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光は泡沫に踊る  作者: 牧田紗矢乃


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ビン詰めの気持ち

「光弥、ちょっと来なさい」


 母様がうるさい。面倒だ、放っておこう。


「光弥ったら!」


 しびれを切らした母様が勝手に扉を開けて入ってきた。こんなこと、一度もされたことはなかったのに。


「なに」

「手紙よ。この前の礁太さんから」

「えっ……」


 母様がおかしな芝居を始めた。そうとしか思えなかった。手紙の入ったボトルに「風波光弥様へ 渦島礁太」という署名を入れる手の込みようだ。

 わたしは、わざとらしくため息をつきながらボトルの中の手紙を取り出した。


「お久しぶりです」から始まる文章は、随分と徹底して作りこまれていた。わたしと礁太しか知らないはずのことが、いくつも書いてある。しかも、「近いうちにまたお邪魔します」で締める凝りようだ。


「ご苦労様。大変だったでしょ」

「何よ、その言い方は。そりゃ、あなたが返事をしないから大変だったけど」

「じゃなくて。こんなもん作るくらい暇なの?」

「作る……? 違うわよ。礁太さんが送って下さったんじゃない」


 母様の言葉が、嘘臭くて仕方ない。

 わたしは疑いの眼差しを向けた。


「そんなに疑わしい内容なの?」

「今度こっちに来るって」


 全く白々しい。わたしは苦々しく思いながら手紙の一部を母様に見せた。

 母様は柔らかく微笑んだ。


「よかったじゃない」

「呼んだの?」

「私は知らないわよ。きっと父様もご存知ないわ」


 母様はあくまでもシラを切り通すつもりらしい。わたしは母様を部屋から押し出すと、今度はしっかりと鍵を閉めることにした。

 錆びついた鍵は、動かすのにかなりの力を要した。この分だと、しばらくは誰とも会わずに済みそうだ。





「こーや」


 ショウがわたしを呼ぶ。


 ――駄目、あの礁太は偽物だ。騙されちゃ、駄目だ。


 何度も何度も自分に言い聞かせた。そのうちに、ふっと「これは夢だ」という声が浮かんできた


 ――なんだ、夢なのか。


 わたしも妙に納得してしまう。


 ――夢だったら、別に会ってもいいよね?


 わたしは窓から外を覗き見た。


「こーや。やっと見つけた。探したんだよ?」


 窓に張り付くようにして待ち構えていたのは、行方不明になった頃の幼い礁太だった。

 礁太の体には、幾重にも海藻が巻き付いている。海藻の隙間からのぞく礁太の肌は、腐乱し、崩れかけていた。


「やぁぁァァァッ!」





 飛び起きた時、わたしの息は大きく乱れていた。心臓が飛び出しそうなほどに暴れている。

 わたしは胸に手を当て、深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けようとした。


「こーや?」


 名前を呼ばれて、落ち着きかけていた鼓動が今度は停止してしまった。全身の血の気が引いていくのがわかり、心臓を握られているような錯覚に陥った。


「こーや、大丈夫ですか? 酷くうなされていたようですが」


 礁太は扉の向こうにいるようだ。いくら礁太でも、この扉をこじ開けることはできないだろう。

 それに、声の響きは子供のものとは違う、大人の低さだ。大丈夫、夢で見たアレではない。

 思考を巡らせて自分を落ち着かせようとした。けれど、一つだけ理解できないことがあった。


「礁太さんは、どうしてここにいるの」

「礁太……さん? 嫌ですねえ、こーやは手紙を読んでくれていないんですか?」

「手紙?」


 わたしが最近もらったのは、母様が作った偽の手紙だけだ。


「手紙に行きますよって書いたんですけれど、伝わっていなかったのであればすみません」

「違っ……」


 あれは母様の捏造ねつぞうで、わざわざ礁太を呼び出したに違いない。わたしが偽造に気付いてしまったがために、礁太にも迷惑が掛かってしまったのだ。


「ごめんなさい」

「こーや?」

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。こんなわたしのために……」


 わたしにできるのは、謝ることしかなかった。


「分かりましたから、この戸を開けて下さい。顔を見せて」


 礁太に言われるまま、わたしは鍵に手を伸ばした。

 鍵を開けようと、力を込めた。けれど、軋む音が小さく聞こえただけで手ごたえはない。どれだけ頑張っても、手が痛くなるだけだった。


「……開かない」

「叩き壊せますか?」

「やってみる」


 わたしは部屋の中で固い物を探した。見つけたものを片っ端から鍵にぶつけていったが、陸上でやるようにはいかなかった。

 壁も分厚い岩でできているので、破ることは容易ではない。


「こーや、こっちへ」


 窓際に回った礁太が手招きしていた。確かに窓は何もはまっていないから通路になり得るだろう。けれど、わたしの部屋の窓は訳が違う。窓の中央で十字に区切られているのだ。

 これでは体のどこかしらが引っかかってしまって出られないだろう。


 でも、本物の礁太が窓の外で待っていてくれる。


 わたしは半ば自棄やけになって窓に手をかけた。

 体の向きを少しずつ調整しながら、ゆっくりと窓枠をくぐった。重力の関係ない水中だからこそなせた技だ。

 体の一部が引っかかったように感じることもあった。だが、礁太に手を引いてもらいながら少しもがけば、思いのほか順調に体は窓枠をすり抜けた。


 腰まで外へ出て、後は尾びれを残すだけになった。ここのところ絶食気味だったせいで少し細くなっていたからのようだ。

 思い切り水を蹴って勢いを付けた方が楽に出られるかも知れない。ただの推測でしかなかったが、考えるよりも先に行動に移した。


 大きく尾びれを動かすと、体がスッと前へ出る。これで通り抜けられた。そう思った瞬間だった。

 強い力で髪を引かれ、首が後ろへ反った。尾びれは何とか外に出たが、髪を何かに掴まれているせいで自由に動けもしない。


「こーや!」


 礁太は突然、窓枠と格闘を始めた。


「何してるの?」

「髪が絡まってるんですよ」


 わたしの髪を掴んでいたのは、窓だったらしい。礁太はそれを解こうとしてくれていたのだ。

 何度も体をねじったせいで、髪は複雑に窓に絡みついていた。


「切ってもいいよ」


 思った以上に礁太が手こずるので、わたしは言ってしまった。礁太の手が止まる。


「本当に……いいんですか?」

「うん。母様に言えばナイフくらいは貸してもらえるだろうし」

「わかりました」


 礁太がいなくなってから、わたしは自分でも何とかしようと足掻いてみた。けれど、余計に複雑に絡まってしまったのですぐにやめた。

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