65.一生敵わないな
週末。
修学旅行はすぐそこに迫っていたが、優心は準備があまり進んでいなかった。
「綾乃ー。助けてくれー」
「どうしたの優心。はっきりと助けを求めるなんて珍しいわね」
「いや、それがさ。修学旅行の荷物、何持っていけばいいか分かんなくて」
前に話したかもしれないが、俺は中学時代の行事はろくに楽しめていない。
わざわざ楽しくない記憶を覚えていることもないので、どんな物が必要になるのか見当もつかないのだ。
一応、修学旅行のしおりにチェックリストは付いているのだが、足りないものがあるのではと不安になってしまう。
だったら綾乃に聞けば良いじゃないかと、そう思い立った次第だ。
「リストがあるじゃない。あれじゃダメなの?」
「なんか不安でさ」
「うーん………あっ、それなら一緒に買い物に行きましょう?私も買い足したい物あったし」
「いいのか?そういうことなら遠慮なくお願いしようかな」
「ふふ、デートに行くのも久しぶりね。最近はあまり行ってなかったし」
確かに………。休日は俺も優奈のこととか、綾乃の方も色々やってたみたいで、2人の時間がほとんど取れてなかった。
綾乃がデートって言ってくれたんだ。よし、俺もちょっとは気合い入れるかな。
と言っても、そこまで遠くに行くわけでもない。
行き先は、この間春馬と行ったショッピングモールだ。あれから一ヵ月以上経ったのか………。時間の流れは恐ろしい。
到着してみれば、休日ということもあって家族連れなどでごった返していた。
彼氏らしく綾乃と手を…繋ぎたいが………勇気が出ない。
思えば俺たちの関係は、常に綾乃が引っ張ってくれてた気がする。偶には俺がリードする日があってもいいよな。
そう思っても、身体は動いてはくれない。
こんなんじゃダメだって分かってるのに、臆病になってしまう。
大丈夫、綾乃は受け入れてくれる。綾乃から手を握ってくれたことだってあったんだ。
そう自分に言い聞かせて、意を決して綾乃の手に触れる。
綾乃は一瞬ビクッ、としたが、すぐに指を絡めてくる。
「今日はずいぶんと積極的ね?」
そう妖艶に笑って。
俺は手を握っただけ。いわゆる恋人繋ぎをしようとしたわけじゃない。
綾乃にはまだまだ勝てそうにないな。
「はぐれたくないからね」
「本当は?」
「………綾乃を、もっと身近に感じたい。彼氏らしいことをしたかったんだ。ダメか?」
「全然。すごく嬉しいわ。ありがと」
はぁ〜〜〜………………無敵だよ、俺の彼女は。
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一方、綾乃の心中は。
(やっと優心から手を繋いでくれた………嬉しい………)
私がどれだけ誘っても中々手を出してこなかったけど、ようやくね。
付き合い始めてから何か変わるかとも思ったけど、結局ほとんど変わらなかった。
だから少しでも積極的になってくれたことは嬉しい。
でもまだ手を繋いだだけ。そんなのじゃ満たされてあげない。
もっと恋人らしいこと、沢山してもらわなくちゃ。
それにしても、男は皆獣だって言うけれど、あれは大嘘ね。
私の彼氏は草食獣どころか、もはや何も食べないんじゃって心配してたくらいよ。
自分で言うことでは無いけれど、私ってそこそこ魅力的だと思うのよね。
男の人は正直苦手だけど、近寄って来る人は後を絶たなかった。それで勘違いするなって言うほうが難しいでしょう。
そんな私に全く手を出さないなんて………思い出したら腹が立ってきたわね。
その…キスも花火大会の時の1回だけだし………。自分からして欲しいなんて言えないし………。
その上、底抜けに優しいのだから。調子狂っちゃうわ。
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綾乃が悶々としていることに優心が気づくはずもなく。
隣から伝わってくる怒りのオーラに、ビクビクすることしかできなかった。
ただ、気づいたことがあるとすれば。
それは目の前で泣いている少女の姿であった。
「なあ綾乃。あそこ………」
「女の子………?泣いている…ってことはもしかして」
「たぶんそういうことだろ。折角のデートだけど…いいかな?」
「もちろん。このまま無視するのは流石に良心が痛むわ」
幸いだったのは、そこが開けた場所であったこと。見つけやすくはあったが、面倒事に関わりたくないのか、多くの人は見ない振りをして通り過ぎていく。
最初は泣き叫んでいた少女だったが、時間が経つにつれてすすり泣くような声に変わっていく。落ち着いたからか、それとも諦めからなのかは定かではない。
「えっと、こんにちは。迷子?お父さんとお母さんはどうしたの?」
「お兄ちゃんとお姉ちゃん…誰………?」
「俺は優心。こっちの綺麗な人は綾乃お姉ちゃんだよ。もし良かったら、何があったか教えてくれる?」
女の子は言葉に詰まりながらも、両親とはぐれてしまったことを懸命に伝えようとしている。
ただその中で一貫していたのが、「両親が迷子になった」ということ。子ども特有のプライドってやつだ。
「パパとママ………どこ行っちゃったの………」
「じゃあお兄ちゃんたちと一緒に探そっか」
「ええ、きっとすぐ見つかるわ」
「うん!ありがと、ゆーしんお兄ちゃん、あやのお姉ちゃん!」
「「ぐっ」」
2人の心は既に女の子———美香ちゃんというらしい———に掴まれていた。
しかし、捜索は思いの外難航する。迷子センターへ向かいながらだが、そもそもその迷子センターがかなり遠い。
3人がいるのは4階の端。迷子センターは、1階の反対側の端にあるため、普通に移動するだけでも時間がかかる。
「パパぁ、ママぁ、どこにいるのぉ………」
「大丈夫、絶対見つかるから」
「ほんとに………?」
「ああ、指切りでもするか?」
「する!」
食いつきが良かったので、通路の端に寄って美香ちゃんと約束をする。
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!指切った!」」
「えへへ、これで絶対見つかるね!お姉ちゃんもそう思うでしょ?」
「そうね。このお兄ちゃんなら、何でも見つけてくれるわよ」
「おい。何でもは無理だぞ」
「私のことも見つけてくれたじゃない」
それは………まあ必死だったし。俺には綾乃がいない生活なんて考えられなかった。そりゃ必死にもなるってもんだ。
そうこうしているうちに、遠くから「美香ーー!どこにいるのーー!」という声が聞こえてくる。両親が探しに来たのだろう。
「あっ、ママ!お兄ちゃんすごい!ほんとに見つかったね!」
「良かったね、美香ちゃん」
「美香!無事で良かった………!あの、ありがとうございます!」
美香ちゃんの母親が何度も頭を下げる。いや、そこまでされるとこっちまで申し訳なくなってくる。
でも、無事に見つかってよかったな。
「いえ、感謝されるようなことは全然。見つけることができて良かったです」
「そうだ、何かお礼を………」
「いやいや要りませんよ。小さな子が泣きじゃくっていたら、見捨てられませんから」
「じゃあお兄ちゃんと結婚するー!」
「は?」
落ち着いてください綾乃さん。子どもにまで喧嘩売ってどうするんだ。
綾乃は、ニコリともせず、真顔で親子を見つめる。母親の方は完全に怯えていて、美香ちゃんの方が堂々としているくらいだ。
ここは俺が言わなきゃダメなやつか………。
「ごめんね。俺には綾乃がいるから。俺のお嫁さんは綾乃だけなんだ」
「そーなの………?でも、2人ならとーってもお似合いだと思うよ!」
「はは、ありがとね」
「ほら、あんまり迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、本当にありがとうございました」
母親はそうお礼を言って去っていく。本当は綾乃が怖くて早く逃げたかったのかもしれない。
綾乃も、流石に大人気ないと気づいたのか、怒りを鎮める。既に手遅れではあるが。
「ふう、ごめんなさい。恥ずかしくところを見せてしまったわ。えっと、それで…さっきのは………」
「いやなんというか………場を収めようと必死でつい………」
「へえぇ〜〜〜?嘘ってことね???」
「すみません違います心の底から愛してます」
「気にしなくていいわ、悪ふざけが過ぎたし。さて、そろそろお昼にしましょうか。歩き回ってお腹空いちゃった」
たぶん俺は、一生綾乃には敵わないんだろうな。そう気づかされた一幕だった。
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