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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第四章 君の隣でどこまでも歩み続ける

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65.一生敵わないな

 



 週末。


 修学旅行はすぐそこに迫っていたが、優心は準備があまり進んでいなかった。







「綾乃ー。助けてくれー」


「どうしたの優心。はっきりと助けを求めるなんて珍しいわね」


「いや、それがさ。修学旅行の荷物、何持っていけばいいか分かんなくて」



 前に話したかもしれないが、俺は中学時代の行事はろくに楽しめていない。

 わざわざ楽しくない記憶を覚えていることもないので、どんな物が必要になるのか見当もつかないのだ。


 一応、修学旅行のしおりにチェックリストは付いているのだが、足りないものがあるのではと不安になってしまう。


 だったら綾乃に聞けば良いじゃないかと、そう思い立った次第だ。



「リストがあるじゃない。あれじゃダメなの?」


「なんか不安でさ」


「うーん………あっ、それなら一緒に買い物に行きましょう?私も買い足したい物あったし」


「いいのか?そういうことなら遠慮なくお願いしようかな」


「ふふ、デートに行くのも久しぶりね。最近はあまり行ってなかったし」



 確かに………。休日は俺も優奈のこととか、綾乃の方も色々やってたみたいで、2人の時間がほとんど取れてなかった。

 綾乃がデートって言ってくれたんだ。よし、俺もちょっとは気合い入れるかな。




 と言っても、そこまで遠くに行くわけでもない。

 行き先は、この間春馬と行ったショッピングモールだ。あれから一ヵ月以上経ったのか………。時間の流れは恐ろしい。



 到着してみれば、休日ということもあって家族連れなどでごった返していた。


 彼氏らしく綾乃と手を…繋ぎたいが………勇気が出ない。


 思えば俺たちの関係は、常に綾乃が引っ張ってくれてた気がする。偶には俺がリードする日があってもいいよな。




 そう思っても、身体は動いてはくれない。

 こんなんじゃダメだって分かってるのに、臆病になってしまう。


 大丈夫、綾乃は受け入れてくれる。綾乃から手を握ってくれたことだってあったんだ。


 そう自分に言い聞かせて、意を決して綾乃の手に触れる。




 綾乃は一瞬ビクッ、としたが、すぐに指を絡めてくる。




「今日はずいぶんと積極的ね?」




 そう妖艶に笑って。



 俺は手を握っただけ。いわゆる恋人繋ぎをしようとしたわけじゃない。


 綾乃にはまだまだ勝てそうにないな。



「はぐれたくないからね」


「本当は?」


「………綾乃を、もっと身近に感じたい。彼氏らしいことをしたかったんだ。ダメか?」


「全然。すごく嬉しいわ。ありがと」



 はぁ〜〜〜………………無敵だよ、俺の彼女は。







 ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ———




 一方、綾乃の心中は。




(やっと優心から手を繋いでくれた………嬉しい………)




 私がどれだけ誘っても中々手を出してこなかったけど、ようやくね。


 付き合い始めてから何か変わるかとも思ったけど、結局ほとんど変わらなかった。

 だから少しでも積極的になってくれたことは嬉しい。


 でもまだ手を繋いだだけ。そんなのじゃ満たされてあげない。

 もっと恋人らしいこと、沢山してもらわなくちゃ。




 それにしても、男は皆獣だって言うけれど、あれは大嘘ね。


 私の彼氏は草食獣どころか、もはや何も食べないんじゃって心配してたくらいよ。


 自分で言うことでは無いけれど、私ってそこそこ魅力的だと思うのよね。

 男の人は正直苦手だけど、近寄って来る人は後を絶たなかった。それで勘違いするなって言うほうが難しいでしょう。


 そんな私に全く手を出さないなんて………思い出したら腹が立ってきたわね。


 その…キスも花火大会の時の1回だけだし………。自分からして欲しいなんて言えないし………。


 その上、底抜けに優しいのだから。調子狂っちゃうわ。







 ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ———







 綾乃が悶々としていることに優心が気づくはずもなく。


 隣から伝わってくる怒りのオーラに、ビクビクすることしかできなかった。


 ただ、気づいたことがあるとすれば。

 それは目の前で泣いている少女の姿であった。




「なあ綾乃。あそこ………」


「女の子………?泣いている…ってことはもしかして」


「たぶんそういうことだろ。折角のデートだけど…いいかな?」


「もちろん。このまま無視するのは流石に良心が痛むわ」




 幸いだったのは、そこが開けた場所であったこと。見つけやすくはあったが、面倒事に関わりたくないのか、多くの人は見ない振りをして通り過ぎていく。


 最初は泣き叫んでいた少女だったが、時間が経つにつれてすすり泣くような声に変わっていく。落ち着いたからか、それとも諦めからなのかは定かではない。




「えっと、こんにちは。迷子?お父さんとお母さんはどうしたの?」


「お兄ちゃんとお姉ちゃん…誰………?」


「俺は優心。こっちの綺麗な人は綾乃お姉ちゃんだよ。もし良かったら、何があったか教えてくれる?」



 女の子は言葉に詰まりながらも、両親とはぐれてしまったことを懸命に伝えようとしている。


 ただその中で一貫していたのが、「両親が迷子になった」ということ。子ども特有のプライドってやつだ。



「パパとママ………どこ行っちゃったの………」


「じゃあお兄ちゃんたちと一緒に探そっか」


「ええ、きっとすぐ見つかるわ」


「うん!ありがと、ゆーしんお兄ちゃん、あやのお姉ちゃん!」


「「ぐっ」」



 2人の心は既に女の子———美香ちゃんというらしい———に掴まれていた。








 しかし、捜索は思いの外難航する。迷子センターへ向かいながらだが、そもそもその迷子センターがかなり遠い。

 3人がいるのは4階の端。迷子センターは、1階の反対側の端にあるため、普通に移動するだけでも時間がかかる。



「パパぁ、ママぁ、どこにいるのぉ………」


「大丈夫、絶対見つかるから」


「ほんとに………?」


「ああ、指切りでもするか?」


「する!」



 食いつきが良かったので、通路の端に寄って美香ちゃんと約束をする。



「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます!指切った!」」


「えへへ、これで絶対見つかるね!お姉ちゃんもそう思うでしょ?」


「そうね。このお兄ちゃんなら、何でも見つけてくれるわよ」


「おい。何でもは無理だぞ」


「私のことも見つけてくれたじゃない」



 それは………まあ必死だったし。俺には綾乃がいない生活なんて考えられなかった。そりゃ必死にもなるってもんだ。


 そうこうしているうちに、遠くから「美香ーー!どこにいるのーー!」という声が聞こえてくる。両親が探しに来たのだろう。



「あっ、ママ!お兄ちゃんすごい!ほんとに見つかったね!」


「良かったね、美香ちゃん」


「美香!無事で良かった………!あの、ありがとうございます!」



 美香ちゃんの母親が何度も頭を下げる。いや、そこまでされるとこっちまで申し訳なくなってくる。

 でも、無事に見つかってよかったな。



「いえ、感謝されるようなことは全然。見つけることができて良かったです」


「そうだ、何かお礼を………」


「いやいや要りませんよ。小さな子が泣きじゃくっていたら、見捨てられませんから」


「じゃあお兄ちゃんと結婚するー!」


「は?」



 落ち着いてください綾乃さん。子どもにまで喧嘩売ってどうするんだ。


 綾乃は、ニコリともせず、真顔で親子を見つめる。母親の方は完全に怯えていて、美香ちゃんの方が堂々としているくらいだ。


 ここは俺が言わなきゃダメなやつか………。



「ごめんね。俺には綾乃がいるから。俺のお嫁さんは綾乃だけなんだ」


「そーなの………?でも、2人ならとーってもお似合いだと思うよ!」


「はは、ありがとね」


「ほら、あんまり迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、本当にありがとうございました」



 母親はそうお礼を言って去っていく。本当は綾乃が怖くて早く逃げたかったのかもしれない。


 綾乃も、流石に大人気ないと気づいたのか、怒りを鎮める。既に手遅れではあるが。



「ふう、ごめんなさい。恥ずかしくところを見せてしまったわ。えっと、それで…さっきのは………」


「いやなんというか………場を収めようと必死でつい………」


「へえぇ〜〜〜?嘘ってことね???」


「すみません違います心の底から愛してます」


「気にしなくていいわ、悪ふざけが過ぎたし。さて、そろそろお昼にしましょうか。歩き回ってお腹空いちゃった」



 たぶん俺は、一生綾乃には敵わないんだろうな。そう気づかされた一幕だった。




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