115話 片腕が無い男
そこで待てと言われたメル達だったが、情報屋イーギを助けるため、動き出す。
果たして彼女達は無事イーギを助け出せるのだろうか?
無理をしない……そう言っておいてこんな作戦を立てたんだ。
皆を心配させない様にしないと……。
メルはそう心の中で誓いを立て詠唱を唱える。
「我と否定する我に幻創の身体を与えん……トランス」
魔法と共に徐々に変化していくメルの身体……その姿は母ユーリと瓜二つとなった。
そんな彼女は自身を見下ろし、溜息をつく……。
ぅぅ……尻尾が無いのが違和感だよ……。
それにこの胸……良くナタリアが言ってる抉り取りたいって事が分かった気がする。
だ、だけど今はそれどころじゃないよね……。
メルはリアス、シュレムへと目を向けると頷き合う……そして、二人は左右に分かれるように歩いて行き――。
「お姉ちゃん……」
リリアに呼ばれメルは振り返ると微笑んだ。
「大丈夫、きっとうまくいくから、ね?」
メルはそう残すと家へ向かって歩き始める。
家まで後数歩と言う所まで近づくと扉はゆっくりと開けられ、片腕の無い男が家の中から顔を出した。
「久しいな……」
「………………」
その言葉からやはりこの男はメルの母と面識があるのだろう事は分かり、メルは何も口にせずただ睨みつける。
「顔は変わったが、声は覚えてるだろ?」
「…………」
そう問われてもメルにとっては知らない人物だ。
更に言えば声に出したが最後、相手にはユーリではないとばれてしまうだろう……。
だからこそ彼女は睨み続ける……すると――。
「俺と話す言葉は無いってか!? おい! それを連れて来い!!」
そんな彼女の様子に苛立ちを隠すことなく、家の中の誰かへと声を掛ける。
その声に答え出てきたのはあの青年と縄で縛られたイーギの姿だった……。
彼は何かされた後なのだろうか? ぐったりとしている。
焦るメルはすぐにでも合図を出したかったが堪えるのだった……。
「人の事をコソコソ嗅ぎ回ろうとしたからな……何度も痛めつけてやった……」
「親父……こいつを使えば良いんだろ?」
男の声に続き青年は筒を取り出すとニヤリと嫌な笑みを浮かべ――片腕の無い男は同じ笑みを浮かべると頷く……。
そして、メルへと目を向け――。
「今からこいつには自分で死んでもらう……お前は知ってるだろ? ハリガネだよ……人を操るまで俺が改良をしたんだ!!」
大声でそう叫んだ後、笑う男を見て……メルはただただ哀れだと思った。
何故かは分からない……だが、この男は母によって何かを失い、ここまで墜ちたのだろう。
しかし、それでも命は残っていた……やり直そうとすればそれも出来たはずだ。
だが、選んだのは母への復讐……母を庇護したいかと問われればそうだと言えるが、それでも……彼の選択が間違いであるとメルは疑うことなく理解出来た。
「お前が悪いんだ! お前が殺したんだ!!」
「…………ッ!!」
勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた男の声を合図にするかのように筒をイーギへと近づける青年、だが――。
「――なっ!?」
ユーリ本人であれば到底間に合わないであろう、短い距離はあっという間に詰められ青年の持つ筒はメルによって蹴り上げられる。
「焔よ我が敵を焼き払え!! フレイムボール!!」
そして、その筒へと右腕を向けたユーリは魔法を唱え――筒ごとミミズを墨へと変えた。
「ま、魔法? なんでだ……お前は魔法が――」
予想外の展開に声の違いなど気が付かなかったのだろうか? 男は慌てて青年へとその視線を向け――。
「こ、この!!」
「っ!」
青年はメルへと剣を振り下ろす――しかし、それは……。
「あ、脚が!?」
前へと踏み出そうとした足は動く事無く……青年くずれかけた体勢を保つために地面へと剣を突き立てた。
メルが不思議に思い彼の足元を見下ろすと其処にはツタのような物が絡まっており――。
エスイルとドリアード? そっか……助けてくれたんだね……。
弟の顔を思い浮かべ笑みを浮かべた女性の身体は少女へと変わっていき――。
「だ、騙したな小娘――!! ふざけるなぁぁぁぁぁああああ!!」
ようやくそれに気が付いた男は叫ぶものの――。
「うるせぇよ!!」
土煙を上げ駆けつけたシュレムが振るった大盾によって殴り飛ばされる。
「親父!? このガキ共がぁぁ――――っ!?」
青年は青筋を立て、無理やりツタを引きちぎると再び剣を振るおうとするが、それは敵わなかった……。
「今回ばかりはシュレムに同意だな……黙ってろ……」
何故ならリアスによって投げられた針は首筋へと刺さっており、恐らくそれに塗られた毒で動けなくなったのだろう……。
男は顔を怒りに染めつつも、その場に張り付けられたかのように動かない。
「クッ……」
作戦は上手くいった……そう安堵をしたメルは片腕の男を捕らえるべく目を向ける。
「え?」
彼はシュレムの大盾により殴り飛ばされたはずだ。
しばらくは起き上がることは出来ない、そう考えていた……。
だって……あのお爺さんだって気絶させたのに……。
だが、目の前にある現実はゆっくりと見せつけるように立ち上がる男の姿。
黒い霧を纏い立ち上がった男は笑みを浮かべた。
「お、おい……嘘だろ? ちょ、直撃のはずだぞ!?」
彼を殴った本人であるシュレムは信じられないのだろう……。
焦った声が聞こえ、それはメルとリアスも同様だった。
シュレムは確かに攻撃を当て、男は吹き飛んだ……それも無傷では済まないほどの音を発し、吹き飛ばされた距離も決して短くはない。
「な、何で……服すら破れて……」
「いや、土一つ付いてない……なんなんだお前は!!」
リアスが指摘した通り、土を払った様子もないのにその服には一切汚れが無く……。
男は彼の問いに答えずに笑う――。
「…………」
その異様な威圧感にメル達は思わず黙ってしまうと――。
「面白い物を見せてもらったよ……いや、以前だったらあれで終わってたよ……」
「い、以前?」
以前ってこの人元々弱かったって事? でも、強くなっただけならおかしい。
魔法だって唱えた素振りは無い、なのに……綺麗すぎる……。
「ああ、以前だったらね……」
「な、なんだ?」
シュレムは何かを感じたのだろう、辺りを見回し始める。
すると――。
「え……? きゃぁ!?」
「なっ!? 風? エスイルか!?」
「なんだよ! なんでこっちに!?」
突風が吹き、メル達は驚いた。
しかし、二人には理解できないだろうがメルにははっきりと理解出来た。
この風、精霊じゃ……シルフじゃない!?
「何をしたの!!」
シルフではない……かといって魔法でも封風石の様なマジックアイテムでもない。
そう理解したメルは男へと問う――。
「ほう……魔法じゃないと気が付いたか……簡単だ。魔族は元来魔法より強力な術を操れる。それを使っただけだ」
「そ、それって……やっぱり」
ナタリアより存在だけは聞いていた自身の命を蝕む禁術……。
だが、それを実際に目の当たりにしてメルは蝕まれる者が彼自身、それだけではないと理解した。
「何……コレ……」
ただ自身の命を蝕むだけなら禁術とまで行くだろうか? ただの自己責任ではないだろうか? そう疑問に思っていた事はある。
しかし、何故母フィーナがそれに気が付かなかったのか? そんな疑問も浮かんできた……。
「これって……じゃぁ……これの所為で……」
「メルどうした? アイツが気持ち悪いのか!?」
「メル……何かあったのか!?」
信じたくはない、そう願った。
だが、彼女が知った事は紛れもない現実……。
『……メ……ル……』
メルの目に映ったのは苦し気な顔を浮かべたシルフであり、辺りを見回せばドリアードやウンディーネも同様だった。
そう……それこそが禁術とされた真の理由だと悟った彼女は――。
「…………ッ」
がっくりと項垂れ、尻尾だけを立て全身がぶるぶると勝手に震え始めた。
「ははははははは! 未知の力の前に屈するかい? この力があれば俺を貶めたあの女達だって殺せる!!」
殺す……? 街の人もリリアちゃんも精霊も苦しめて……。
その目的がユーリママ達を殺す事?
『それにねメル……人の命は天秤にかけられる物じゃないんだ……悪人でも善人でも殺めたら人殺しは人殺し、それを理解して苦しむか、理解してなお楽しむか二通りしかない、例え世界を救ったとしてもずっと裁かれない罪に苦しむしかないんだよ?』
メルの脳裏に浮かぶのは母ユーリに告げられた言葉と自身が殺めた男の顔だ。
そして、それを思い出すと胸は締め付けられ……歯はカチカチと音を鳴らしそうだった。
だが、彼女はそれに耐え――目の前の男を睨む……双眸で彼を捉えると尻尾の毛はさ逆立ち、頭の奥は熱を持ったようになり……今度は先程の精霊達の姿が思い浮かび――。
「ああ? なんだよその目は! お前はなんであの女と同じ目をしてやがるんだ!!」
「…………そんなの知ってるんでしょ? 私がユーリママの子供だからだよ」
母と同じ翡翠色の瞳で片腕の男を睨むメルは怒りに声を震わせながらも……問いに答えた。




