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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第一章 1年遅れの関係

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8.なんか違う

 


 優心の説教が終わり、落ち着いた3人は本題に戻る。


「で、結局はどういうことなの?」


「春馬、説明してあげなさい」


「俺ぇ!?…いやなんでもないです。説明します。だから、また説教されたいの?みたいなその目やめろぉ!」


 分かってるじゃないか。流石は俺の親友。


「えーと、詳しく話すと長いから端折るけど、要は氷川さんに挨拶を返してほしいって話だよな?」


「正確には笑顔でおはようって言って欲しい。挨拶はもう返してもらったからな」


「挨拶の話は後で詰めるとして、まあそういうことだ」



 説明を終えると、雛は怪訝そうな表情で、


「嘘でしょ?てことは、そこに愛だの恋だのは無いってこと?春は来てないってこと!?」


「まあ、そういうことになるかな。なんか、恋とか愛って感じとは少し違うんだよね」


「そんな馬鹿な………、あーちゃんを見て恋に落ちない男がいるなんて………」



 いやそれは普通にいるだろ。なんなら春馬とかそうだろ。

 ちなみに春馬に恋人はいない。選び放題だと思うのだが、本人曰く「うまくハマる人がいない」らしい。こいつの感性はよく分からんが、贅沢なことこの上ないな。


「あーあ、ようやくあーちゃんの幸せそうな顔が見れると思ったのになぁ」


「待って。その口振りからすると、もしかして山﨑さんでも氷川さんの笑顔は見たことないのか?」


「ん?そうだよ?あの娘は絶対に人前で笑顔を見せない。どころか、表情一つ変えないよ」



 そんなことってあるのか?親友の前でも素を出さないなんて。昨日はだいぶ打ち解けたと思っていたけど、まだまだ知らないことだらけみたいだな。



「そうだったのか。意外と表情が豊かな人だから、山﨑さんの前なら普通に素を出しているかと思ったんだけど」


「表情が豊かだって?トバっちには聞かなきゃいけないことがまだまだあるみたいだねぇ?」


「優心、今度はこっちの番だな」



 まずい。何とか話を逸らさなければ。



「そ、そうだ。この肉じゃが、氷川さんが作ってくれたんだ。いっぱいあるから2人もどうかな?」


「話を逸らすな……って言いたいとこだが確かに美味そうだな」



 よし、何とか上手くいきそうだな。だが、山﨑さんの様子がおかしい。



「あれ?この肉じゃが、あーちゃんがご機嫌の時しか作らないやつじゃん。よっぽど良いことがあったんだねぇ」



 全然逸らされてくれない。

 この分じゃどう足掻いても逃げられなさそうだな………。



「良いことどころか悪いことしかなかった気がするんだが」


「トバっち、どういうこと?」


「ええと、実はだな………」



 かくかくしかじか。



「何それすっごぉ!トバっち王子様じゃん!そりゃご機嫌にもなるよ!」


「なんでだ?」


 今の話のどこにご機嫌になる要素が?


「鈍感かよトバっち。いい?女の子ってのはね、誰でもロマンチックな瞬間に憧れるものなの。いくらあーちゃんでもそれは変わらないと思うよ?」


「そういうものなのか」


「そういうものだよ。だって、襲われそうになったところを助けてもらって、しかもそれが隣人のクラスメイトって………、ここはラブコメの世界か?」



 勢いがすごいな………



「しっかし、本当に恋愛感情はないのかぁ。なんか残念」


「俺はただ彼女が笑っているところを見てみたいだけだからな」


「それそれ、聞きたかったんだよね。どうしてあーちゃんの笑顔が見たいの?」



 どうして、か。そう言われるとどうしてなんだろうな。確か、彼女を一目見たとき唐突にそう思ったんだよな。この人にこんな()()()()()顔は似合わないって。恥ずかしくて人前じゃ言えないけど。




 ………なんだ、答えは出てるじゃないか。




「たぶん、昔の俺と似てるからだろうな」


「ああ〜、それだ!言われてみれば、優心が昔の話した時の顔に雰囲気が近いわ」


「む、何か重いお話の感じがするね。雛ちゃんはできる女なのでその辺は聞かないでおくよ」


 本当にできる女はそもそもこんな話をしないと思う。

 そう思ったが口には出さない。

 でも、この人になら話してもいいだろう。他のやつらからの悪意みたいなのを、この人からは全く感じない。

 それに、あの氷川さんが一緒にいることを許しているのなら尚更だ。


「別に聞いてくれてもいいんだけどさ。俺、家族がいないんだよ。事故で俺以外全員亡くなった。俺を引き取って面倒見てくれたじいちゃんばあちゃんも老衰でね」


「うっ、思ったよりもヘビーな事情………トバっちは辛くないの?」


「全く辛くないとは言わないが、それでも事故当時に比べたらだいぶマシだ」


「そっか………そりゃ、あーちゃんと似てるわけだよ」


「山﨑さんは氷川さんがああなった理由を知ってるのか?」


「大まかにだけどねー。あーちゃんのプライバシーに関わるからこれ以上は話せないけどね」


「そのあたりは無理に聞かないようにしようと思ってる。……なんか重い感じになったしそろそろお開きにするか」


「もう昼休みも終わっちゃうしそうしよっかー。あ、そうだトバっち。連絡先、交換しとかない?」



 おっとまさかの提案。女子の連絡先はこれで2つ目だがなんか緊張するな。一つ目は必要に迫られてのものだったし。



「分かった」


 そうして俺たちはメッセージアプリのIDを交換し、ユーザー欄に「ひな」の文字が追加される。流石女子らしいというか、アイコンは可愛らしい猫の画像だった。

 後で聞いてみたが、家で飼っている猫らしい。名前はサブロー。ちなみにメスで三毛猫でも3匹目でもないらしい。解せぬ。


 片付けを終えた俺たちは屋上を出ようとドアノブに手をかけると……あれ?今、扉の向こうに誰かいたような……気のせいか。

 よく考えたら、入れないと分かっているのに来るやつなんていないだろ。



 そうして俺たちは教室へと帰っていった。









 ———時は説教後に遡り。



 あまりにも雛が遅いから目撃情報を頼りに来てみれば、何よこれ。すごく恥ずかしいのだけれど。でも、そう………戸張くんは私に対する下心は無いと。…はぁ。何故私は今少し()()()()()()のかしら?分からないわ。彼とちゃんと関わるようになってからまだ1日しか経っていないというのに。

 それはそれとして雛は後で説教ね。


 でも私がご機嫌ですって?自分ではそんなつもり全くなかったのだけれど………。意外と自分では分からないものなのかもしれないわね。


 これを知られてしまったのなら、これからは肉じゃがを作るのは控えた方が良さそうね。私は機嫌がいいですってアピールしているようなものだもの。


 そうこう考えていると……………ちょっと待ちなさい雛。

 あなた、それ以上は絶対にダメよ。()()()だけはしちゃダメ。

 ………流石にそれを話すようなことはしないわよね。なんだかんだで彼女、とてもいい子だから。人が絶対にダメっていうラインは超えないのよね。

 人の心や感情を読むのがとても上手いのでしょうね。




 ………そろそろ話が終わりそうね。これ以上いると見つかるから戻らなきゃ。




お読みいただきありがとうございます!

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