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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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58.心晴れやかに

 



 会話が弾んできたところだが、お互い疲労が限界に達していたので、明日のことも考えて早めに休むことにした。




「それじゃあ、また明日な」


「ええ。朝は一度こっちに寄るわね。朝食、一緒に食べたいもの」


 綾乃は薄く笑ってそう言う。なんだか雰囲気がさらに柔らかくなった気がする。前はこういう事を言う時でも、感情が読み取れないことがほとんどだったが、今は違う。


 なんて言うんだろうな………こう、心を許してくれてる感じというか。そんな気がする。

 …ちょっと言い過ぎかな。でも以前よりも確実に距離が縮まっている。ただの隣人から食事を共にする隣人へ。そして友人となって、今は誰よりも大切な人。




 もう覚悟は決まっている。この花火大会で、俺は綾乃に告白する。


 綾乃を愛する気持ちは、誰にも負けないから。






 ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ——— ———






 花火大会当日。


 朝食を済ませ準備を終えた二人は、計ったようなタイミングでやってきた雛と合流した。




「おっはよー!あーちゃん、トバっち!」


「おはよう、雛。朝から元気だな」


「おはよう、近所迷惑になるから少し静かにしなさい」


「それはごめん。でも、それだけ今日を楽しみにしてたってことだよ!」



 そりゃそうか。確か雛の方も春馬と二人きりで行くんだったか。どうやら春馬も満更ではないようで、さっさと付き合えとか思ってしまうのだが。二人には二人なりの恋があるのだ、せめて友人として精一杯の応援は送ろう。


 なお、雛には俺たちとは別の穴場スポットを教えてある。優奈に聞いたところ、快い返事が返ってきた。ご丁寧にミニマップに印まで付けて。


 だからといって花火大会で完全に会わないなんてことはない。会場の神社はとてつもなく広いという訳ではないし、もしかしたらどこかでバッタリ出会うということもあるだろう。



 そんな優心を差し置いて、いつの間にか女子トークが始まっていた。



「別に一緒に花火見に行く訳じゃないんだから。そっちも志田くんと二人きりなんでしょう?」


「そーなんだけどねぇ………ハル()大概鈍感だからなぁ」


「気持ちはとても良く分かるわ。でも大事なのは辛抱よ。とにかくアピールし続けて、気づいてくれる時を待つしかないんだから」


「こちとら小学生の頃から片想いしとるんじゃい。………あとどれだけ待てばいいんだよぉ」



 そして優心の知らぬ間に暗い空気が流れていた。雛が不貞腐れて、それを綾乃が一生懸命に励ましていた。嫌々という感じではなく、むしろ気持ちはよく分かると言わんばかりに頭を撫でていた。


 優心は春馬の想いを知っているが、当然口にすることはできない。待っていればいい、なんて今の雛には逆効果だし、春馬にも何か考えがあることを察している。

 つまり、この状況で優心に出来ることは何もない、ということである。



「あーちゃん…あたしの初恋、上手くいくかなぁ………」


「大丈夫、雛はあんな志田くんのことを知った気になっている有象無象共とは違うでしょう?」


「当然!ハルの腹黒さ、他にも知ってるやつなんかいないでしょ」


 ハルを怒らせた人は今まで何人も見てきたけど、無事で済んだためしがない。トバっちのためなら何だってするんだから。………まあ、そこまでされるトバっちをちょーっとだけ羨ましいなって思ったり。


 そ、それはいいとして、ハルの本性を知ってるのはあたしだけだって自信がある。たぶんトバっちだって知らないんじゃないかな。ハルがバレないように上手く立ち回ってたし。



「それなら大丈夫でしょう?少なくとも、雛は周りよりも一歩も二歩もリードしてるってことじゃない」


「…そうだね。ありがと、あーちゃん」


「お安い御用よ。私、雛がいなかったらもっと酷い人間になっていたと思うから。まだまだ恩を返しきれないくらいよ」


「あーちゃん………」


 最初はただ、すごく可愛い子がいるなー、程度の気持ちだった。でも、あーちゃんと仲良くなっていく内に、可愛いだけじゃない、完璧じゃないんだって気づいた。

 本当はすごく脆くて、誰よりも人の温もりに飢えている。そんな姿を見てたら、もっと傍にいてあげようって強く思ったんだ。


「恩なんて感じなくていいの。あたしがあーちゃんと一緒にいたいだけだから」


「それは………いえ、私もそう大きくは変わらないわね」


「でしょ?難しく考えずに、一緒にいると楽しいってだけ。あたしにとってはそんな理由で十分なの」


「二人とも、そろそろ出た方がいいんじゃないか?」


 雛が来てから既に20分近い時間が経過している。運転手さんも待たせているだろうし、何かあった時に対応できなくなってしまう。


 雛は若干焦った様子で、


「うわやっば!あーちゃん、早く行くよ!」


「誰のせいで遅くなってると………ああもう、優心、また後でね」


「ああ、楽しみにしてるからな」


 綾乃と雛を玄関先で見送り、俺は自分の支度を進める。今日は春馬は呼んでいないので、髪型なども自分で整えなければならない。そのため、気持ち早めに進めたいのだが、そこは心配ご無用。


 この日のために春馬が用意した、『優心専用 見た目から気合いを入れる㊙︎テクニック』がある!


 表紙まで無駄に凝って作られているこの冊子に、俺も最初はなんだこれ、と思った。

 だが読み進めていくにつれて、言語化が苦手な春馬が非常に分かりやすくまとめた、ファッションやメイクの技術などが記されていた。


 そして最後のページには、『お前なら必ずやれる』という激励の言葉。春馬、お前最高だよ。




 冊子に記されている通りに準備を進める。と言っても、大まかにレクチャーは受けているし、内容も春馬に聞いたことのあるものが多い。

 自分の記憶と照らし合わせながら服装を選んだり、髪型を整えたり。綾乃の隣に立つんだ、恥ずかしくないようにしないとな。




 普段であればあり得ないほどの時間をかけて、身だしなみを整えた。

 最終チェックとして、春馬に自撮りを送るよう言い付けられている。自撮りってどうやってやるんだ………?


 とりあえず鏡の前に立ってみる。………自分の整った格好を見るの、なんか恥ずかしいな。

 えーっと、SNSとかで見るのは確か…こういうやつだったか?


 優心は、自分の顔を隠すようにスマホを持ち、数枚写真を撮る。

 良さげなのを1枚送ってみるが、返ってきた言葉は、



『顔を撮らないでどーすんだよ。メイクも嫌がってたけど、どーせ多少はしたんだろ?』



 ………バレてる。仕方ないだろ、メイクすると気合い入ってるみたいで嫌なんだよ。いくら教えてもらったのがナチュラルメイクだからって、メイクしてることくらいすぐに気づかれるだろう。

 綾乃は気にしないだろうが、それでも嫌なものは嫌だ。

 でもせっかく教えてもらったし少しは…と思って、軽く、本当に軽くだがやった。そしてそこまで春馬にバレていた。


 観念して自撮りを送ることにする。インカメにして…こんな感じか?ダメだ、初心者すぎて何も分からん。


 だが春馬には思いの外好評だったようだ。




『なるほど、日和ったな。でも良いと思うぞ。なんというか、優心って感じがしてて』


 どういう意味だよ。いい意味で言ってるんだろうけど、全くそう感じない。…今からでもメイク落とそうかな。


『あ、メイク落とそうとするなよ。しないよりは今の方が絶対いいから』


 何もかもバレてやがる。いや、春馬に隠し事をする方が間違ってるな。




 そうして春馬と少し話していたら、そろそろ家を出なければいけない時間になっていた。

 今回は綾乃の希望で、駅前で集合したいとのことだった。何でも、偶には別々に行きたいとか。


 もう一度襟を正して、最後の確認をする。………うん、大丈夫だな。



 ドアを開ければ、昨日の豪雨が嘘のように、雲ひとつない青空。

 それはまるで、優心の心の内を表しているかのようだった。




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