219話 不安
ブランシュの酒場での仕事が始まった。
メルはお得意の客から酒場で暴れて物を壊したんだと勘違いをされつつも仕事をこなす。
実家で手伝いをしていた事もあり、彼女にとっては慣れた仕事だった。
その働きぶりを見て、ずっとここに居れば良いと言われるのだが、メルはそれは出来ない事を伝える。
そして、再び不安な気持ちがよぎるのだった。
皆は無事だろうか?
二人と話した後、メルの頭にあったのはそれだった。
しかも親から……いや、祖母から譲り受けた心配性はメルの心を悩ませ、その後はどうしても仕事に集中できなかった。
「あの、俺これ……頼んでないんだけど……」
「え? あ……っ! す、すみません!」
注文を取り間違えたり……。
「きゃぁ!?」
足元をろくに確認せずに歩き、椅子に転び飲み物をひっくり返してしまい。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
「し、新人なんだろ? 仕方がないって」
その結果、客が酒塗れになってしまったり……。
仕事に慣れてないならともかく、龍に抱かれる太陽で手伝いをしていた彼女は仕事に慣れている。
今まではそんな事はしなかった彼女だったが……失敗の連続だったのだ。
運が良い事に怒る客はいなかった。
しかし、余りにも多すぎる失敗の所為か……。
「メルちゃん、部屋に戻ってていいよ?」
こめかみ辺りをぴくぴくと動かしたブランシュに笑顔でそう言われたメルはびくりと身体を震わせ、尻尾を丸めると一言「はい」と答え、トボトボと部屋の方へと向かっていく……。
部屋へと戻った彼女はエスイルが寝ているのを見て、一時はほっとするのだが……すぐにがっくりと項垂れた。
「ぅぅ……ブランシュさん、怒らせちゃったよね?」
注文の取り間違え、客に酒を浴びせる、皿を割る、ぶつかる……他にも数えきれないくらいの失敗を繰り返してしまった彼女は大きなため息をつき……。
「幾ら考え事をしてても、心配な事があっても失敗し過ぎだよ……」
酒場の店主に迷惑をかけた事を悔いる。
しかし、挽回をするにも仕事から外されてしまってはそれも出来ない。
それもあの失敗だ……恐らくはもう仕事を手伝わせてもらえないと考えた彼女は頭を抱え……唸り始めた。
「ど、どうしよう……装備を買うにはお金が必要だし、でも……他にお仕事なんてないし……」
いや、あるにはある、メルはその事に気がついてはいたが、酒場の仕事よりはるかに危険だという事も分かっていた。
それは……。
「依頼を受ける? でも、私一人じゃ地図を見ても……」
そう、メルは方向音痴だ。
いくら地図を見ても一人では確実に迷う……シルフ達もメルの目を通して道を覚えているだけだ。
つまり、初めて来たこの地方ではその力は頼れないのだ。
グラネージュは賑やかな場所へと向かっていただけであり、場所自体を把握していた訳ではない。
せめて、エスイルが動ける状態ならばその手は悪くはないのだが……頼りにしたくもそれが出来ない状況だ。
ましてや、結局外に出るのでは……。
「やっぱり、装備が必要だよ……」
その問題へと戻ってきてしまう。
そもそも、外に出れる装備があればリアス達を探しに行けるのだから意味がない。
今自分に出来る仕事と言ったら、酒場の手伝いが最適だとメルは考え……。
「後でちゃんと謝って明日からまた……」
本当なら今日からもう一度と思っていたのだが、胸のもやもやと不安感がどうしても取れず。
今謝罪するのはともかく、すぐに仕事をさせてもらっても同じ失敗を繰り返すだろうとメルは判断し、そんな事を口にする。
しかし、すぐにがっくりと項垂れ……。
「こんなんじゃ、駄目だよね……リアス達を見つける為にも早くお金を稼がないといけないのに……」
彼女のたれ耳はさらに垂れさがり、どうしたものかと考える。
いや、答えは出ているのだ。
何をうだうだとしているのか? メルは自身にそう問いかけ、頬を一回、二回と叩くと立ち上がり……。
「うん! 戻ろう!」
自身に言い聞かせるように言うと再び部屋の外へと向かう。
私がいつまでも不安がってたら駄目なんだ。
エスイルが不安になっちゃう……だから、私がしっかりとしないと!
幸い寝ているため弟にはまだ自身の気持ちはばれてはいない。
その事に感謝しつつ、メルは謝罪の言葉と明日からまた仕事をさせて欲しいと言う為に厨房へと近づく……怒られるだろうか? そんな事を考えながらもブランシュの元へと辿り着いた彼女は――。
「あの、ブランシュさん」
「………………」
忙しいからだろうか? それとも怒っているだろうか、ブランシュはメルの声に反応せずにその場で忙しそうに動き回る。
何かをぶつぶつと言っている様だったが、メルは気が付かず。
申し訳ないと思いつつもさらに近づくと……。
彼女はメルに気が付いた様だ。
「ん? メルちゃん? 部屋で休んでてって言ったはずだけど……」
「あ、いえ……その……」
声こそは怒っていない彼女だったが、その顔には怒りが現れており、メルは思わずたじろぐと……。
「あの二人にはちゃんと言っておいたはずなんだけどね。全く……」
ブランシュは困ったという表情を浮かべ会話を切り出した。
「へ?」
「とにかく、今日は休んでて……ね?」
メルは自身が怒られない事に疑問に思いつつ、首を傾げる。
すると、ブランシュはその様子を見て……。
「勿論、今日しでかしたことは後で話があります」
「……はい、ごめんなさい…………」
やっぱりか、そう思いつつメルは尻尾を丸めるのだった。




