64.今年はきっと
そして話題はもう一つへと移り変わる。
文化祭には別に実行委員がいるため、そちらにバトンタッチをする。
この委員は人気があったため争奪戦となっていた。
そしてその栄えある勝者は………。
「ということで、文化祭の説明していきまーす。文化祭実行委員の桜ちゃんだよ〜。よろしくね〜」
なんだかゆるっと始まった。文化祭実行委員に決まったのは、真田さん。誰かの推薦とか、投票とかがあったわけでもなく、シンプルにじゃんけんで決まった。
普段はド級のギャルとはいえ、意外にもしっかりしている真田さんは、きっちり説明をこなしていく。
そして文化祭のルールはこうだ。
・金曜日から日曜日の3日間で行われ、初日は生徒のみ。2日目以降は一般客も来場可能である。
・出し物に制限は無いが、多様性を重視するため、もしも被ってしまった場合は上級生に優先権が与えられる。
・飲食系は許可を取ること。
・公序良俗に反するものは禁止。
「んでシマちゃんと被っちゃうけど、楽しも〜ね〜」
真田さんは気分屋らしく、日によってテンションが違う。今日はダウナーな気分みたいだな。
それはさておき、こちらもかなり自由度が高い。予算もカツカツということは無いし、ある程度余裕を持って決めることが出来るだろう。
「それじゃあちょっと時間取るから、友達とか周りの人と考えてみてね〜」
しかし文化祭か………あんまいい思い出無いんだよな。
中学時代はずっと春馬と一緒にいたから、周りからのやっかみが酷かった。まともに楽しめた記憶なんてもちろん無い。
今年は春馬にも彼女が出来たことだし、あまり厄介なことは起きないと思うが、別にやりたいことも無いしな。
こういう時はイベントが好きな人たちに任せるのが一番だ。
そう考えていると、いつものメンバーが近寄ってくる。
「なあなあ優心。何がいいと思う?ほら、お前は中学の時も去年もろくに文化祭参加してないだろ?俺としては優心が楽しめるやつがいいなーって思うんだけど」
「何でもいいよ。俺のことは気にしなくていいから、春馬がやりたいやつ選べよ」
「それは許さないわ。私と一緒に文化祭を楽しむの。これは決定事項だから」
「そーだぞ。あーちゃん悲しませたら許さないからなー」
俺に自由は保障されていなかったみたいだ。いや、ある意味では保障されているか。
しかし思い浮かばないものは仕方ないじゃないか。今年は嫌な空気も無いし、楽しめるとは思うんだけど。
何か良いものはないかと思考を巡らせていると、綾乃が悲しげな表情をしていることに気づく。
「えっと、どうかしたか?」
「いえ、優心って本当に大変な思いをしてきたんだなって………。文化祭すら満足に楽しめないなんて………」
「……心配してくれてありがとう。でも今年は大丈夫。綾乃とならなんだって楽しめるからね」
「もう、優心ったら…」
「「おいコラ、見せつけてんじゃねーよ」」
何やら憤慨している者もいるが、見なかったことにしよう。
綾乃が元気でいてくれるなら、そんな些事はどうだっていい。
きっとこの発言を春馬たちが聞いたら黙っていないだろうが、いくら完璧超人であっても心の中までは覗けない。
その内に話し合いの時間は終わり、続々と案が出されていく。
カフェや飲食、演劇といった意見が多く、中にはアスレチックなどというものもあった。
それぞれの実現可能な点、難しい部分などを挙げていき、候補を絞っていく。
そして5つほどに絞った………のだが、その前に桜が重要なことを忘れていた。
「あ、ごめーん。伝え忘れてたんだけど、この文化祭、今年から人気投票があるらしくってぇ」
「「「は?」」」
「その結果次第で、打ち上げの場所とかお金が出るんだってさ〜」
「「「そんな大事なこと忘れんな!!!」」」
「てへっ」
可愛く言ったところで無駄である。彼らも高校生である以上、少しでも節約したいのだ。それが学校側から出るとなれば、当然勝ちにいくだろう。
そうなれば出し物の候補も変わってくる。楽しむ、という点に変わりは無いが、客のニーズを第一に考える必要がある。
今出ているものの中から考えてもいいが、果たして彼らはそれで納得するだろうか。
「少し考え直した方がいいよねー。ほんとごめんね」
本人から申し訳ないという意思が感じられるので、クラスメイトもこれ以上は何も言わない。
そもそもたった1つのミスでとやかく言うほど、彼らは狭い心の持ち主ではない。
そうして考え直された案が。
「よし、このくらいでいっか。じゃあこの中から投票してねー」
・メイド執事喫茶
・演劇(演目は後で決める)
・焼き鳥屋
いや、焼き鳥?他の2つは理解できるが、焼き鳥?なんで?
美味いよ焼き鳥。でも文化祭で普通焼き鳥売るか?
なお、焼き鳥屋を意見として提出したやつの言い分はこうだ。
「まず利点として、提供が速いこと。そして食べ歩きができること。種類が多いというのも挙げられるな」
「確かに。でも煙とかの問題はどうするの?」
「今は無煙の焼き台もある。それを使えばいいだろう」
「なるほど、一理あるねえ」
話し方から分かるかもしれないが、これは孝太の意見だ。渋い見た目に違わず、食べ物の好みも渋いらしい。
これに賛成した人も多く、最終候補に残ってしまった、というわけだ。
「ほーい、投票締め切るよー」
そんなことを思い返していると、真田さんから合図がある。
投票方法は、スマホでグループチャットの投票箱に自分の好きなものを一つ選ぶだけ。なんとも現代的である。
そしてその投票結果がこちら。
一位.メイド執事喫茶
二位.焼き鳥屋
三位.演劇
無難(?)にメイド執事喫茶に決まったようだ。そりゃそうだよな。高校生ならそっちに興味を惹かれてほしい。
「じゃあこれで提出しとくねー。まあメイドカフェとか人気かもしれないし、被っちゃたらドンマイだねー」
そうだった、そのパターンもあるんだっけ。まあなんにせよ今年は綾乃もいるし、文化祭も楽しめそうだ。
「なあ優心、もしメイドカフェになったらどうする?」
「どうって?」
「ほら、氷川さんもたぶんメイド衣装着るだろ?他の人に見られるのはいいのかと思って」
「ああ…そのことか。良いわけないだろ。生徒はまだしも、一般の客に見せられるか」
「ははっ、そうだよな。お前はそういうやつだよ。何かあっても優心なら守れるしな」
メイド喫茶になるとそういう弊害もあるんだよなぁ。まあ決まったことにとやかく言ってもしょうがないし、対策を練っておこう。
数日後。
「はーいみんなちゅうもーっく!」
今日は元気キャラらしい真田さんが、教卓の前に立って注目を集める。
用件はもちろん文化祭の出し物についてだろう。
「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「じゃあ悪いニュースで」
「メイドカフェ被りました!」
「「「ええ〜〜〜〜」」」
「はい文句言わない。じゃあ良いニュースいくね。第二希望の焼き鳥屋は通りました!」
「「「おお〜〜〜〜」」」
そっちは被らないだろうな。第一希望は通らなかったが、どこか安堵している自分がいる。
そして話はこれだけでは無いらしい。
「それでもう一つ良いニュースがあってね。煙を使うってことで、グラウンドを使いたいクラスが無かったから、丸々使って良いってさ!」
それはいいな。食事場所を多く作れるし、屋台も同様だ。
これなら、優勝だって目指せるかもな。
かくして、季節は移り変わってゆく。
彼らの未来には、きっと笑顔が絶えないであろう。
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注.まだまだこの物語は続きます。




