61.影を映すは大輪の花
なんとか焼きそばを食べ切った優心は、今更間接キスに気づいて悶絶していたが、綾乃があまり気にしていないことに少し拍子抜けしていた。
実際は、綾乃も心臓がバクバクと鳴り響いていたのだが、知る由もないこと。
なんやかんやありつつも、もう20分ほどで花火の打ち上げが始まる。
二人は、神社から少し離れたところにある小高い丘の上に向かっていた。
「えーっと…この辺りでいいか」
「ここは?」
「花火を見るのにちょうど良い穴場的スポット、らしい」
「断言はしないのね」
「大和さんと優奈に教えてもらった場所だからなぁ」
もしかしたとんでもない場所かもしれない。その………男女の営み…的な。
とはいえ、あの二人はこういう時まで茶化すことはしないはずだ。大和さんはともかく、優奈はいい子だからな。
だが綾乃はお気に召さなかったらしい。場所が、ではなく優心の態度が。
「あら、今日はデートなのでしょう?それなのに他の女の話をするのはいただけないわね」
「おい理不尽だ!妹なんだからノーカンだろ!」
「関係ないわ。世の中の女性は誰だって、デート中は自分のことだけ考えていてほしいものよ」
それを言うと、ずっとあなたのことだけ考えてました。今のは話の流れの中で口から出てしまっただけで、どうやって綾乃に楽しんでもらうかずっと考えていた。
まだ口にすることはできないが、この花火大会が終わる頃には俺たちの関係性も明確に変わっているはずだ。できれば良い方向に変わってほしいものだが。
でも…デート、デートか………。さっき日野先生も言ってたけど、やっぱりこれってデートなのか?男女が二人でお祭りに行く………………うん、デートだな。
なぜ今の今まで気づかなかったのか。いや理由は明白なんだけど。
告白する、ということを考えすぎて他のことに気が回らなかったんだ。あとは緊張でそれどころじゃなかったっていうのもある。
やばい、言葉にされると一気に恥ずかしくなってきた。俺たちデートしてたのかぁ………!どうしよう、俺ちゃんとかっこよく振る舞えてたかな。綾乃に失望されてないかな。
そうして優心は思考の沼に嵌っていく。一方の綾乃は、今日の自分がどこかおかしいことを自覚していた。
やっぱり今日の私、どこかおかしいわよね。なんというか…とても舞い上がっている。
さっきもデートと言われて、1人でそういう気分になったりして。でも優心は全くデートとは思ってなさそうだったわ。ただ友人と遊びに来たって感じで、なんだか私が馬鹿みたいじゃない。
もちろん舞い上がっているのはそれだけが理由ではない。ここで一気に優心との距離を縮めるチャンスだし、あわよくば告白もしてもらいたい。
自分からしないのかって?ほとんどの女の子は相手から告白してもらいたいのよ。
そこで山﨑家での雛との会話を思い出す。
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それは山﨑家で着物の着付けを手伝ってもらっていた時のこと。
雛がそういえば、と今朝の会話を思い出す。
「ねー、あーちゃん。アピールって何やってるの?」
「そうね…普段の会話の中で意識させるようなことを言ったり、さりげないボディタッチとかかしら」
「あーちゃんってそんなことするんだねぇ………意外と積極的で驚いた」
「私のことなんだと思ってるのかしら」
ボディタッチに関してはさりげないでは済まされないけれど。流石にハグはボディタッチの範囲を大きく出ているわね。あれは意識させるための行動ではないのだから、当然のことではあるのだけどね。
でも雛にそんなこと聞かれるとは思わなかったわね。私よりもそういうことに詳しいと思っていたのだけど。志田くんよりも雛の方が奥手なんじゃないかしら。
「いやあーちゃんってさ、トバっちのこと好き好きオーラみたいなのは出してないじゃん?今まで浮いた話とかも全く聞かなかったし、興味ないのかなーって」
「確かに興味は無かったわね。でも、優心が私の全てを変えてくれた。彼に出会ってから、私の人生はようやく動き出したような、そんな気がするの」
「いいなぁ、それってトバっちからも大切にされてないと出ない言葉じゃん?その点ウチのハルは未だに小さい頃と同じように関わってくるしさ。あたしだって成長してるのになぁ…」
「それって、別に大切にされてないわけじゃないでしょう?」
こういう時は、見方を変えてみるのが重要なの。
大切にされてないのではなくて、大切だからこそ、下手に踏み込めないということもある。
私だってそうだった。彼を好きになって、嫌われたくないがために色々間違えてきた。
でも、優心は私のことを見捨てなかった。だから私は踏み込む。
もう恥ずかしいことも、知られたくないことも全部晒した。失うものがないなら進み続けるだけよ。
そのことを、人を好きになる覚悟を雛に伝える。
それはさすがに重いって言われたけど、それくらいの気持ちじゃなきゃ私は優心と向き合えない。
だってそれだけのものを優心に貰ってきたから。これから私の一生をかけて、沢山返していくの。
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………………思い返してみると、やっぱり重いかしら。ううん、弱気になっちゃダメよ。どれだけ長い時間が掛かっても、私は優心の一番になってみせる。
よく、大好きな人が幸せなら何でもいい、みたいなことを言う人がいるけれど、私はそんなに甘くない。
幸せにするのは私。その役目は、他の誰にも譲らない。
やがて予定の時間がやってくる。優心はガチガチに緊張していたが、一発目が打ち上がった瞬間にその緊張は吹き飛んだ。
ヒュ〜〜ッ、ドンッ。
「綺麗………………」
「ああ、本当に………」
綺麗なのは綾乃だよ。そんなキザな台詞、俺には恥ずかしくて言えない。俺はイケメンでもなければ、主人公でもないだろう。そういうのは春馬の役目だ。
俺はせいぜい友人Aがいいところ。でもな、友人Aがメインヒロインに恋したって良いじゃないか。
綾乃の横顔は花火の光に照らされて、どこか幻想的にさえ見える。
多分、今話しても花火の音に全て掻き消されてしまうだろう。
それでも。
溢れ出る想いは、止められなかった。
「綾乃、好きだ」
無意識の内に、その言葉が口をついて出ていた。
ああ、どうせ聞こえてないんだろうな。
そのまま顔を前に戻そうとしたその時。
「………………………嘘………そんなことって………………」
こぼれる涙を拭いながら、泣いているはずのその表情は幸せの絶頂にいるかのようで。
「………聞こえてたのか?」
「………ええ、もちろん」
「………………っっっはぁ〜〜、なんだよ…締まんないなぁ………」
打ち上がる花火を背景に、だが二人にはその音は聞こえていない。
真正面から見つめ合って、優心はもう一度その想いを言葉にする。
「氷川 綾乃さん、あなたのことが好きです。俺の恋人になってくれませんか」
「こちらこそ。こんな不甲斐ない私ですが、貴方の彼女にしてくれませんか?」
「ああ、よろしく………っていうのもなんか変か」
「良いんじゃないかしら、私たちらしくて」
夜空に咲いた大輪の花は、重なり合った二人の影を鮮明に映し出していた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
これにて第三章は終了となりますが、これからのことを活動報告に載せてありますので、そちらの方をご一読いただけますと幸いです。




