50.みんなで、いや、2人きりで
ハ、ハルが…あたしにキスを………い、いやいや!唇の先がちょっと当たっただけだし?それならまだキスじゃないよね?うん、きっとそうだ。ハルも平気そうだし、きっと気づいてないんだろうな。それならこのまま無かったことにすれば。
雛は心の中でつらつらと言い訳を並べ立てる。誰かが聞いていることもないため、その言い訳に意味はないと分かっていながらも止めることはなかった。
「あー、ヒナ。さっきは、その…悪かった。ギリギリで止めるつもりだったんだが、少しタイミングがズレたみたいで………」
「う、ううん!気にしないで!あの場はああするしか他に方法がなかったし。ハルは悪くないよ」
「そう言ってもらえると気が楽になるわ。さーて、何食おうかなー………」
春馬は雛から顔を背ける。平気そうだが春馬も唇が当たったことには気づいていたので、内心パニックであった。
だが向かった先には優心がいた。それは、優心に真っ赤に染まった顔を見られるということであって。
「…誰にも言うなよ、親友」
「綾乃には言っていい?」
「お前なぁ………」
そのまま通り過ぎてスタスタと歩いていってしまう。
置いていかれた格好になった優心と雛は、顔を見合わせた後慌てて追いかける。
追いかけている間、二人は一言も発さなかった。というか雛が話せるような状態ではなかった。
優心たちは結局追いつけず、フードコートを探し回ってようやく一人で食事をしている春馬を見つけることができた。
テーブルの上にはカレーとラーメン、それにドーナツもあった。いくら食べ盛りとはいえ、到底一人で食べ切れる量ではない。そのはずなのだが、ラーメンは既にスープだけが残されており、カレーもほとんど残っていなかった。
「おっ、ゆうひん。ほほはっはな」
「飲み込んでから話せ。何言ってるか全く分からん」
「ん。………よし飲み込んだぞ。それにしてもヒナはなんでいるんだ?なんか別の用事が合って来たんじゃないのか?」
優心もそれは気になっていたのだが、なんとなくそういう空気ではない気がして話しづらかったのだ。
それに雛の方にも言えない事情があった。
「いやー、まあね。でも用事はもう済んだし、せっかく会えたんだもん。偶にはいいでしょ?それにさ、あたしたち結局夏休み中に一回も遊ばなかったじゃん!あーちゃんとは遊びに行ったけど、トバっちとは会ってすらないし」
「通話しただろ?」
「あんなもん別じゃ別ぅ!ビデオ通話でもないんだから、あれで会ったは無理があるでしょ!」
「ごもっともです」
はぐらかすことには成功した。雛がここに来た目的、それは優心たちと同じく花火大会の準備をしに来たのである。雛は既に春馬のことを誘っており、2人きりで行く約束も取り付けてある。
ここまで聞けばもう分かるだろうが、雛は春馬に異性として好意を持っている。先ほど意味のない言い訳をしていたことや、沖縄で女子とではなく春馬と二人きりであったのもそういうことである。
「それはいいんだが、ヒナ。俺たちがここに来た理由、知ってる?」
「知ってる訳ないでしょ?さっき会ったばっかりで何の話もしてないんだから」
「まあ俺も詳しい事情は知らないんだけどな。ということで優心、よろしく」
「丸投げかよ………まあいいけどな」
春馬には格好を整えてくれとしか伝えていなかったので、優心は二人に何があったかを説明する。
すると、二人は驚きに目を見開く。
「えっ!?二人も花火大会行くの!?」
「二人も、ってことは…雛も行くのか?」
「うん、ハルも一緒にね!」
雛は嬉々として花火大会に行くことを話す。それだけ春馬と一緒に行けることが楽しみだということだろう。
だが春馬が空気の読めない、いや、空気を読みすぎた結果余計なことを口にしてしまう。
「それなら優心たちも一緒に回ろうぜ?ヒナもそっちのが楽しいだろ?」
「ダメだよハル。トバっちはあーちゃんと二人きりで行きたいんじゃないの?」
「あー、それもそうか。悪りぃな優心、余計なこと言った」
「春馬が善意で言ってるってのは分かるから、気にしなくていいよ。それに………」
お前も雛と二人きりで回りたいんじゃないか?優心はそう言おうとしたが、目の前に本人がいる状況では言えるはずがない。
さらに今はどちらの想いにも気づいてしまっている。普段の春馬と雛と同じ気持ちを抱いていることだろう。
“さっさとくっつけよ”と。
「それに?」
「いや何でもない。それよりこれからどうする?まだほとんど何も買えてないし、俺としては女子の意見も欲しいなーって思ってるんだけど」
これは昨夜、少し考えていたことである。綾乃にはできるだけ楽しんでもらいたいので、女子の意見も欲しいとは考えていた。
ではなぜ呼ばなかったのかというと、男同士でしかできない話もあるからだ。あと雛は悪ノリしそうだから。
そんな訳で、午後は雛も一緒に買い物することになった。結果として、綾乃だけ仲間外れという形になってしまったが、綾乃には知られたくないことなので仕方ない。
とりあえず先に腹ごしらえだな。
優心と雛も昼食を食べ終え、買い物を再開する。ちなみに優心たちはサンドイッチやうどんなど、提供が早いもので済ませた。
午後はリストアップした店を回っていく。春馬は流石のセンスだが、雛のファッションセンスも大したものだった。
聞いてみると、そもそも春馬にファッションのイロハを叩き込んだのは山﨑家らしい。お兄さんどころか、両親までノリノリだったとか。
服は家にあるから良いとして———その服も春馬チョイスだ———香水や髪を整えるための小物等を購入する。
気づけば陽は沈み、夏の暑さも少し落ち着いてくる時間帯。
時間を忘れてすっかり楽しんでいた優心は、夕食の時間を思い出し、急いで帰宅しなければならなかった。
「やべっ、そろそろ帰らなきゃ綾乃に怒られそうだな」
「もうそんな時間か、それじゃまたな優心」
「トバっちバイバーイ!」
「ああ、またな」
二人に断りを入れつつ、駅に向かって走る。綾乃の料理は出来立てが一番美味いんだよ。
電車を降りてさらに走り、なんとかいつもの時間に間に合った。
だが何か胸騒ぎがする。まだトレーニングは続けているので、息切れしたという意味ではない。端的に言えばそう、嫌な予感がするのだ。
そして俺の予感はよく当たる。
玄関前に着くが、中に人がいる気配はしない。隣室も同様だ。
鍵を開けて部屋に入る。
「ただいまー」
電気は消えたままで真っ暗だ。だがうっすらと机の上に紙が置いてあるのが見える。
電気を点け、その紙に書いてあることを見て優心は言葉を失う。
『ごめんなさい』
間違いなく綾乃の字。
これが意味するところは、分からない。
ただ一つだけ分かることがあるとすれば、綾乃が姿を消した。それだけだった。
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