221話 気になるメル
翌日、ブランシュに再び謝ったメル。
そんな彼女を怒る訳でもなく彼女はメルに嘗てナタリアからもらったという宝石などを差し出す。
だが、当然貰える訳が無い。
メルは躊躇したのだが、結局彼女に背中を押されその中の一つを受け取るのだった。
宝石を受け取ったメルはせめて今日だけはとブランシュに申し出て、もう一度だけ店の手伝いをすることにした。
ただで物を貰うのが気が引けたのだ。
昨日の失敗がある為かブランシュには渋られてしまったが、何とか押し切りメルの望み通りに事は進んだ。
もうすぐ昼の客が来る。
昨日の様な失敗はしない様に気をつけないと、とメルは着替えつつ一人意気込んでいると大きな音が酒場の入口の方からした。
当然、びくりと身体を震わせ耳と尻尾を立たせた彼女は急いで服を着て酒場の入口へと向かう。
「――――扉が壊れる!!」
するとブランシュが怒っている所に出くわし、メルは首を傾げつつその相手を見た。
中年位の男性はブランシュに怒鳴られた事などを気にせずにわたわたとすると……。
「と、扉なんて良いじゃないか!! それよりも奴がまた出たんだ!!」
その言葉を聞くなりブランシュは表情を変え、男の方へとゆっくりと近づいて行く……心成しか震えているようにも見え、メルは心配になり彼女の方へと近づいてみる。
「や、奴って……この頃、大人しかったでしょ!?」
「ああ、だが……また暴れ始めた。狩りの途中で一人喰われたんだ……フォルの話では精霊も喰われてるらしい……」
話の内容からして魔物の事だろうか? メルはそう思いつつも出てきた聞きなれた名前と言葉……精霊が喰われるという事を聞き、慌てて駆け寄っていく……。
フォルと言うのは偶然の一致だろうことは当然分かっていた。
だが……精霊に関してはありえないのだ。
精霊とはこの世界を支える存在であり、自然を司る者であり、環境が優れていればそこに住み着き富を生み出す。
富とは冷たく美味しい水や木の実、動物様々な物を指すのだが……。
魔族や天族はそれを知らずに自然を壊す。
すると当然、精霊は住処を失い……弱っていく。
そして、死に至る――――――だが、彼女達に捕食者となる者は居ない、喰われる事は無いはずだ。
極端に彼女達を弱らせる、禁術を除いては……。
「あ、あの! その話詳しく聞きたいんですけど!!」
メルは近くまで行くと腕に着けた「龍に抱かれる太陽」の冒険者の証を見せ、男性に問う。
彼は大きく目を見開くとメルの姿を見て……。
「ざ、残念だけど……お嬢ちゃんみたいなまだ若い冒険者には頼めない、何があるか分からないんだ」
そう口にし、ブランシュの方へと向くと……。
「なぁブランシュ……どうにか出来る冒険者はいないか? そうだ! ケルムはどうだ?」
「って言ってもね、ケルムを呼ぶにも時間が掛かる。屋敷の魔法陣があれば別なんだけど……あれはもう壊れてるし……とすると」
ブランシュは男とは別にメルへと目を向け、男はその視線を追うまでもなく否定の声を上げた。
「ま、待て待て! 奴相手だぞ!?」
「でも、現状ここに居る子で一番まともな冒険者……いや、下手をしたら一番強い冒険者と言ったらこの子だよ」
褒められているのだろうか? メルは若干頬を赤らめるも心の中で冒険者見習いなんだけどな……と呟くが、すぐに気を引き締め、表情を固める。
ブランシュが言った通りだとすれば、この街を守る術はない。
他の酒場にも冒険者は当然居るだろう……しかし、二人の会話を聞く限りでは相手は相当の魔物。
雪国で危険だと言えば……確か……フロスティ?
メルが思い浮かべたのは魔物図鑑の中にあった可愛らしい尻尾を持つ老人の様な魔物。
血に反応し興奮、身体能力が跳ねあがる魔物であり、退治する際は血を流してはいけないという知識はあった。
しかし、魔物相手にそれは難しい。
でも、遠くから魔法を撃てば何とかなる……かな?
「だ、駄目だ駄目だ! こんな子供に奴と戦わせられるか!! それにフロスティだって住処を荒らされて外に出て来てるんだぞ!! もし襲われたらどうする!?」
「……え?」
男の言葉にメルは驚く……たった今倒し方を考えていた魔物。
その名が出てくるという事は別の脅威という事だ……だが、雪国で気を付ける魔物と言ったら他には……。
ゴーレム……大きくて力も強い、でも遅くて狙いやすい……火や炎が弱点だけど、雪崩が起きるかもしれないからそれは使えない。
弱点を突けないから、一体を倒すのに時間が掛かる魔物……だよね?
でも、ゴーレムぐらいなら雪国の人には脅威じゃないよ。
メルはただぼんやりと考えた事だが、事実その通りだ。
フロム地方の人間にとってゴーレムは脅威ではない……動きが遅いので十分な装備を整え、雪道を歩きなれている彼らにとっては避けて通ればいいだけだ。
下手に戦って死に至るのは他の地方から来た者達なのだから。
じゃぁ……他に脅威と言ったら……。
「でもどうするの? このままじゃろくに狩りに行けない! 食事だってとれなくなるよ!」
「それは……」
でも、それは無いはずだよ。
だって……今のフロム地方で気を付けるべき魔物はそれだけだし……。
他に強力な魔物? 賢狼が居たって話だけど、今はもう居ないんだよね?
ユーリママに呪いを託して死んじゃったって……。
だから、絶対に違う。
「さ、山賊かなにかですか?」
メルは恐る恐る尋ねてみる。
すると二人は首を振り……ブランシュは頭を抱え、男は何かを迷っている様だった。
そんな二人の様子を見ていたメルが首を傾げていると……。
「「氷狼」」
後ろから聞こえた答えは……メルが先ほど自分の中で否定した存在……。
「グ、賢狼って……!」
居るはずがない! メルはそう自分の中で再び否定をするのだった。




