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光は泡沫に踊る  作者: 牧田紗矢乃


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12/14

唯一の誓い

「切りますよ」


 礁太の声は少し震えていた。髪は女のステータスなのだから、当然のことだろう。

 ナイフが髪を切るにつれて、徐々に頭が開放されるのを感じた。

 体が自由になると、わたしはまず髪に手を伸ばした。耳の少し上に指を差し入れ、そのまま下へ降ろしていく。


「え?」


 わたしの髪は、思った以上に短くなっていた。

 腰ほどまでの長さだったのが、今は肩甲骨の下までしかない。しかも、左側が少し長くなっているようだった。


 長さを揃えるためにも、美容室に行って切ってもらわなければいけないだろう。元の長さまで伸びるのはいつの日になることやら……。

 わたしが思考を巡らせていると、礁太が声を掛けてきた。


「短すぎましたか?」

「……うん。さすがにこれは」


 わたしは髪に指を通しながら、苦笑いで答えた。

 短い方が手入れは楽だが、物足りないような、寂しいような気分になる。そんなわたしを気遣ってか、ショウは笑みを浮かべた。


「僕はもっと短い方が好みなんですけどね」


 悪びれない礁太の物言いは、前に会った時と変わっていない。


 ――だからといって、気を抜いちゃ駄目だ。

 わたしは自分に言い聞かせる。


「それで、礁太さんは何をしに来たの?」


 できるだけ関心のない風を装って、わたしは問いかけた。すると、それを聞いた礁太が眉間に小さくしわを寄せた。


「こーやは酷いですよ。せっかく会いに来たのに」

「他に女がいるんでしょ?」


 酷いのはあなたの方でしょ? 切り返したくなるのを堪えてわたしが問い詰めると、礁太は驚きで目を丸くした。

 予感的中だ。そう思って睨み付けると、笑顔の礁太と目が合った。

 わたしは虚を突かれて、視線を外した。


「僕にはこーやしかいませんよ」

「嘘はいらないの。連絡ひとつないってことは他に誰かいるんでしょ」

「嬉しいなぁ」


 礁太の言うことが全く理解できなかった。

 何が嬉しいのだろう。前に怒った顔が見たいとか言っていたけれど、それのせいだろうか。


「こーやが妬いてくれてるんですもん。こんなに嬉しいことはないですよ」


 満面の笑みを浮かべる礁太の頬を、ひっぱたきたい衝動にかられた。


「残念ながら仕事です。旅費を稼がなければいけませんでしたからね。連絡できなかったのは本当に申し訳ない」

「あぁ、仕事……ね」


 これが父様や母様の言ったことだったら、信じられなかったはずだ。

 遠くに住む礁太が、わざわざ言いに来る必要があるほどのことだろうか。そう考えれば、礁太の言うことも抵抗なく受け入れられた。


「……変な勘違いして、ごめん」

「いいえ。勘違いされるようなことをした僕も悪いんです」


 ですが、と礁太は続けた。


「僕からこーやにひとつだけ命令していいですか?」

「命令?」

「僕を疑った罰です」


 礁太は無垢な笑顔をわたしに向ける。その表情からは、何を考えているのかが全く汲み取れなかった。

 礁太のことを、これほどまでに恐ろしいと思ったことはなかった。けれど、それ相応のことをしてしまったのだから、と自分に言い聞かせた。


「いいよ」

「僕のことを“礁太さん”と呼ぶな。以上です」


 表情は冷たく、口調は厳しかった。礁太がそんな風に話すのを聞いたのは、初めてだ。

 心臓がきゅっと縮こまり、呼吸が苦しくなる。わたしは、無意識のうちに頷いていた。


「そんな簡単なことでいいの?」


 動揺していることに気付かれるのは嫌だったから、極力普段と同じように答えようとした。けれど、わたしの声は自分でもわかるほどに上ずっていた。


「何があったか知りませんが、急に距離を置かれたみたいでつらいんですよ。わかりますか? 光弥サン?」


 冗談っぽく言っているが、本音であることに間違いない。わたしはショウの命令を聞き入れることにした。




 久し振りのショウとのデート。

 男と女が二人きりで遊ぶことを“デート”というのだと教えてくれたのもショウだった。

 いつもお世話になっているショウのために、今日はサプライズを用意した。


「ショウ!」


 やはり先に来ていたショウの元へ、急いで泳ぐ。急ぎ過ぎたせいで、母様から借りた帽子が外れてしまった。


「あっ……」


 わたしとショウが同時に声を上げた。

 わたしは急いで帽子を回収すると、ショウの前で乱れた髪を整えた。


「こーやったら、僕の冗談を真に受けてくれたんですね」


 ショウの視線は、わたしの髪にくぎ付けになっていた。




 髪を切った日の母様の驚きようは酷かった。

 髪の長さと美しさが全ての世界で生きてきたのだから、これも仕方のない反応なのだろう。


 わたしは髪を肩上で切り揃えてしまったのだから。


 母様は、わたしが“デート”に行くと話すと、髪型に対する小言は言わなかった。

 “デート”というのは魔法の言葉なのかもしれない。

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