大天才の素顔①
選抜試験は異例の事態となり、会場中がざわついた。
王子直々に告げられた不合格。
しかし、一人だけ異を唱え、王子に挑んだ者がいたという。
「ブレイブ家って落ちこぼれじゃなかったのか?」
「殿下に善戦してるぞ」
ブレイブ家を知る貴族たちは、彼女のことを侮っていた。
所詮は没落貴族の令嬢。
ここに残れたのも偶然か、あるいは奇跡。
しかも女性であることは、肉体的なハンデを抱えている。
それなのに……。
「すごい……」
彼らは目撃する。
大天才と打ちあい、未だ倒れることのない一人の女騎士の姿を。
圧倒的才覚の差に、皆が王子を恐れた。
勝てるはずがないと。
最初から諦めてしまっていた。
彼女が違う。
挑んだ。
圧倒的な差を知りながらも、剣を握って戦っている。
その姿に、多くの人は感銘を受けた。
「チッ……」
中には快く思わない者もいた。
しかし多くの者たちが、彼女の努力を認め始める。
これは始まりである。
一人の大天才を隣で支える騎士がいる。
◇◇◇
「戻りました」
試験終了後、私は真っ先にラントさんの元へ向かった。
どうしてもすぐに伝えたかった。
ラントさんは訓練指導中だったけど手を止めて、他の騎士の方々も集まってくる。
「ミスティアちゃん! どうだった?」
「合格しました!」
「本当か!」
「はい!」
合格を伝えた直後、歓声が沸いた。
ラントさんだけじゃなく、周りの騎士たちも一緒に喜んでくれた。
おめでとうという声が響く。
彼らはラントさんと一緒に、この七年間私のことを支えてくれた。
一緒に喜んでくれることが何より嬉しい。
期待に応えられて、心からホッとする。
「よし! 今日の訓練はここまでだ! お前たち! 祝いのパーティーをするぞ!」
「さすが隊長! わかってますね!」
「そうと決まれば準備だ! 今から会場は無理だから、どこかいい店を決めるぞ!」
「私も手伝います!」
「ばーか、主役は堂々としてればいいんだ。ですよね? 隊長!」
「ああ。疲れただろう? シャワーでも浴びてくるといい」
「……ありがとうございます!」
確かに汗だくだ。
訓練後よりも疲れがどっと来る。
私はお言葉に甘えて、皆に任せてシャワーを浴びに行く。
「隊長」
「ああ……寂しくなるな」
◇◇◇
「ミスティアちゃんの合格を祝って、かんぱーい!」
「「かんぱーい!」」
皆がお酒を片手にグラスをぶつけ合う。
私はお酒が苦手なのでジュースで乾杯をした。
ラントさんの部隊に所属する騎士全員が集まると、お店を貸し切ってもパンパンだ。
「おめでとう! うちの隊から専属騎士が出るなんて最高だな!」
「ありがとうございます。皆さんが快く指導してくれたおかげです」
「何言ってんだ! ミスティアちゃんが毎日頑張ってたからだろう? 俺らなんて、ミスティアちゃんに剣でも抜かれまくってるしなぁ。でも不思議と悔しさはないんだ。俺たちの中で一番、頑張ってるのを見てるからかな?」
「皆さん……」
なんて温かいのだろう。
私のような他人、しかも貴族としても中途半端で、地位などなくなってしまった令嬢に、ここまで優しくしてくれる。
ラントさんだけじゃない。
ここにいる全員が、まるで私の家族のようで……。
「ミスティアちゃん? 泣いてんのか?」
「いえ、嬉しいだけです!」
ラントさんが私の肩にぽんと手を置く。
みんなに感謝している。
でも、やっぱり一番感謝したいのはこの人だ。
彼があの日、指導を名乗り出てくれなかったら……。
今の私はいなかっただろう。
「ラントさん、本当にありがとうございます」
「こちらこそ。少しは恩返しができたかな」
「十分すぎるくらいです!」
「そうか。なら……よかった」
ラントさんの瞳に涙が浮かんでいる。
嬉しそうなのだけど、少し寂しそうにも見える。
「ラントさん?」
「ミスティアちゃん……いいや、騎士ミスティア」
「はい!」
「明日より君は、殿下の専属騎士となる。よって、我が部隊に所属するのは今日までだ」
「――!」
そうか。
そうだった。
どうして……忘れていたのだろうか。
私がここにいるのは、見習い騎士として働かせてもらっているからだ。
専属騎士になれば、殿下の元で働くことになる。
当然ながら、騎士団に毎日顔を出すことはなくなるだろう。
今まで通り、彼らと訓練することは……。
「……」
涙が流れる。
嬉しかった気持ちが、一気に流れるように。
「泣いちゃダメだ。君は成長した。先に進んだんだよ」
「……ぅ……」
そうだ。
私はこのために努力してきた。
ここにいるみんなだって、私を強くするために協力してくれていたんだ。
悲しんで流す涙は、彼らが私に費やしてくれた時間を侮辱する。
涙をぬぐい、私は立ち上がる。
「皆さん! 今まで本当にありがとうございました!」
私は叫ぶように伝える。
自身の想いを。
「皆さんのおかげで夢に近づけました! この七年間は私にとって宝物です! お兄さんがたくさんできたみたいで嬉しかった! 一人じゃないって思えて……安心しました!」
「こっちこそありがとな!」
「毎日楽しかったぜ!」
「ミスティアちゃんの兄ちゃんか。そう思われるのは光栄だぜ」
子が育ち、家を出る。
まさにそんな感覚なのだろう。
私は巣立つ。
育ててくれた人たちに、最上の感謝を告げて。
夢に向かって、突き進む。
明日から私は見習いじゃない。
第一王子付き専属騎士、ミスティア・ブレイブだ。




