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光は泡沫に踊る  作者: 牧田紗矢乃


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13/14

荒波の子守歌

ショウの滞在は前回ほど長くはなかった。仕事の関係でどうしても帰らなければいけないのだという。


「行かないで」


 そう言って引き留めたかった。わたしの勇気が足りないせいで、実現はできなかったけれど。

 見送りに出るのは気乗りがしなかった。かといって、挨拶もなしに変えられるのも嫌だった。わたしは直前まで悩み、家を出るのを渋った。


 部屋の中を動き回りながら、どうしようどうしようと繰り返し呟いていると、約束の時間まで幾分もなくなってしまった。間に合わないことは必須だ。

 このまま約束をなかったことにしてしまおうという考えも浮かんだ。

 その時にわたしの頭をよぎったのは、ショウがいつまでもわたしのことを待ち続ける風景だった。


 ――そんなはず、ない。


 わたしは、自分の考えを振り払った。


 ――ありえない。絶対に。


 何度言い聞かせても、同じ光景が頭をよぎる。

 時間はとっくに過ぎてしまっていた。自分の想像が間違っていることを確かめたい一心で、わたしは待ち合わせ場所を覗きに行くことにした。




「こーや!」


 ショウは、そこにいた。いつもと変わらぬ底抜けに明るい顔でわたしを出迎えてくれた。

 遅刻したことを咎める気配もなく、普段通りの言葉を交わす。


「次は、こーやが僕のうちへ来て下さい」


 途中まで迎えに出ますから、とショウは続けた。

 平然としたその様子を見ていると、名残惜しさを感じていた自分がおかしいのではないかと思えた。


「父様と母様に聞いてみる」


 わたしが答えると、ショウはいつどこで待ち合わせようかと呟き始めた。

 わたしの話をまるで聞いていないかのようなショウの独り言に、わたしは慌てた。


「ちょっと、行けると決まったわけじゃないんだから……」

「こーやのご両親が、駄目だとおっしゃるはずがありませんよ。僕からもお願いしておきます」


 両親はわたしとショウが仲良くしていることを喜んでいるようだった。けれど、それがそのまま許可に繋がるとは断定できないはずだ。

 わたしは何とかしてショウを止めようとした。

 それなのに、謎の自信を見せるショウは、わたしの静止などお構いなしに予定を立ててしまった。




 外出は何度もしていた。けれど、父様と母様と時計台のある港町を見に行ったあの日以来、この集落から出たことはなかった。門限だって決められている。

 ショウの住む町に行くとなると、少なくとも一泊はしなければならない。だから、許可は下りないと思っていた。

 食卓で父様や母様と顔を合わせるのも気が進まない。


「……駄目、だよね」


 遠慮がちに話を切り出すと、父様と母様は顔を見合わせた。二人が無言で確認し合う、そのが怖かった。

 自分の言ったことを後悔していると、父様が口を開いた。


「行って来い」

「いいの?」


 わたしは驚いてしまった。

 あの二人が、こんなにもあっさりと了承してくれるなんて。信じられないの一言に尽きる。

 ショウのお願いの効果もあったのだろう。次に会ったらお礼を言わなくちゃ。


「そのかわり、ちゃんと帰ってくるのよ」


 当たり前じゃん、と返そうとして思いとどまった。わたしには前科があるから心配なのだろう。


「大丈夫。わかってるよ」





 何を着て行こう。どんなものを持って行けばいいんだろう。

 そんなことばかりを考えているうちに、ショウの所へ行く日が来てしまった。


「光弥、今日は少し波が荒いから気を付けなさいね」

「うん。何かあったら引き返す」


 母様に見送られて、わたしは家を出た。

 母様の言う通り、今日の海はいつもより荒れている。少しでも気を抜けば、違う方向へ押し流されてしまいそうだ。

 こんな日には外出する者も少ないと見え、誰ともすれ違わずに集落の外れまで来てしまった。


 ショウから教えてもらった目印を探しながら、方向を間違えないように進む。

 時々水面に上がって陸の様子も見た。


 前は汚くて嫌だった水が、いつの間にかきれいになっていた。おかげでかなり陸に近づいていたことに気付くのが遅くなってしまった。とはいえ、まだまだ陸は離れている。これ以上陸に寄らないように気を付けていれば大丈夫だろう。

 海は先ほどよりも荒れていた。さぶん、さぶんいう波の音が、四方八方から響いてくる。海自体が鳴っているようだ。

 海の音を聞くうち、雨まで降りはじめた。いつも話に来てくれるお婆さんが、雨には酸が入っているから浴びない方がいいと言っていた気がする。なんでも、酸は物を溶かしてしまうらしいから。


 最初は恐る恐るだった。触れた所が本当に溶けてしまうと思っていたから。でも、雨は海水よりも少し冷たいだけで、他は何ともなかった。

 わたしは上から落ちてくる水が不思議で、忠告を無視して雨を手に受けて遊んでいた。口で雨水を受けてみたりもした。

 雨にはほとんど味はない。遠くの方に苦味のようなものがあったけれど、それが酸なのだろうか。


 ショウを待たせているかもしれないと思い至ったのは、雨に飽きてからだった。いつものように水中へ潜り泳いでいると、向う側から何か大きなものが来ているのが分かった。


 ――……船だろうか。


 わたしは、水面から様子を窺った。

 そこにあったのは、見たこともないような高い波だった。その波は、そびえ立つ壁のようだ。

 わたしは水中に潜って波をやり過ごそうと思った。でも、わたしが動くよりも波がわたしを飲み込む方が早かった。

 物凄い力で体を引きずり回された。声を出すこともできない。体を自由に動かすこともできない。


「ショウ……助けて……」


 必死に手を伸ばしても、触れるのは形のない水ばかりだった。

 わたしの視線の先に岩があった。


 ――ぶつかる! このままだと……。


 波の力は強く、完全によけることはできそうもない。わたしは体をよじってもがいた。

 回り過ぎたせいで目が回ってしまったようだ。岩も見失ってしまった。どちらが水面なのかもわからない。


 わたしがパニックに陥っていると、後頭部に鈍い衝撃があった。

 痛いと感じるよりも先に、わたしの意識は途切れた。

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