52.水臭い
「さて、どうやら自信があるみたいだけど……… 君は昏人に何を聞きに来たんだい?」
俺が雛に勘違いを指摘されてから考えていたことがある。以前、大和さんと昏人さん、それに大和さんの兄…つまり俺の父さんが、昏人さんのお父上の下で共に学んだと言っていた。
だけどもし………他にもいたとしたら?
昏人さんに挨拶したときの綾乃の返事が少し引っかかっていたんだ。
昏人さんにどこかで見たことがあると言われた時、『他人の空似』だと誤魔化した。まるで知られたく無いことでもあるかのように。
綾乃の話を聞くに、家族とは確執があるようだった。氷川家も由緒正しい家らしいし、家族が昏人さんと知り合いでもなんら不思議はない。
俺より頭が良い綾乃がそれに気づかないとは思えないし、あの雛の父親である昏人さんも気づかないなんてことはまずあり得ない。
つまり、昏人さんと氷川家の人………恐らく綾乃の父と古くからの友人ではないか、と考えたのだ。
今まで感じていた、ごく小さな違和感。それがこんな形で役に立つとは思いもしなかった。
「昏人さん、綾乃の父親と知り合いですよね?それもかなり昔からの」
「なぜそう思ったんだい?」
「まず、昏人さんほどの方が雛の友人関係を知らないとは思えません。その辺りは全て調べていそうなものですが」
昏人さんは自分の立場をしっかりと理解しているはず。もちろん、その子供がどんな扱いを受けるかも。
友人関係や周りの人間を調べるくらい、朝飯前だろう。
「ふむ、続きを聞かせてくれ」
「はい。それを前提として話しますが、友人関係だけでなく家族構成も調べているはずです。氷川家は由緒正しい家と聞きました。普通、そんな印象に残るものを忘れるでしょうか?」
「よく見ているね。その通りだけど、ならそれがどうして綾乃ちゃんの父親と知り合いだということに繋がるんだい?」
この話の中心はそこだ。なぜそこに辿り着いたのか。答えはあなたが一番よく分かってるはずだ。
なあ?大和さん。
「大和さん。あなた、優奈と再会した時に綾乃と何か話していましたよね?」
「ただの世間話だよ」
「違うでしょう。あの時あなたは、『綾乃の父とは昔からの知り合い』だと、そう言ってましたよね?なら昏人さんも同じ可能性はあると思ったんです。氷川さんが名家の子息ならなおさら、ね」
耳の良さには昔から自信があるんだ。綾乃の声はなぜか聞き取りづらくて、最近自信を失っていたが。
………そういえば、父さんも耳が良いって言ってたっけな。
「………はあ、地獄耳まで遺伝してるのか。まったく、つくづく良く似た親子だよ」
「誠治、君のせいでバレてるじゃないか。ヒントは与えないんじゃなかったのかい?」
「まさかあんな感動的なシーンでも聞いてるとは思わないでしょ。………これ、優奈ちゃんには聞かせられないねぇ」
それは本当に悪いと思ってる。だがあんな話をしていたら無視はできないだろう。
思わぬところで気づかれていた誠治と昏人は、綾乃の父親との関係を大人しく白状した。
「参ったよ、僕らの負けだ。どこから話そうか………そうだな、まず僕たちと綾乃ちゃんの父親、氷川繁は友人であり、君の父親も含めた4人で切磋琢磨してきた」
「やっぱりそうだったんですね。聞きたかったんですけど、皆さんって昏人さんのお父君の下で何を学んでいたんですか?」
共に学んだとは言っていたが、その具体的な内容までは聞いていなかった。
優心は大方、富裕層の人たちと関わることになるから、そういった場でのルールやマナーなどを学んでいたのではとあたりをつけていた。
だが、予想の斜め上をいく内容に、優心は絶句する。
「ああ、それはね…なんて言えばいいんだろうねぇ」
「強いて言うなら、帝王学ってところかな?」
「はい?」
帝王学?えっと、つまり上に立つ者としての自覚とか、人心掌握術とかそういう話か?
ダメだ、俺みたいな一般庶民には全くもって理解できない領域だ。
「要するにあれだよ、自分の後継者を育てたかったんだよ」
「僕の父は君のお祖父さんとも知り合いだったみたいでね。昔聞いた話だと、それは優秀な研究者だったそうで」
「誰も読めなかった文献とか読み解いてたらしいよ。で、その縁で僕たちも一緒に学んでたってわけ」
全然知らなかった。俺が物心ついた頃には、もう田舎でひっそりと暮らしていたから、てっきりずっとそうなのかと思っていた。
じいちゃんの話を聞けたのは良かったけど、今はそれどころじゃないんだった。
「それで昏人さん。綾乃の実家がどこにあるか知りませんか?」
「………おい誠治。この子、自力で居場所に気づいてるじゃないか。このままじゃ繁の計画が………」
「二人の関係性を見誤ったあいつの落ち度だよ。これ以上隠しても仕方ないだろう」
「………まあ、そうだな。優心くん、表に車を回しておくからそれに乗るといい。木野、ついていってくれるか?」
「承知いたしました。それでは優心様、こちらに」
二人が小声で話していたが、なんだかよく分からないまま書斎を後にする。
優心は、それまで部屋の端で待機していたキノじいに連れられ、来た時とは違う黒塗りのワンボックスカーに乗せられる。
わざわざ大きな車に乗る必要はないはずだが、昏人には何か考えがあるのだろうか。
優心がそう思った矢先、車には既に人が乗っていることに気づく。
「トバっち、さすがに1人で行こうなんて考えてないよね?」
「水臭いぜ親友。氷川さんは俺たちにとっても大切な友達だ。どういうことなのかは分かんねーけど、絶対連れ帰って、またみんなで飯でも食おうぜ」
「2人とも………ありがとな」
改めて友人には恵まれたと実感する。みんながいなかったら、俺は今のようにはなっていないだろう。
「ほっほっほ、僭越ながら私もお供させていただきます。向こう方宛に伝言を預かっているものでして」
雛と春馬、それにキノじいも加えた4人で、綾乃の実家に向かう。綾乃は、そこにいるはずだ。
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