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ケーキ 後編

 近くのカフェに連れ込んで数分、現実に戻ってきた彼女……弥勒に現状を説明し終え、カプチーノを一口含む。ぐるぐると表情を変えていく彼女に説明するのは面白く、つい遊びすぎてしまったが。


「えっと……つまり、貴女が双寺院さんを押し止めてる間に登代のお父さんが大変な状態って連絡が来たから、運転手を求めて来たってことですか?」

「えぇ、彼のチェイスは中々の物だったじゃない? 私は明後日に大きなのを控えてるから、怪我のリスクは避けたいの。」

「……本当にそれだけですか?」

「あら、勘がいいのね。」


 口角を上げる八千代に、弥勒は鋭い目を向ける。邪魔された事がお冠らしい。


「いいじゃない、別に恋人って訳でもないのでしょう?」

「それは……そうですけど。って、そうですよ! なんですか奥方って! 貴女のお兄さんになんて説明したんです!?」

「嫌なの?」

「嫌……では無いですけど!」

「本人の居ない所だと素直なのね。」

「人で遊ばないでください。」

「残念、止められちゃったわ。」


 目の前の弥勒の怒り等なんともないと言うように笑う八千代に、言っても無駄だと諦めた彼女が追求を止める。

 それよりも、彼女の場合は早々に切り込んだ方が良い。目的を知らない事には、弄ばれて終わるだけだ。あの七日間ではやり込められてばかりであり、あまりいい思い出は無い。


「なんの為に双寺院さんを引き離したんですか?」

「あら、逆よ。彼に近づく為に貴女に近づいてるの……そんなに不安そうな顔しなくても、彼は私の好みじゃ無いわよ。私、感情が分かりやすい人の方が好きなの。」

「そんな顔してないです。」

「頑なね、折れない女は可愛く無いんじゃない?」

「蝎宮さんも折れないじゃないですか。」

「可愛い時代は過ぎたの、私。女の武器はそれだけじゃないでしょ?」


 自信という言葉を体現するかのように言い放つ八千代と、また会話のペースを持っていかれたと歯噛みする弥勒。美女が二人、ピリピリしている空気に緊張する周囲の被害者。

 およそカフェらしくない空気に店員でさえ動くのを躊躇している中、急に弥勒の肩を抱きしめる存在が一人。


「珍しいのね、弥勒がカリカリしてるなんて。」

「貴女……」

「ふふ、お久しぶりね? 蠍さん?」


 少し血色の悪い、小柄な女性。枝のような指で口元をなぞって笑うと、彼女は周囲を見渡した。


「皆、何を恐れているのかしら。」

「十中八九、登代の事よ……慣れてきたのは嬉しいけど、ちょっと鈍感になったんじゃない?」

「私、元々こんな感じよ?」

「まぁ、うん……そうなんだけど、そうじゃなくて。」


 呆れたように額を揉む弥勒からは、先程のピリピリとした空気は無い。ほっとした周囲も動き出し、残念と肩をすくめる八千代もカプチーノを飲み干した。


「随分と雰囲気が違うのね。なんでここにいるのかしら?」

「弥勒が居るから?」

「……本当に変わったわね。」

「貴女の知ってる私が、変わってたのよ。あんなに怒りっぽく無いもの、私。」

「怒りっぽいというか……まぁ良いわ。とにかく、そっちも色々あったみたいね?」

「そっちもって……貴女の方でも何かあったんですか?」

「そうねぇ……私、好奇心が強いらしくてね。あの機械の事も気になってたの。調べるキーワードは、刻印された数字と画面に記載された文字フォント。結果は……双寺院。」


 ニコニコと笑う八千代の言った結果とやらに、一気に弥勒の敵意が上がる。急な感情の変化に()()()()()()のか、登代も剣呑な顔つきになる。

 再びピリついた空気に、周囲の緊張が再燃するなか、八千代は新しい飲み物を注文して話を続ける。


「だから、彼に話を聞こうと思ったら……雲隠れしちゃうんだもの。個人的に調べるにしても、私は女優。スパイの真似事は出来ても、本当に情報を抜き取れる訳じゃない。用意された舞台でこそ、輝く生き物なのよ。」

「三成さんが、あのゲームを仕組んだなんて有り得ません。あんな……」

「あら、そう? でも彼、ゲーム中も貴女のことばっかり。浮いた存在だったと思うけど。」


 何を言っても、反論の材料がある。そんな態度の八千代に、説得されたくなくて言葉を詰まらせる。そんな友人の姿に、今なお椅子に座らずにいる登代が口を開く。


「あの人、私を見つけられなかったの。招待するのは無理があるんじゃない?」

「そうかしら? 貴女の使ってた端末の持ち主さん、彼は知ってたみたいだけど。」

「まさか、さっきの話……!」

「あら、それは本当よ? 確かめたのはついで。」

「何の話?」


 覗き込んでくる登代へ、首を横に振ってなんでもないと答えた彼女が立ち上がる。座ったままの八千代から伝票を奪い去り、睨みつける。


「とにかく。貴女の好奇心には付き合う気は無いですから。」

「彼は違うようだけど。」

「知りません、勝手にすれば良いんです。ですが、私達には関わらないでください!」

「嫌われたものね。」


 そうなっても構わないと振舞ったのは自分だが、少しやり過ぎたか。想像以上に世間知らずだった乱入者を引っ張って出ていく彼女を見送り、追加で頼んでいた紅茶に手をつける。

 あの反応を見れば、三成の関与の件は、彼女から見ても怪しい点があるようだ。単純に彼がそういった振る舞いを好んでいるだけな気もするが、訪ねる価値はありそうである。

 あのゲームの日以降にある、僅かな変化。それは無視できない程度には、彼女を蝕んでいた。別に悪い物ではない、しかし気にはなるものだ。


(人の関心が見える、だなんて……御伽噺でもあるまいし。)


 小さい頃から、他人の興味というものに敏感だった自覚はあるが、今日は確信に変わった。この短期間で、登代と呼ばれていた女性があそこまで慣れる筈が無い。

 少し齧った程度の医学知識でも、十年近く逃げ続け、悩み、囚われていた物がふと変化するなど、考えられない。一人で行動するなど、尚更だ。

 あのゲームは、きっとまだ終わっていない。何かある、それを知りたい。


(生憎……掌の上で転がされるの、趣味じゃ無いのよね。舞台を作る者として、演者には全部書いた台本を渡して貰わないと。)


 理想を演じる為に、自分を固める時が来たらしい。常識や日常に囚われていたのでは、脚光を浴びる事は出来はしない。かといって暴れるだけでは迷惑なばかりだ。

 必要なのは、それを凌駕する経験だ。自信はあるが、それは世間や当たり前からの尺度で測った値。まだ学生だった頃から、何一つ抜け出せてなどいない。


(あの子を救う方法なんて、幾らでもあったはず……あのゲームで、そんな簡単なコトがやっと見えた。)


 あまりに傍若無人な人達、自由に己が傲慢を盲信する烏合の衆……きっとそういう人物になれたのであれば、自分にも救えたかつての級友。

 だがダメなのだ。どうしても失う事だけは。無くなってしまえば受け入れられるというのに、自分の手で壊すことが……出来ない。


「まぁ良いわ、私には私のやり方がある。」


 代金は弥勒に支払われてしまったので、出ていくのに不都合は無い。一時間程度は話し込んでいたが、まだ日が落ちるにも早い時間。帰るにもぶらつくにも中途半端だ。もう少し遊ばずに、弥勒を引き止めておいても良かったかもしれない。


「こんなに時間が開くのも久しぶりね……料理でもリベンジしてみようかしら。」


 レシピと設備が手元にあるのなら、あの時のように悲惨にはならない……筈だ。少なくとも調味料が過ぎれば辛いという事は学べている。

 兄が帰ってくる頃には深夜だろうが、家に寄ってくるという確信がある。クリスマスらしいディナーでも用意しておいてやれば、随分と喜ぶだろう事は想像に難くない。


「これだけ時間があれば、ケーキとチキンくらい作れるんじゃないかしら。」


 素人のあまりに雑な計算と共に、材料を揃えに行く為に歩きだ……そうとして立ち止まる。


「そういえば食材って……何処で買うのかしら。」


 前途多難であった。




 子供のような質問を繰り返す美女、が噂になる前に材料の購入は済ませることが出来た八千代は、自分の部屋へと帰り、買ったばかりの本を開く。

 表紙に「簡単レシピ! 見映えのするクリスマス編」とあまりに分かりやすいタイトルが丸文字で飾られているそれをパラパラと捲り、全容をある程度把握してから最初に戻る。


「なんで下準備が、前日とか昨晩とかいう大切な事が最初に無いのかしらね。まぁ、そんなに変わらないでしょう……多分。」


 兄から届く山のような連絡が途切れ、向こうで施術に入ったのだと言うのは分かる。今は夕暮れ、容態が安定すればトンボ帰りするのは目に見えている為、スムーズに行けば日付が変わるころだろうか?

 逆算すれば二時間程、猶予がある。しないよりマシだろうと、肉に塩を揉みこみ、調味料を混ぜ合わせて漬け込んでおく。

 香草と野菜は刻んで置いておき、じゃがいもの皮を剥いて蒸し器にセット。その間にケーキの生地を作る。


「甘い物は分量を守れって聞くけど……秤を買ってなかったわね。感覚で行けるかしら……?」


 学ばない、学んでいない。買ってから一度も使っていない泡立て器で、感覚で混ぜ合わせた材料をひたすらに混ぜる。まだダマが残っているが、タイマーが鳴り響いた。

 蒸しあがったじゃがいもは、マヨネーズと和えて潰し、冷やしておく。生地を混ぜる作業に戻り、やっとオーブンに入れた頃には猶予は無くなっていた。


「電動ミキサー、買おうかしら……」


 辺りに散った粉と少しの生地を拭い、ポテトサラダに野菜ビーズを混ぜ込んでクラッカーに盛り付ける。ツリーのように尖らせ、星型にくり抜いた人参を飾っていく。

 それは再び冷蔵庫へ、代わりに取り出したチキンの脚を縛り、中へ香草と野菜を詰めてオーブン……


「使ってるんだった……間に合うかしら、これ。」


 とりあえず時間は有限である。ミネストローネのページを開き、料理を再開するのだった……




「……作りすぎたわね。」


 時間は一時、今日の仕事は無いのが救いか。メリークリスマスというにはあまりに疲れ果てた彼女が、ソファーへと身を預ける。時間潰しと言うには、あまりに過酷だった。

 吹きこぼしや散った油分、クリームなどが掃除しきれていない台所へは、目を向けないでおく。元々、掃除は好きでは無い。

 項垂れている彼女に、チャイムの音が聞こえた。合鍵を持っているだろうに、使う気は無いらしい。外から明かりが見えたから、起きているのはバレている。拗ねられるのも面倒なので、迎えに出よう。


「ただいま。患者さんのバイタルは安定したよ、あとは目を覚ますまで、大きな危機は無いだろう。」

「お疲れ様。コート、貰うわ。」

「あぁ、ありがとう……うん? 豪勢な夕食会かな?」


 香りで分かったのか、まだ食べていなかった事を疑問に思ったらしい。予定無く待つ、等と言うのは三十分も持たない八千代なので、とっくに食べたと思ったのだろう。


「少し手間取っちゃって。やっぱり家事は向かないわ。」

「……八千代の手作り!?」


 幼子のように喜色を顔に表す兄に、頑張ったかいはあったかな、等とほくそ笑み。奥へと案内する。


「今年もお疲れ様、兄さん。休みは明後日から?」

「三日後だよ。あぁ、でも十日だって頑張れそうだ。」

「食べてから言って……あんまり期待しないでね?」

「無理かな。」


 美味しいというには薄味の夕食だが、それは残さず頂かれた。

 雪の降る町、聖夜の夜。奇跡が起きるか否か、結果を見るにはまだ種は撒かれたばかり。夜空に、高く輝く双子座が、瞬いた気がした。

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