたが、その言葉は自然に出てきた物だった。
その言葉を聞いた龍は尚暴れようと試みるが、グラネージュが放つ冷気はまるで金剛石で作ったかのように龍をその場に拘束する。
すると当然氷は龍の身体を傷つけそこから血が噴き出る。
メルはそれを見ると焦り――。
「もう止めて! もう……それ以上、此処で暴れないで!! 君だって……好きでしてるんじゃ――!」
ないんでしょ?
そう、メルが言おうとした時だ……。
『うるさい子娘だ……』
そんな声が聞こえ、メルは辺りへと目を向ける。
精霊ではないのは確かだ……精霊は総じて女性の様であり、男性の精霊は居ない。
なら、誰がうるさいなどと言ったのだろうか?
『頭も弱いのか? 俺はここに居る……』
「メル! アイツだ……」
リアスの声にメルはハッとする。
万が一精霊の声なら、リアスが聞こえないはずだ……そして、男性でこの場に居るのはエスイルとリアスの二人だけ。
二人がそんな事言うはずがないとメルは最初から考えていたが……声の主は意外にも――。
「ド、ドラゴン?」
そう、目の前に居たドラゴンだった。
彼はその瞳を細め――。
『好きでしているんじゃない、だったか? 残念ながら好きでしているんだよ……面白いじゃないか、我が顔を見せれば焦り悲鳴を上げる……親しき者が殺されれば、怒り狂い力の差など関係なしに向かって来る』
「……え?」
その言葉はまたもや予想しなかったものだ。
『実に滑稽で実に愚か……そんなこの世界に蔓延っている害虫を滅ぼすのが俺の役目……ようやく、ようやくだ……ようやく許された!』
ミシリッ……そんな音がし、グラネージュは思わず声を上げる。
『氷が割れる!! エスイル……早く!! 早く力を貸して!!』
「う、うん!!」
グラネージュとエスイルの行動は迅速と言った物だった。
しかし、それもむなしく……辺りには氷の砕け散る音が鳴り響いたのだ……。
『俺の名は闇の精霊……オプス……エルフ達はお前達の多くを見限った……』
「せ、精霊……? そんな馬鹿な……なんで俺達にも――」
リアスは驚きの声を上げたが、当然だ。
精霊とは本来、森族と鬼族にしか見えない。
だが、目の前の龍は自身を精霊と名乗ったのだ。
それよりもメルが気になったのは……。
「エルフが見限った……?」
『安心しろ小娘ども……お前達は気を失わせる程度だ……』
そう口にするとオプスと名乗った龍は再び息吹を解き放つのだった。




