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隣で「おはよう」と笑う君を見たいから  作者: 山田 太郎丸
第三章 愛の炎は夜空の星より煌めいて

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55.家族

 



 あれは20年程前のことだ。

 久々に四人で集まって食事をしていたのだが、幸一が真面目な話があると言ったのだ。







「なあ皆、将来のこととかって考えてるか?」


「急に改まって、どうしたんだ兄さん。それって、結婚とか家族とか、そういう話かい?」


「そういう話だ。俺は家族ができても、皆とは良い関係でいたいと思ってる」


「それは私たちだって同じさ。繁もそうだろう?」


「そうだな。お前たちがいれば、何があっても一先ずは大丈夫そうだからな」


「一先ずはってなんだよ。まるで俺たちじゃ根本的な解決が出来ないって言うのか?」


「落ち着くんだ2人とも。でもどうしてもそれぞれ忙しくはなるだろうし、私と繁は確実に家を継がなきゃならない。今日みたいに集まるのもなかなか難しくなるだろうね」


 この昏人の一言がきっかけで、幸一が突拍子もないことを言い出した。………それが始まりだ。




「なら子供同士を結婚させれば良いんじゃないか?」


「幸一、急に何を言い出すんだい?そんなこと無理に決まっているだろう」


「私は良い案だと思うが。それなら確実に関係は築けるだろうし、何より幸一の子供が相手なら安心して我が子を任せられる。………結婚すらまだだがな」


「何言ってんだよ、繁。聞いたぞ、お見合いの話が沢山来てるってーーーー」


 少しアルコールも回っていたこともあったが、私たちはかなり真剣に話していた。


 そこからはただの下らない話だ。だがその後も、それこそ君や綾乃が産まれた後も、結婚についての話は度々した。







「綾乃を厳しく育てたのは、幸一の息子に恥じないような子になって欲しかったからだ。…それも裏目に出てしまったようだが」


 若干ズレているようだけど、親としての義務を放棄した訳じゃなかったのか。

 何もかも否定するようじゃいけないとは分かっているけど、綾乃が前に話してくれたことを考えるとどうしても良い印象は持てない。


「父さんとそんなことが………。では綾乃を無理矢理連れ戻した理由は?」


「それに関してなんだが、どうやら入れ違いになっていたようだ」


「入れ違い………ですか?」


「実は今日、君を迎えに行く予定だったのだ。綾乃の()()としてな」


 …………………………えっ?


 唐突に話が飛んで頭が混乱する。ええっと…話をまとめると、お互いの子供を結婚させようとしていた。俺たちが産まれた後もその話は続いていた。


 つまり産まれた後にしていたっていうその話が………許嫁ってことか?




「許嫁なんて、そんな話今まで一度も聞いたことがないのですが………」


「私もです、お父様。なぜ話して下さらなかったのですか?」


「先程の伝言にもあったが、私も子供の意思は大切だと分かってはいたのだ。だからせめて、高校生の内くらいは自由にさせてやろうと思っていたのだが、少し事情が変わってな」


 綾乃がこんな目に遭わなきゃいけなかった事情って何なんだよ。せめて納得できる理由であってくれ。じゃないと、怒りを抑えてもらったのが水の泡になりそうだ。


「………事情って、なんですか」


「そう恐い顔をするな。………どうやら他の資産家の奴らに綾乃の存在が知られたようでな。見合いを申し込んでくる輩が後を絶たん。今まではどうにか断ってきたのだが…つい先日、痺れを切らした連中が面倒な事を企んでいる、という話を耳にしたのだ」


「面倒な事………その詳細、教えてもらえますか」


「無論だ。端的に言えば、綾乃を誘拐しようと計画していたようだ」


 誘拐だって?冗談だと思いたいが、繁さんはおそらくそれとは無縁の人だ。それにこの空気で冗談を言える人なんかいないだろう。


 でも、繁さんはちゃんと綾乃のことを考えていたんだな。それが結果的に歪んでしまったのは残念だが、俺も理不尽な怒りをぶつけてしまっていた。そのことは素直に謝らなければならない。


「今まで失礼な態度をとってすみませんでした。繁さんなりに綾乃のことを考えていたのですね」


「いや、悪いのは私だ。どれだけ人を慮れても、それがその人のためにならないのであれば意味などない。善意の押し付けというものは、何よりも質が悪いからな」


 繁はその言葉で自らを省みると共に、とても実感の込もった顔をしていた。今まで同じような目に遭ってきたのだろう。今度は自分が加害者側になっているのが皮肉な話ではあるが。


「だがそれでも私は幸一との約束を守らなければならなかった。………それに綾乃を守れなければ、亡き妻に申し訳が立たんからな」


「お父様………………………」


「綾乃………いくら守るためとはいえ手荒な手段を採ってしまったこと、本当にすまなかった。許嫁の件は嫌なら断ってくれて構わない。そもそもただの口約束だからな。もう約束に固執する気は無い、お前の好きなように生きなさい」




 それは紛れもなく、“父”としての言葉だった。何の見返りも欲さず、押し付けることもない正しき善意。




 だからこそ繁は、突っぱねられるとは思ってもみなかった。




「お父様。お言葉ですが、この期に及んでまだ私の、私たちの気持ちが分からないとは思いませんでした」


「何………………?」


「好きに生きなさいって、それでは今までと何も変わらないではありませんか。変わらないことが悪いとは言いませんが、どうか私たちと………向き合ってくれませんか………?」


 綾乃は静かに涙を流す。この家に家族というものは存在していなかったのだろう。かつてここに在ったのは、同居人という関係でしかなかった。

 ただ愛されたかっただけなのだ。繁は決して愛していないわけではないが、それ以上に約束に、戸張 幸一という存在に囚われすぎていた。


 分かったと、たった一言その言葉があれば良かったのだ。だが、繁の口から聞こえることは無かった。代わりに出てきた言葉は、後悔と謝罪であった。


「………………もう、遅い。全て遅すぎたのだ。せめて妻が、茅乃が生きていてくれれば………………………いや、それも言い訳に過ぎない、か。全ては私の失敗が招いたことであり、また間違いを起こさないとも限らな…」


「いい加減にして下さい!!!」




 私は今、初めて父に逆らった。


 謝罪が聞きたい訳ではない。しっかりと正面から顔を突き合わせて、お互いの想いを確かめたいだけ。その結果決別するのなら、それでも構わないと思っていた。


 だけど…これでは、そう。




「お父様は先ほどから、いえ。昔からずっと逃げているだけです!!」


「………………! お前に私の何が分かる!………私とて苦しかったのだ。綾乃が産まれて、忙しい私に代わって茅乃が1人で頑張っていたのを、ただ見ていることしか出来なかった。茅乃が体調を崩してからも、使用人に頼ってばかりで、私自身はほとんど構ってやれなかった………」




 遂に繁は、鉄の仮面の下に隠した本音を曝け出した。

 本当はずっと父としての責務を果たしたかった。親として、娘と一緒にいる時間を作りたかった。

 そんな想いが、綾乃の激情に呼応するように溢れ出てくる。


 いつか、優心が口にした言葉。


『親だったら誰だって子供に元気に育ってほしいものだと、俺は思うけどな』


 この言葉に、繁も例外なく当てはまっていた。

 だが氷川家の当主であるという、その重圧が繁をおかしくしてしまった。


 そして気づけば16年という、長い時間が経過してしまっていた。その年月は、繁を臆病にさせるのに十分すぎた。


 だが優心との出会い、そして綾乃と本音でぶつかり合ったことで、まだ家族でいたいという気持ちが芽生えていた。




「私は…今からでもやり直せるのか………?まだ、家族を名乗っても良いのか………?綾乃…琴乃…教えてくれ。私にはもう、何も分からないのだ………」


「そんなの答えは決まっています。そうでしょう、姉様?」


「ええ。………きっと、やり直せるはずです。お母様も、それを望んでいると思いますよ」



 繁は目元を押さえる。娘が自分の知らない内にこんなにも大きく、そして頼もしく育っていた。

 この事実に生まれて初めて、親としての喜びを感じたのだった。




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